水の東西                             山崎正和 

語釈

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「@鹿おどし」が動いているのを見ると、その2愛嬌のなかに、なんとなく人生のけだるさのようなものを感じることがある。かわいらしい3竹のシーソーの一端に水受けがついていて、それにA筧の水がすこしずつたまる。4静かに緊張が高まりながら、やがて水受けがいっぱいになると、シーソーは5ぐらりと傾いて水をこぼす。緊張が6一気にとけて水受けが跳ねあがるとき、竹が石をたたいて、7こおんと、8くぐもった優しい音をたてるのである。

 見ていると、単純な、ゆるやかなリズムが、無限にいつまでもくりかえされる。緊張が高まり、それが一気にほどけ、しかし9何ごとも起こらない徒労がまた一から始められる。ただ、曇った音響が10時を刻んで、庭の静寂と時間の長さを11いやがうえにもひきたてるだけである。水の流れなのか、時の流れなのか、「鹿おどし」はわれわれに流れるものを感じさせる。12それをせきとめ、刻むことによって、この仕掛けはかえって流れてやまないものの存在を強調しているといえる。

 

(注)@鹿おどし 庭園などに置かれた、水を利用して音を出す仕掛け。竹が石をうつときの音を楽しむもの。

A筧 竹や木をくりぬき、樋にして水を引く装置。

 

一 カタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。

 

  1 鹿おどし            2 愛嬌

 

  3 筧               4 キンチョウが高まる

 

  5 カタムいて水をこぼす      6 ヤサしいい音      

 

7 ハね上がる           8 それがイッキにほどけ

 

  9 何事も起こらないトロウ     10 時をキザんで

 

  11 庭のセイジャクと時間の長さ  12 このシカけはかえって

 

  13 流れてやまないもののソンザイを強調した

 

二 傍線部1〜12の問いに答えよ。

 

 1 「鹿おどし」

(1)   何のために考案されたか。

 

(2)   仕組みについて説明したところを抜き出せ。

 

 2 辞書で意味を調べよ。

 

3 (1)ここに用いられている修辞法は何か。

 

   (2)「シーソー」の持つイメージを記せ。

 

 4 どういう状態をこういったか。

 

 5 こう言う語を何というか。

 6 辞書で意味を調べよ。

 

 7 「コーン」と置き換えると、感じはどう変わるか。

 

8 これを言い換えた個所を抜き出せ。

 

 9 (1)「徒労」 辞書で意味を調べよ。

 

(2)こう感じられるのはなぜか。

 

 10 何がどうなることを言ったものか。

 

 11 辞書で意味を調べよ。

 

12 (1)「それ」は何を指すか。

   

(2)「流れてやまないもの」は具体的に何を指すか、二つ抜き出せ。

 

     (3)「かえって」辞書で意味を調べよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 私はこの「鹿おどし」を、ニューヨークの大きな銀行の待合室で見たことがある。日本の古い文化がいろいろと紹介されるなかで、あの1素朴な竹の響きが西洋人の心を魅きつけたのかもしれない。だが、ニューヨークの銀行ではひとびとはあまりに忙しすぎて、ひとつの音と次の音との長い2間隔を聴くゆとりはなさそうであった。3それよりも窓の外に噴きあげる華やかな噴水のほうが、ここでは水の芸術としてあきらかにひとびとの気持ちを4くつろがせていた。

 流れる水と、噴きあげる水。

 そういえばヨーロッパでもアメリカでも、町の広場にはいたるところにみごとな噴水があった。ちょっと名のある庭園に行けば、噴水はさまざまな5趣向を凝らして風景の中心になっている。有名なローマ郊外の@エステ家の別荘など、何百という噴水の群れが庭をぎっしりと埋めつくしていた。樹木も草花もここでは6そえものにすぎず、7壮大な8水の造型がとどろきながら9林立しているのに私は10息をのんだ。それは揺れ動くAバロック彫刻11さながらであり、12ほとばしるというよりは、音をたてて空間に静止しているように見えた。

 

(注)@エステ家の別荘 ローマ近郊ティボリにある、多数の噴水で有名な別荘。十六世紀、枢機卿エステにより修道院を改造して造られた。Aバロック 十六世紀末から十八世紀にかけてヨーロッパで流行した、会画・建築などの様式。ルネサンス様式が均整を重視するのに対し、動的で豊かな装飾を特色とする。

 

 一 カタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。

   

14 銀行のマチアイシツ          15 ソボクな竹の響き

 

  16 長いカンカクを聞くゆとりはなさそう  17 フき上げるフンスイのほうが

 

  18 趣向を凝らして            19 有名なローマコウガイの

 

   20 エステ家のベッソウ 21 ウめツくしていた 22 ソえもの 23 ソウダイな水の造形    

 

24 林立 25 バロックチョウコク 26 空間にセイシしている

 

二 傍線部1〜12の問いに答えよ。

 

  1 これと反対の表現を抜き出せ。

  

  2 辞書で意味を調べよ。

  

3 それ 何を指すか、抜き出せ。

  

  4 辞書で意味を調べよ。

  

  5 辞書で意味を調べよ。

  

  6 辞書で意味を調べよ。

  

  7 辞書で意味を調べよ。

 

  8 水の造形 噴水をこういうのはなぜか。

   

   9 辞書で意味を調べよ。

 

10 辞書で意味を調べよ。

 

11 辞書で意味を調べよ。

 

12 辞書で意味を調べよ。

 

 

3 時間的な水と、空間的な水。

 そういうことをふと考えさせるほど、日本の伝統のなかに噴水というものは少ない。1せせらぎを作り、滝をかけ、池を掘って水を見ることはあれほど好んだ日本人が、2噴水の美だけは近代にいたるまで忘れていた。3伝統は恐ろしいもので現代の都会でも、4日本の噴水はやはり西洋のものほど美しくない。そのせいか東京でも大阪でも町の広場はどことなく5間が抜けて、6表情に乏しいのである。

 西洋の空気は乾いていて、ひとびとが噴きあげる水を求めたということもあるだろう。ローマ以来の水道の技術が、噴水を発達させるのに有利であったということも考えられる。だが、人工的な滝を作った日本人が、噴水を作らなかった理由は、7そういう外面的な事情ばかりではなかったように思われる。日本人にとって水は自然に流れる姿が美しいのであり、8圧縮したりねじまげたり、粘土のように造型する対象ではなかったのであろう。

 

 一 カタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。

 

 27 日本のデントウ          28 池をホって

 

 29 表情にトボしい          30 西洋の空気はカワいていて

 

 31 アッシュクしたりねじ曲げたり   32 ネンドのように造形する対象

 

 33 ドクトクの好みを持っていた

 

二 傍線部1〜8の問いに答えよ。

 

 1 具体的には何を指すか。

 

 2 なぜ近代になって意識されたか。

 

 3 説明せよ。

 

 4 (1)なぜか。

 

(2)その結果どうなったか。

 

 5 辞書で意味を調べよ。

 

 6 どういう意味で使われているか、他の語に置き換えよ。

 

 7 具体的にはどのような事情か。

 

 8 具体的に何を指しているか。

 

 

 いうまでもなく、水にはそれじたいとして定まった1かたちはない。そうして、かたちがないということについて、おそらく日本人は西洋人とちがった2独特の好みを持っていたのである。3「行雲流水」という仏教的なことばがあるが、4そういう思想はむしろ5思想以前の6感性によって裏づけられていた。7それは外界にたいする受動的な態度というよりは、積極的に、かたちなきものを恐れない心の現れではなかっただろうか。

 8見えない水と、目に見える水。

 もし、流れを感じることだけが大切なのだとしたら、われわれは水を実感するのにもはや9水を見る必要さえないといえる。ただ断続する音の響きを聞いて、その10間隙に流れるものを間接に心で味わえばよい。そう考えればあの「鹿おどし」は、11日本人が水を鑑賞する行為の極致を現す仕掛けだといえるかもしれない。

 

 一 カタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。

 

34 行雲流水            35 間隙

 

 36 ジュドウテキ          37 セッキョクテキ

 

 38 ただダンゾクする音の響き    39 水をカンショウする

 

 40 行為のキョクチ

 

二 傍線部1〜11の問いに答えよ。

 

 1 このことに対する日本人、西洋人の感じ方はどのように違うか。

 

 2 具体的にはどんなことか、十五字以内で抜き出せ。

 

 3 辞書で意味を調べよ

 

 4 内容はどのようなものか。

 

 5 指している内容を抜き出せ。

 6 辞書で意味を調べよ

 

7 (1)「それ」はなにをさすか。

 

(2)ここに見られる筆者の評価を述べよ。。

 

 8 それぞれわかりやすく説明せよ。。 

 

 9 この理由を述べよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 

 

上→下 自然

 

水の装置=鹿おどし 流れるものを感じる

 

音を聞いて流れを感じる

 

 

 

 

 

 

 

流れる水

 

時間的な水

 

噴水は少ない

    理由=流れる姿が美しい

 

形のないものを恐れない

 

見えない水

 

音を聞いて流れを感じる

 

水を鑑賞する行為の極致

東=東洋

 

国名=日本・中国・韓国   

上←下 人口

 

 

 

 

 

 

鹿おどしはニューヨークではだめ

   理由=忙しいから

 

水の装置 噴水=水の彫刻

   空間に静止

 

 噴き上げる水

 

 空間的な水

 

 

 造形の対象

 

 形のないものを恐れる

 

 見える水

西=西洋

 

国名=イギリス・フランス・ドイツ               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主題 鹿おどし=日本人が水を鑑賞する行為の極致

 

例 日本庭園 奈良 池

       平安 池 鑓水

       室町 滝 鹿おどし

       明治 噴水の導入

 

鑑賞の極致 風鈴の音(聴覚)→涼(触覚)

      金魚蜂 (視覚)→涼(触覚)

      鹿おどし(聴覚)→流れ(視覚) 

 

筆者 山崎正和 1934年〜。劇作家・評論家。独自の日本文化論を展開した。

        戯曲『世阿弥』評論集『劇的なる精神』

        本文 1977年 『混沌からの表現』

 

 

水の東西   解答

1 しし 2 あいきょう 3 かけい 4 緊張 5 傾 6 やさ 7 跳 8 一気 9 徒労

10 刻む 11 静寂 12 仕掛け 13 存在

1 (1)農村地帯で鹿や猪の被害を防ぐため。(2)「かわいらしいい・・・立てるのである。」

2 明るく愛らしい自然な魅力。3 (1)比喩 (2)可愛らしさ。

4 水受けに水が一杯になっていく状態。5 擬態語。 6 時間に間合いを置かずに。

7 「こおん」くぐもったやさしい音。「コーン」堅い感じの音。 8 「曇った音響」「素朴な竹の響き」

9 (1)むだな労力を費やすこと。(2)鹿おどしの動きが無限に繰り返されるから。

10 鹿おどしが規則的に音をたてる。

11 いよいよ。その上に。

12(1)「 流れるもの」(2)「水の流れ」「時の流れ」(3 )

 

 2

一 14 待合室 15 素朴 16 間隔 17 噴  噴水  18 しゅこう 19 郊外

20 別荘 21 埋 尽  22 添 23 壮大 24 りんりつ 25 彫刻 26 静止

二1「華やかな噴水」2 物と物の間。 3 「鹿おどし」4 人が心身を休めてゆったりした気分になる。

 5 人の興味をひくような工夫をすること。 6 つけたしの物。 7 立派で規模が大きい。

 8 空間に静止している造形物のようだから。 9 空間に静止している造形物のようだから。

 10 はっと驚いて息を止める。 11 まるで。 12 勢いよく飛び散る。

 

一 27 伝統」28 掘 29 乏しい 30 乾 31 圧縮 32 粘土 33 独特

二 1 日本庭園。 2 西洋文化とともに導入されたから。

 3 日本に噴水はそぐわないという伝統は抜けきらない。

 4 (1)日本では噴水が近代にいたるまで作られなかったから。

(1)   町の広場は表情に乏しくなった。

   5 大事な点に手抜かりがあって馬鹿げて見える。 6 雰囲気(魅力)

   7 空気が乾いていること。 水道の技術が発達していること。8 噴水。

 

一 34 こううんりゅうすい 35 かんげき 36 受動的 37 積極的

  38 断続 39 鑑賞 40 極致

二 1 日本人 恐れない。 西洋人 恐れる。2 「水は自然に流れる姿が美しい。」

  3 物事に執着することなく自然の成り行きに従って行動する様子を例えて言う。

  4 行雲流水に込められた思想 5 「積極的に形なきものを恐れない心の現れ」

  6 外からの刺激によって物事を直感的に受け止める能力。

  7(1)水は流れるままがよいと考える態度

   (2)日本人の生き方には柔軟で自由な発想が見られてよい。

  8 見えない水 流れることで実感される。 目に見える水 視覚に訴える水

  9 日本人固有の感性により、断続する音の響きを聞くことで、間隙に「流れるもの」を感じ取る事が出

来るから