現代日本の開化
現代文へもどる 夏目漱石
語釈
(1)
1 1開化は人間活力の発現の経路である、と私はこう言いたい。私ばかりじゃない、あなた方だって2そう言うでしょう。もっともそう言ったところで、別に書物に書いてあるわけでもなんでもない、私がそう言いたいまでのことであるが、その代わり珍しくもなんともない。それで3人間の活力というものが、時の流れを沿うて発現しつつ開化を形づくっていくうちに私は根本的に性質の異なった二種類の活動を認めたい、4否、たしかに認めるのであります。
2 その二とおりのうち、一つは5積極的のもので、一つは6消極的のものである。何か7月並みのような講釈をしてすみませんが、人間活力の発現上、積極的という言葉を用いますと、勢力の消耗を意味することになる。またもう一つのほうは、8これとは反対に、9勢力の消耗をできるだけ防ごうとする活動なり工夫なりだから、前のに対して消極的と申したのであります。この二つの互いに食い違って10反りの合わないような活動が、入り乱れたりこんがらかったりして、開化というものができ上がるのであります。
3 その結果は、現に我々が生息している社会の実況を目撃すればすぐわかります。活力節約のほうから言えば、できるだけ労働を少なくして、なるべくわずかな時間に多くの働きをしようしようと工夫する。その工夫が、積もり積もって汽車、汽船はもちろん、電信、電話、自動車大変なものになりますが、11元をただせば、面倒を避けたい12横着心の発達した便法にすぎないでしょう。これに反して、電車や電話の設備があるにしても、ぜひ、今日は向こうまで歩いていきたいという13道楽心の増長する日も、年に二度や三度は起こらないとも限りません。好んで身体を使って疲労を求める。14我々が毎日やる散歩という贅沢も、要するに、この活力消耗の部類に属する積極的な命の取り扱い方の一部分なのであります。
4 すべて義務的の労力が最少低額に切り詰められたうえに、また切り詰められて、どこまで押していくかわからないうちに、かの反対の活力消耗と名づけておいた道楽根性のほうもまた、自由わがままのできる限りを尽くして、これまた、瞬時の絶え間なく天然自然と発達しつつ、15とめどもなく前進するのである。この道楽根性の発展も、道徳家に言わせるとけしからんとか言いましょう。が、それは徳義上の問題で、事実上の問題にはなりません。事実の16大局から言えば、活力を我が好むところに消費するというこの工夫精神は、17二六時中休みっこなく働いて、休みっこなく発展しています。もともと、社会があればこそ義務的の行動を余儀なくされる人間も、ほうり出しておけば、どこまでも自我本位に立脚するのは当然だから、18自分の好いた刺激に精神なり身体なりを消費しようとするのは、致し方もない仕儀である。
5 要するに、ただ今申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわち、できるだけ労力を節約したいという願望から出てくる種々の発明とか器械力とかいう方面と、できるだけ気ままに勢力を費やしたいという娯楽の方面、19これが経となり緯となり、20千変万化21錯綜して、現今のように22混乱した開化という不可思議な現象ができるのであります。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 ツキナみ 2 コウシャクをして 3 勢力のショウモウ 4 オウチャク 5 ドウラク
5 クフウ精神 6 行動をヨギなくされる 7 自我本位にリッキャクする 8 好いたシゲキ
9 ゴラクの方面 10 錯綜
二 傍線部1〜22の問いに答えよ。
1 どういうことか。
2 指示内容を記せ。
3 文中のある部分を言い換えたがそれはどこか。
4 どの文節を否定しているか。
5、6 それぞれどういうことか。
7 辞書で意味を調べよ。
8 指示内容を記せ。
9 消耗 辞書で意味を調べよ。
具体例を抜き出せ。
10 辞書で意味を調べよ。
11 辞書で意味を調べよ。
12、13 それぞれ人間のどのような活動によると言っているか。
14 なぜ「散歩」が「贅沢」と言えるのか。
15 辞書で意味を調べよ。
16 辞書で意味を調べよ。
17 辞書で意味を調べよ。
18 なぜか。
19 指示内容を二点抜き出せ。
20 辞書で意味を調べよ。
21 辞書で意味を調べよ。
22 どういうことか。
1〜5 解答
一 1 月並み 2 講釈 3 消耗 4 横着 5 道楽 6 工夫 7 立脚
8 刺激 9 娯楽 10 さくそう
二 1 人間の活力が時の流れを沿うて発現しつつ開化を形づくっていくこと。 2 人間活力の発現の経路
3 人間活力の発現の経路 4 認めたい
5 勢力を消費すること。 6 勢力の消耗をできるだけ防ごうとすること。
7 清新さがなく平凡であること。 8 勢力の消耗 9 使って減らす又は減ること。 散歩
10 気心が合わない。 11 物事の本来を調べてみる。 12 消極的活動 13 積極的活動
14 好んで疲労を求める散歩は積極的な命の取り扱い方の一部分であるから。15 際限なく。
16 物事の全体の成り行き。17 昔の時の制。昼夜をそれぞれ六等分したので言う。一昼夜。終日。
18 「自分本位に立脚する」から。
19 できるだけ労力を節約したいという願望から出てくる種々の発明とか器械力とかいう方面
できるだけ気ままに勢力を費やしたいという娯楽の方面、
20 種々様々に変化すること。 21 複雑に入りまじること。
22 労力勢力を節約したいとする願望から起こる機械文明と労力勢力を費やしたいという願望から起こ
る娯楽とがともに盛んになって統一抑制されぬままにはびこっていること。
6 そこで、そういうものを開化とすると、1ここに一種妙な@パラドックスとでも言いましょうか、ちょっと聞くとおかしいが、実はだれしも認めなければならない現象が起こります。元来、なぜ人間が開化の流れに沿うて、以上二種の活力を発現しつつ今日に及んだかと言えば、生まれながらそういう傾向を持っていると答えるよりほかにしかたがない。これを逆に申せば、2吾人の今日あるは、全くこの本来の傾向あるがためにほかならんのであります。なお進んで言うと、3元のままで懐手をしていては、生存上どうしてもやり切れぬから、それからそれへと順々に押され押されて、かく発展を遂げたと言わなければならないのです。してみれば、古来何千年の労力と歳月を挙げて、ようやくのこと現代の位置まで進んできたのであるからして、4いやしくもこの二種類の活力が、上代から今に至る長い時間に工夫し得た結果として、昔よりも生活が楽になっていなければならないはずであります。
7 けれども実際はどうか? 打ち明けて申せば、お互いの生活は甚だ苦しい。昔の人に対して、5一歩も譲らざる苦痛のもとに生活しているのだ、という自覚がお互いにある。否、開化が進めば進むほど競争がますます激しくなって、生活はいよいよ困難になるような気がする。なるほど、以上二種の活力の猛烈な奮闘で開化は勝ち得たに相違ない。しかしこの開化は、一般に、生活の程度が高くなったという意味で、生存の苦痛が比較的和らげられたというわけではありません。ちょうど小学校の生徒が学問の競争で苦しいのと、大学の学生が学問の競争で苦しいのと、その程度は違うが、比例に至っては同じことであるごとく、昔の人間と今の人間がどのくらい幸福の程度において違っているかと言えば――あるいは不幸の程度において違っているかと言えば――活力消耗、活力節約の両工夫において大差はあるかもしれないが、生存競争から生ずる不安や努力に至っては、決して昔より楽になっていない。否、昔よりかえって苦しくなっているかもしれない。
8 昔は死ぬか生きるかのために争ったものである。それだけの努力をあえてしなければ死んでしまう。やむを得ないからやる。6しかのみならず、道楽の念はとにかく、7道楽の道はまだ開けていなかったから、こうしたい、ああしたいという方角も程度もいたって微弱なもので、たまに足を伸ばしたり手を休めたりして、満足していたくらいのものだろうと思われる。8今日は、死ぬか生きるかの問題はだいぶ超越している。それが変化して、むしろ9生きるか生きるかという競争になってしまったのであります。生きるか生きるかというのはおかしゅうございますが10、Aの状態で生きるか、Bの状態で生きるかの問題に腐心しなければならないという意味であります。活力節減のほうで例を引いてお話をしますと、人力車を引いて11渡世にするか、または、自動車のハンドルを握って暮らすかの競争になったのであります。どっちを家業にしたって、命に別条はないに決まっているが、どっちへ行っても労力は同じだとは言われません。人力車を引くほうが汗がよほど多分に出るでしょう。自動車の御者になってお客を乗せれば――もっとも自動車を持つくらいならお客を乗せる必要もないが――短い時間で長い所が走れる。くそ力はちっとも出さないで済む。活力節約の結果、楽に仕事ができる。
9 されば自動車のない昔はいざ知らず、いやしくも発明される以上、人力車は自動車に負けなければならない。負ければ追いつかなければならない。というわけで、少しでも労力を節減し得て優勢なるものが地平線上に現れて、ここに一つの12波瀾を誘うと、ちょうど13一種の低気圧と同じ現象が開化の中に起こって、各部の比例がとれ、平均が回復されるまでは、動揺してやめられないのが人間の本来であります。積極的活力の発現のほうから見ても、この波動は同じことで、早い話が、今まではA敷島か何か吹かして我慢しておったのに、隣の男がうまそうにBエジプト煙草をのんでいると、やっぱりそっちがのみたくなる。また、のんでみれば、そのほうがうまいにちがいない。しまいには、敷島などを吹かす者は人間の数へ入らないような気がして、どうしてもエジプトへのみ移らなければならぬという競争が起こってくる。通俗の言葉で言えば、人間が贅沢になる。道学者は、倫理的の立場から始終14奢侈を戒めている。結構にはちがいないが、15自然の大勢に反した訓戒であるから、いつでも駄目に終わるということは、昔から今日まで人間がどのくらい贅沢になったか考えてみればわかる話である。
10 かく積極、消極両方面の競争が激しくなるのが開化の16趨勢だとすれば、我々は長い時日のうちに、種々様々の工夫を凝らし、知恵を絞って、ようやく今日まで発展してきたようなものの、生活の吾人の17内生に与える心理的苦痛から論ずれば、今も五十年前も、または百年前も、苦しさ加減の程度は別に変わりはないかもしれないと思うのです。それだからして、このくらい労力を節減する器械が整った今日でも、また活力を自由に使い得る娯楽の道が備わった今日でも、生存の苦痛は存外切なもので、あるいは、非常という形容詞をかむらしてもしかるべき程度かもしれない。これほど労力を節減できる時代に生まれても、そのかたじけなさが頭にこたえなかったり、これほど娯楽の種類や範囲が拡大されても、全くそのありがたみがわからなかったりする以上は、苦痛の上に非常という字を付加してもよいかもしれません。これが18開化の産んだ一大パラドックスだと私は考えるのであります。
(注)@パラドックス 逆説。A敷島 当時あった紙巻きたばこの名前。Bエジプト煙草 エジプトから輸入された上質のたばこ。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 発展をトげた 2 ハナハだ 3 ビジャクなもので 4 大分チョウエツしている
5 問題にフシンしなければ 6 波瀾 7 平均がカイフクされる 8 贅沢
9 趨勢 10 ゴラクの道
二 傍線部1〜18の問いに答えよ。
1 現象とはどのようなものか。
2 辞書で意味を調べよ。
3 (1)懐手 辞書で意味を調べよ。
(2)分かりやすく言い換えよ。 。
4 辞書で意味を調べよ。
5 分かりやすい表現にせよ。
6 辞書で意味を調べよ。
7 具体的にはどういう状態であったか。
8 昔と今の比較において説明せよ。
9 どういうことか。
10(1)腐心 辞書で意味を調べよ。
(2) 人間のどのような心理によるか、抜き出せ。
11 辞書で意味を調べよ。
12 辞書で意味を調べよ。
13 どういうことか。
14 辞書で意味を調べよ。
15 どういう意味か。
16 辞書で意味を調べよ。
17 辞書で意味を調べよ。
18 どういうことか。
6〜10 解答
一 1 遂 2 甚 3 微弱 4 超越 5 腐心 6 はらん 7 回復 8 ぜいたく
9 すうせい 10 娯楽
二 1 昔より生活が楽になっていなければならないのに、お互いの生活がはなはだ苦しいという現象。
2 われわれ。 3 手を懐に入れていること。転じて、人任せにして自分は何もしない事。
人にまかせて自分は何もせずにいたのでは
4 かりにも。 5 少しも劣らない苦しみ。 6 そればかりでなく。
7 「たまに足を伸ばしたり手を休めたりして、満足していた」
8 昔 飢えや病のために生命が奪われることが多かった。
今 生死の問題は経済的発展や医学の進歩で乗り越えられる。
9 どういう生き方をするかということ。
10(1)心をいためなやますこと。
(2)「少しでも労力を節減し得て優勢なるものが地平線上に現れて、ここに一つの波瀾を誘うと、ち
ょうど一種の低気圧と同じ現象が開化の中に起こって、各部の比例がとれ、平均が回復されるまで
は、動揺してやめられないのが人間の本来であります。」
11 暮らしていくための職業。 12 騒ぎ。もめごと。
13 優勢なものがあらわれることによって、劣勢となった側が優劣を争って動揺すること
14 ぜいたく。 15 人間の活動に基づく生活の変化。 16 動向。なりゆき。
17 内部に生じること。心の中の働き。
18 昔より生活が楽になっていなければならないはずなのに、生活が苦しい状態に置かれ、本来の開化
のありかたと逆になっていること。
(2)
11 これから日本の開化に移るのですが、はたして一般的の開化がそんなものであるならば、日本の開化も開化の一種だからそれでよかろうじゃないかで、この講演は済んでしまうわけであります。が、そこに一種特別な事情があって、日本の開化はそういかない。なぜそうはいかないか。それを説明するのが今日の講演の1主眼である。
12 それで2現代の日本の開化は、一般の開化とどこが違うかというのが問題です。もし一言にして3この問題を決しようとするならば、私は4こう断じたい。西洋の開化(すなわち一般の開化)5内発的であって、日本の現代の開化は6外発的である。ここに内発的というのは、内から自然に出て発展するという意味で、ちょうど花が開くようにおのずからつぼみが破れて花弁が外に向かうのを言い、また外発的とは、外からおっかぶさった他の力で、やむを得ず一種の形式をとるのをさしたつもりなのです。もう一口説明しますと、7西洋の開化は行雲流水のごとく自然にはたらいているが、御維新後、外国と交渉をつけた以後の日本の開化は大分勝手が違います。もちろん、どこの国だって隣づき合いがある以上は、その影響を受けるのがもちろんのことだから、我が日本といえども、昔からそう8超然として、ただ自分だけの活力で発展したわけではない。あるときは@三韓、またあるときはA支那というふうに、大分外国の文化にかぶれた時代もあるでしょうが、長い月日を前後ぶっ通しに計算して、だいたいの上から9一瞥してみると、まあ比較的内発的の開化で進んできたと言えましょう。少なくとも、10鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく、突然、西洋文化の刺激に跳ね上がったくらい強烈な影響は、11有史以来まだ受けていなかったというのが適当でしょう。
13 日本の開化は、12あのときから急激に13曲折し始めたのであります。また、曲折しなければならないほどの衝動を受けたのであります。14これを前の言葉で表現しますと、今まで内発的に展開してきたのが、急に15自己本位の能力を失って、外から無理押しに押されて、16いやおうなしに17その言うとおりにしなければ立ちゆかないというありさまになったのであります。それが一時ではない。四、五十年前に一押し押されたなり、じっと持ちこたえているなんて楽な刺激ではない。時々に押され、刻々に押されて今日に至ったばかりでなく、18向後何年の間か、またはおそらく永久に、今日のごとく押されていかなければ、日本が日本として存在できないのだから、外発的というよりほかにしかたがない。その理由はむろん明白な話で、19前詳しく申し上げた開化の定義に立ち戻って述べるならば、我々が四、五十年前初めてぶつかった、また、今でも接触を避けるわけにいかない、かの西洋の開化というものは、我々よりも数十倍、労力節約の機関を有する開化で、また、我々よりも数十倍、娯楽、道楽の方面に、積極的に活力を使用し得る方法を20具備した開化である。
14 粗末な説明ではあるが、つまり、我々が内発的に展開して十の複雑の程度に開化をこぎつけた折も折、21図らざる天の一方から、急に二十、三十の複雑の程度に進んだ開化が現れて、俄然として我らに打ってかかったのである。この圧迫によって、吾人はやむを得ず不自然な発展を余儀なくされるのであるから、今の日本の開化は、22「地道にのそりのそりと歩くのでなくって、やっ、と気合いをかけてはぴょいぴょいと飛んでゆくのである。開化のあらゆる階段を順々に踏んで通る余裕を持たないから、できるだけ大きな針でぼつぼつ縫って過ぎるのである。足の地面に触れる所は、十尺を通過するうちにわずか一尺くらいなもので、他の九尺は通らないのと一般である」。私の外発的という意味は、これでほぼ御了解になったろうと思います。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 講演のシュガン 2 行雲流水 3 そうチョウゼンとして 4 一瞥 5 労力セツヤク
6 グビした開化 7フクザツの程度 7 このアッパク 8 発展をヨギなくされる
9 通るヨユウ 10 ぼつぼつヌって
二 傍線部1〜18の問いに答えよ。
1 辞書で意味を調べよ。
2 この問題提起の結論部を抜き出せ。
3 指示内容を記せ。
4 指示内容を記せ。
5、6 それぞれどういうことか。
7 分かりやすく説明せよ。
8 辞書で意味を調べよ。
9 辞書で意味を調べよ。
10 説明せよ。
11 辞書で意味を調べよ。
12 指示内容を記せ。
13 辞書で意味を調べよ。
14 指示内容を記せ。
15 どういうことか。
16 辞書で意味を調べよ。
17 指示内容を記せ。
18 この根拠になっている個所を抜き出せ。
19 指示内容を記せ。
20 辞書で意味を調べよ。
21 どう言うことを言ったものか。
22 どういうことか。
11〜14 解答
一 1 主眼 2 こううんりゅうすい 3 超然 4 いちべつ 5 節約 6具備
7 圧迫 8 余儀 9 余裕 10 縫
二 1 主要の点。
2 「西洋の開化(すなわち一般の開化)内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。」
3「 現代の日本の開化は、一般の開化とどこが違うか」という問題。
4 「西洋の開化(すなわち一般の開化)内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。」
5 内から自然に出て、発展すること。6 外からの力でやむを得ず一種の形式を取ること。
7 西洋の開花は、一つの文化現象が頂点に達すると、次に新しいものが生まれると言う自然の過程をた
どっているということ。
8 高くこえぬきんでるさま。 9 ちらっと見ること。
10 鎖国政策をとった期間、排他的な風潮の中で日本の文化思想が遅れをとった状態。
11 人間が文明を持つようになって以来。
12 明治維新。13 折れ曲がること。 14 「曲折しなければならないほどの衝動」
15 他からの影響を受けても内発的なものにささえられて自分の価値観を確認すること。
16 是非を言わせず。 17 「外から無理押しに押されて」
18「かの西洋の開化というものは、我々よりも数十倍、労力節約の機関を有する開化で、また、我々よりも数十倍、娯楽、道楽の方面に、積極的に活力を使用し得る方法を20具備した開化である。」
19 「要するに、ただ今申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわち、できるだけ労力を節約したい という願望から出てくる種々の発明とか器械力とかいう方面と、できるだけ気ままに勢力を費やしたいという娯楽の方面、これが経となり緯となり、千変万化21錯綜して、現今のように混乱した開化という不可思議な現象ができるのであります。
20 整え備えること。
21 長い鎖国時代を経て明治となって開放政策をとると進んだ西洋文化が急に流れこんできたということ。
22 外発的な発達をするということ。
15 そういう外発的の開化が、心理的にどんな影響を吾人に与うるかと言うと、ちょっと変なものになります。我々の心は絶え間なく動いている。あなた方は今、私の講演を聴いておいでになる、私は今、あなた方を前に置いて何か言っている、1双方ともにこういう自覚がある。それにお互いの心は動いている。はたらいている。これを意識と言うのであります。この意識の一部分、時に積もれば一分間ぐらいのところを、絶え間なく動いている大きな意識から切り取って調べてみると、やはり動いている。
16 すべて、一分間の意識にせよ、三十秒間の意識にせよ、その内容が明瞭に心に映ずる点から言えば、
2のべつ同程度の強さを有して、時間の経過に頓着なく、あたかも一つ所にこびりついたように固定したものではない。必ず動く。動くにつれて、明らかな点と暗い点ができる。その高低を線で示せば、平たい直線では無理なので、やはりいくぶんか3勾配のついた弧線、すなわち弓形の曲線で示さなければならなくなる。
17 たとえてみれば、あなた方という多人数の団体が、今ここで私の講演を聴いておいでになる。聴いていない方もあるかもしれないが、まあ聴いているとする。そうすると、その個人でない集合体のあなた方の意識の上には、今、私の講演の内容が明らかに入る。と同時に、この講演に来る前あなた方が経験されたこと、すなわち、途中で雨が降り出して着物がぬれたとか、また、蒸し暑くて途中4が難儀であったとかいう意識は、講演のほうが心を奪うにつれて、だんだん不明瞭、不確実になってくる。また、この講演が終わって場外に出て涼しい風に吹かれでもすれば、ああ、いい心持ちだ、という意識に心を占領されてしまって、講演のほうはぴったり忘れてしまう。私から言えば、全くありがたくない話だが、事実だからやむを得ないのである。私の講演を5行住坐臥ともに覚えていらっしゃいと言っても、心理作用に反した注文なら、だれも承知する者はありません。これと同じように、あなた方という、やはり一個の団体の意識の内容を6検してみると、たとい一か月にわたろうが一年にわたろうが、一か月には一か月をくくるべきB炳乎たる意識があり、また、一年には一年をまとめるに足る意識があって、それからそれへと、順次に消長しているものと私は断定するのであります。我々も過去を顧みてみると、中学時代とか、大学時代とか、みな特別の名のつく時代で、その時代時代の意識がまとまっております。日本人総体の集合意識は、過去四、五年前にはC日露戦争の意識だけになり切っておりました。その後、D日英同盟の意識で占領された時代もあります。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 ソウホウともに 2 タえ間なく 3 メイリョウに心に映ずる 4 頓着 5 勾配
6 途中がナンギであった 7 行住坐臥 8 ショウチする
9 検して 10 センリョウされた時代
二 傍線部1〜6の問いに答えよ。
1 何と何か。
2 辞書で意味を調べよ。
3 なぜ言い換えたか。
4 辞書で意味を調べよ。
5 辞書で意味を調べよ。
6 辞書で意味を調べよ。
15〜17 解答
一 1 双方 2 絶 3 明瞭 4 とんじゃく 5 こうばい 6 難儀 7 ぎょうじゅうざが
8 承知 9 けみ 10 占領
二 1 私と聴衆。 2 たえず。 3 講演で「コセン」と聞いただけでは分からないから。
4 苦しみ悩むこと。 5 日常。ふだん。 6 取り調べる。
18 かく推論の結果、心理学者の解剖を拡張して、集合の意識や、また、長時間の意識の上に応用して考えてみますと、人間活力の発展の経路たる開化というものの動くラインもまた、波動を描いて弧線をいくつもいくつもつなぎ合わせて進んでゆくと言わなければなりません。むろん、描かれる波の数は無限無数で、その一波一波の長短も高低も1千差万別でありましょうが、やはり、2甲の波が乙の波を呼び出し、乙の波がまた丙の波を誘い出して、順次に推移しなければならない。一言にして言えば、開化の推移はどうしても内発的でなければ3嘘3だと申し上げたいのであります。ちょっとした話が、私は今ここで演説をしている。すると、それをお聞きになるあなた方のほうから言えば、初めの十分間くらいは私が何を主眼に言うかよくわからない、二十分目くらいになってようやく筋道がついて、三十分目くらいにはようやく4脂が乗って少しはちょっとおもしろくなり、四十分目にはまたぼんやりし出し、五十分目には退屈を催し、一時間目にはあくびが出る。と、そう私の想像どおりゆくかゆかないかわかりませんが、もしそうだとするならば、私が無理にここで二時間も三時間もしゃべっては、5あなた方の心理作用に反して6我を張ると同じことで、決して成功はできない。なぜかと言えば、この講演が、その場合、7あなた方の自然に逆らった8外発的のものになるからであります。いくら咽喉を絞り、声をからしてどなってみたって、あなた方は、もう9私の講演の要求の度を経過したのだからいけません。あなた方は、講演よりも茶菓子が食いたくなったり、酒が飲みたくなったり、氷水が欲しくなったりする。そのほうが内発的なのだから、自然の推移で無理のないところなのである。
19 これだけ説明しておいて、現代日本の開化に後戻りをしたら、大抵大丈夫でしょう。日本の開化は、自然の波動を描いて、甲の波が乙の波を生み、乙の波が丙の波を押し出すように、内発的に進んでいるかというのが当面の問題なのですが、残念ながら、そう行っていないので困るのです。行っていないというのは、10先ほども申したとおり、活力節約、活力消耗の二大方面において、ちょうど複雑の程度二十を有しておったところへ、俄然外部の圧迫で三十代まで飛びつかなければならなくなったのですから、11あたかも天狗にさらわれた男のように、無我夢中で飛びついてゆくのです。その経路は、ほとんど自覚していないくらいのものです。もともと、開化が甲の波から乙の波へ移るのは、すでに甲は飽いていたたまれないから、内部欲求の必要上、ずるりと新しい一波をE開展するので、甲の波の好所も悪所も、酸いも甘いもなめ尽くしたうえに、ようやく12一生面を開いたと言ってよろしい。したがって、従来経験し尽くした甲の波には、衣を脱いだ蛇と同様、未練もなければ13残り惜しい心持ちもしない。のみならず、新たに移った乙の波に揉まれながら、毫も14借り着をして世間体を繕っているという感が起こらない。
20 ところが、日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流で、その波を渡る日本人は西洋人でないのだから、新しい波が寄せるたびに、自分がその中で15食客をして気兼ねをしているような気持ちになる。新しい波はとにかく、今し方ようやくの思いで脱却した古い波の特質やら真相やらもわきまえる暇のないうちに、もう捨てなければならなくなってしまった。16食膳に向かって皿の数を味わい尽くすどころか、元来どんなごちそうが出たかはっきりと目に映じない前に、もう膳を引いて新しいのを並べられたと同じことであります。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 心理学者のカイボウ 2 センサバンベツ 3 開化のスイイ 4 アブラが乗って
5 退屈をモヨオし 6 咽喉 7 世間体をツクロっている
8 酸いも甘いも 9 揉まれ 10 食膳
二 傍線部1〜16の問いに答えよ。
1 辞書で意味を調べよ。
2 どう言うことか。
3 こう判定している理由は何か。
4 辞書で意味を調べよ。
5 具体的に答えよ。
6 辞書で意味を調べよ。
7 具体的な例として挙げられているものを抜き出せ。
8 なぜか。
9 わかりやすく説明せよ。
10 どの個所を言っているか。
11(1)「天狗」は何の比喩か、漢字四字で答えよ。
(2)この比喩と同じことを言っている個所を抜き出せ。
12 辞書で意味を調べよ。
13 同様の表現を抜き出せ。
14 この比喩と反対の比喩を六字で抜き出せ。
15 どういうことか。
16 この比喩はどういう事を言っているか。
18〜20 解答
一 1 解剖 2 千差万別 3 推移 4 脂 5 催 6 のど 7 繕 8 す あま
9 も 10 食膳
二 1 種種様々に変わること。
2 変化する自分自身の内部から湧いてくる欲求に従って変わっていかなければならないということ。
3 外発的開化のあり方が本来の開化の原理に反しているから。 4 仕事に興味を覚えて乗り気になる。
5 一時間もすると飽きてくる。 6 自分の考えを無理にでも通そうとする。
7 「講演よりも茶菓子が食いたくなったり、酒が飲みたくなったり、氷水が欲しくなったりする。」
8 人間の心理作用の自然な推移に逆行する。
9 私の講演を理解するのに必要な注意力の度合いを超えた。
10 (形式段落14全体)
11 (1)西洋文化 (形式段落14)
(2)「やっ、と気合いをかけてはぴょいぴょいと飛んでいく」(形式段落14)
「俄然外部の圧迫で三十代まで飛びつかなければならなくなった」(形式段落19)
12 新生面 新機軸 13 感が起こらない。 14 「衣を脱いだ蛇」
15 他人の気持ちばかりを気にして暮らす心の状態。
16 自分の自然な欲求で開化を進めたのではなく、無理に西洋化せざるを得ないところから自分の気
持ちにしっくりこない空しさの比喩。
21 1こういう開化の影響を受ける国民は、どこかに2空虚の感がなければなりません。また、どこかに不満と不安の念を抱かなければなりません。それを、あたかもこの開化が内発的ででもあるかのごとき顔をして、得意でいる人のあるのはよろしくない。それはよほど3ハイカラです、よろしくない。虚偽でもある。軽薄でもある。自分はまだ煙草を吸ってもろくに味さえわからない子供のくせに、煙草を吸って、さもうまそうなふうをしたら生意気でしょう。それをあえてしなければ立ちゆかない4日本人は、ずいぶん悲惨な国民と言わなければならない。
22 開化の名は下せないかもしれないが、西洋人と日本人の社交を見ても、ちょっと気がつくでしょう。西洋人と交際をする以上、日本本位ではどうしてもうまくいきません。交際しなくともよろしいと言えばそれまでであるが、情けないかな、交際しなければいられないのが日本の現状でありましょう。そして強いものと交際すれば、どうしても己を捨てて先方の習慣に従わなければならなくなる。我々が、あの人はフォークの持ちようも知らないとか、ナイフの持ちようも心得ないとかなんとか言って、他を批評して得意なのは、つまりはなんでもない、ただ西洋人が我々より強いからである。我々のほうが強ければ、5あちらにこちらのまねをさせて、主客のF位地を変えるのは容易のことである。が、そういかないからこちらで先方のまねをする。しかも、自然天然に発展してきた風俗を急に変えるわけにいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるよりほかにしかたがない。6自然と内に発酵して醸された礼式でないから、取ってつけたようで甚だ見苦しい。7これは開化じゃない、開化の一端とも言えないほどの8些細なことであるが、そういう些細なことに至るまで、我々のやっていることは内発的でない、外発的である。
23 9これを一言にして言えば、現代日本の開化は、10皮相、上滑りの開化であるということに帰着するのである。むろん、一から十まで、何から何までとは言わない。複雑な問題に対してそう過激の言葉は慎まなければ悪いが、我々の開化の一部分、あるいは大部分は、いくらうぬぼれてみても上滑りと評するより致し方がない。しかし、それが悪いからおよしなさいと言うのではない。事実、やむを得ない。11涙をのんで上滑りに滑っていかなければならないと言うのです。
(注)@三韓 ここでは、新羅・百済・高句麗の総称。A 支那人 現在の中華人民共和国の呼称。わが国では江戸中期以来第二次大戦末まで用いられた。B炳乎 明らかなさま。C日露戦争 1904~5年。D日英同盟 日英攻守同盟条約。1902年締結。その後、1905年、1911年の二度改訂され1921年廃棄された。E開展 「展開」に同じ。F位地 地位。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 クウキョの感 2 キョギでもある 3 ヒサンな国民 4 先方のシュウカン
5 発展してきたフウゾク 6 キカイテキに西洋の礼式など 7 内にハッコウして
8 カモされた 9 ウワスベりの開化 10 フクザツな問題
二 傍線部1〜11の問いに答えよ。
1 どういう開化か。
2 同様の認識で用いられている表現を前の部分から二つ抜きだせ。
3 (1)ハイカラ 辞書で意味を調べよ。
(2)ここではどういう意味か。
4 理由を説明せよ。
5 この場合どう言う例が考えられるか。
6 同じ意味の表現を漢字三字で抜き出せ。
7 では何だと言うのか、「これ」を明らかにして答えよ。
8 辞書で意味を調べよ。
9 受ける語句を抜き出せ。
10 どう言う開化か。
11 なぜ「涙をのんで」までこうしなければならないのか。
21〜23 解答
一 1 空虚 2 虚偽 3 悲惨 4 習慣 5 風俗 6 機械的 7 発酵
8 醸 9 上滑 10 複雑
二 1 外発的開化。
2 「借り着をして世間体を繕っているという感 自分がその中で」「食客をして気兼ねをしているような
気持ち」
3 (1)西洋風を真似たり、流行を折ったり、新しがったりすること。そういう人。
(2)外国風の風俗を取り入れること。
4 外発的な開化であっても西洋との関係上あえてその関係を進めざるを得ないから。
5 西洋人に箸を使って食事をさせること。6 「内発的」
7 機械的に西洋の礼式などを 覚えることはただの真似ごとにすぎないから。
8 わずかな取るに足りないこと。 9 「帰着するのである。」
10「今し方ようやくの思いで脱却した古い波の特質やら真相やらもわきまえる暇のないうちに、もう捨
てなければならな」いような開化。(形式段落20)
11 たとえ日本の開化が上滑りなものだとしても、西洋文明との落差は埋めていかなければならないも
のだから。
(3)
24 それでは、1子供が背に負われて大人といっしょに歩くようなまねをやめて、地道に発展の順序を尽くして進むことは、2どうしてもできまいかという相談が出るかもしれない。そういう御相談が出れば、私は3ないこともないとお答えをする。が、西洋で百年かかってようやく今日に発展した開化を、日本人が十年に年期をつづめて、しかも空虚の4そしりを免れるように、だれが見ても内発的であると認めるような推移をやろうとすれば、これまたゆゆしき結果に陥るのであります。百年の経験を十年で上滑りもせずやり遂げようとするならば、年限が十分の一に縮まるだけ我が活力は十倍に増さなければならんのは、算術の初歩を心得た者さえたやすく5首肯するところである。
25 これは学問を例にお話をするのがいちばん早わかりである。西洋の新しい説などをなまかじりにして6法螺を吹くのは論外として、本当に自分が研究を積んで甲の説から乙の説に移り、また、乙から丙に進んで、毫7流行を追うの@陋態なく、また、ことさらに8新奇を衒うの9虚栄心なく、全く自然の順序階級を内発的に経て、しかも彼ら西洋人が百年もかかってようやく到着し得た分化の極端に、我々が維新後四、五十年の教育の力で達したと仮定する。体力、脳力ともに我らよりも10旺盛な西洋人が百年の歳月を費やしたものを、いかに先駆の困難を勘定に入れないにしたところで、わずかその半ばに足らぬ歳月でA明々地に通過し終えるとしたならば、吾人はこの驚くべき知識の収穫を誇り得ると同時に、11一敗また起つあたわざるの神経衰弱にかかって、気息奄々として、今や路傍に呻吟しつつあるは必然の結果として、まさに起こるべき現象でありましょう。現に少し落ち着いて考えてみると、大学の教授を十年間一生懸命にやったら、大抵の者は神経衰弱にかかりがちじゃないでしょうか。12ぴんぴんしているのは、みな嘘の学者だと申しては13語弊があるが、まあどちらかと言えば、神経衰弱にかかるほうが当たり前のように思われます。学者を例に引いたのは単にわかりやすいためで、理屈は開化のどの方面へも14応用ができるつもりです。
26 すでに開化というものがいかに進歩しても、案外その開化の15たまものとして我々の受くる安心の度は微弱なもので、競争その他からいらいらしなければならない心配を勘定に入れると、吾人の幸福は16野蛮時代とそう変わりはなさそうであることは、前お話したとおりであるうえに、今言った17現代日本が置かれたる特殊の状況によって、我々の開化が機械的に変化を18余儀なくされるために、ただ上皮を滑ってゆき、また、19滑るまいと思ってふんばるために神経衰弱になるとすれば、どうも日本人は気の毒と言わんか哀れと言わんか、まことに20言語道断の窮状に陥ったものであります。私の結論はそれだけにすぎない。ああなさいとか、こうしなければならぬとか言うのではない。どうすることもできない、実に困ったと21嘆息するだけで、きわめて悲観的の結論であります。
27 とにかく、私の解剖したことが本当のところだとすれば、我々は日本の将来というものについて、どうしても悲観したくなるのであります。外国人に対して、22おれの国には富士山があるというようなばかは今日はあまり言わないようだが、B戦争以後一等国になったんだという23高慢な声は随所に聞くようである。24なかなか気楽な見方をすればできるものだと思います。では、どうして25この急場を切り抜けるかと質問されても、前申したとおり、私には名案も何もない。ただ、できるだけ神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化してゆくがよかろうというような、体裁のよいことを言うよりほかにしかたがない。26苦い真実を27臆面なく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々おわびを申し上げますが、また、私の述べきたったところもまた、相当の論拠と28応分の思索の結果から出た、きまじめの意見であるという点にも御同情になって、悪いところは29大目に見ていただきたいのであります。
(注)@陋態 見苦しい様子。A明々地 非常にはっきりしたままに。A明々地 日露戦争。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 マヌカれる 2 たやすくシュコウするところ 3 法螺 4 キョエイシン 5 シンケイスイジャク
6 ヤバンジダイ 7 言語道断のキュウジョウ 8 臆面なく 9 高慢 10 オウブンの思索
二 傍線部1〜29の問いに答えよ。
1 わかりやすく説明せよ。
2 この問の答えを二か所抜き出せ。
3 日本の今後の開化をどうすすめるべきだと考えているか。
4 辞書で意味を調べよ。
5 辞書で意味を調べよ。
6 辞書で意味を調べよ。
7 辞書で意味を調べよ。
8 辞書で意味を調べよ。
9 辞書で意味を調べよ。
10 辞書で意味を調べよ。
11 どういうことか。
12 なぜか。
13 辞書で意味を調べよ。
14 辞書で意味を調べよ。
15 辞書で意味を調べよ。
16 対比的に用いられている語は何か。
17、20 どう言う状況か。
18 辞書で意味を調べよ。
19 この場合どうすることか。
21 辞書で意味を調べよ。
22 どういうばかか。
23 辞書で意味を調べよ。
24 この皮肉を説明せよ。
25 指示内容を記せ。
26 どう言う状況をこう言っているか。
27 辞書で意味を調べよ。
28 辞書で意味を調べよ。
29 辞書で意味を調べよ。
24〜27 解答
一 1 免 2 首肯 3 ほら 4 虚栄心 5 神経衰弱 6 野蛮時代 7 窮状
8 おくめん 9 こうまん 10 応分
二 1 自分が大人のペースで歩いているように思っている子供。
2 「どうすることもできない」(形式段落26)「私には名案も何もない」(形式段落27)
3 できるだけ神経衰弱に罹らない程度に内発的に変化していくようにする。
4 人のことを悪く言う。 5 うなずくこと。 6 でたらめをいう。 7 はやりの真似をする。
8 目新しく、普通と違っていることをわざと見せかける。 9 見栄を張りたがる心。
10 活力や意欲が盛んなさま。
11 一度それにおちいると二度と回復できないような神経衰弱にかかって急激な開化の途中でその負担
に苦しんでいる。
12 一生懸命戸R組む学者はたいてい神経衰弱にかかるから。
13 言い方が適切でないためにおこる弊害。 14 原理や知識を実際的な事柄にあてはめて利用す
ること。15 いただきもの。 16 開化。 17
17、20 西洋が長い間かかって発展させた開化を、短期間のうちに乏しい体力・能力で実現しなけば
ならない苦しい状況。 18 他に方法がない。 19 内発的開化をしようと立ち向かう。
21 嘆いてため息をつくこと。
22 日本国家や日本人の価値内容とは関係のないものを持ちだして見栄を張ろうとする愚かしさ。
23 思い上がって人を見くびること。
24 外発的開化のもたらすものに気付こうとしない心の底まで上滑りな見方を。
25 「我々の開化が・・・陥ったものであります。」(形式段落26)
26 現実の判断と将来の展望の両面にわたる否定的状況。 27 気後れした様子もなく。
28 身分・能力にふさわしいこと。 29 寛大にすること。
筆者
夏目漱石 1867〜(慶応3)―1916年(大正5)。小説家・英文学者。
高踏派。
東京都生まれ。本名は金之助。
1905年(明治38)、風刺的、実験的な小説『吾輩は猫である』を発表。続けて『坊つちやん』などを書き、作家としての地位を築いた。作品に、『三四郎』『それから』『門』の前期三部作、『こころ』『明暗』『行人』の後期三部作などがある。本文は『漱石全集 第十一巻』によった。
現代日本の開化 本文は、1911年(明治44)8月に行われた講演をもとにしたものである。明治維新以後の日本の近代化について、適切明快にその本質を論述した。以後、百年経過しノーベル賞を多方面にわたり受賞することになったことを思うとこの開化も内発的になったと言えるのではないか。
*この後、構成の欄は解答のみにする、
構成
一 二 |
段 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 まとめ 11 12 13 14 |
通し番号 |
|
西洋の開化(一般の開化) |
|
日本の開化 |
二 三 |
段 |
15 16 17 18 19 20 21 22 23 まとめ 24 25 26 27 まとめ |
通し番号 |
|
西洋の開化(一般の開化) |
|
日本の開化 |
構成 解答
一 二 |
段 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 まとめ 11 12 13 14 |
通し番号 |
開化=人間活力の発言の経路 積極的=勢力の消耗 消極的=消耗を防ぐ 活力消耗=道楽 活力節約=工夫 道楽根性の発展 工夫精神の発展 勢力消費=娯楽 労力節約=発明 千変万化 錯綜 開化・・・パラドックス 昔より生活が楽になっていな ければならない。 開化→競争激化→生活困難 昔 死ぬか生きるか 対照 今 どの状態に生きるか 活力節約=楽に仕事 (例)自動車 今 積極的活力=贅沢 (例)エジプト煙草 開化 積極 競争の 消極 発展 一般の開化 西洋の開化(一般の開化) 内発的・・・自然に 西洋の開化=内発的 娯楽に活力を使用 労力節約の機関 |
西洋の開化(一般の開化) |
日本の開化 外発的・・・他の力で (例)それまで大陸からの文化=内発的 外発的 無理押し 否応なしに 不自然な発展 (比喩)ぴょんぴょん飛ぶ ぼつ ぼつ縫う 地面に触れない |
日本の開化 |
二 三 |
段 |
15 16 17 18 19 20 21 22 23 まとめ 24 25 26 27 まとめ |
通し番号 |
心理的影響 意識 − 動く (例)講演 意識―動く 日本人総体の集合意識も動 く 結果 開化の推移=内発的 (例)茶菓子=内発的 日本の現代の開化=西洋 日本の開化 西洋の開化=百年 打開策 |
西洋の開化(一般の開化) |
←外発的開化 (例)演説=外発的 日本の開化≠内発的 (例)波=飛び移る (例)食膳の皿=次々に 日本人=空虚・不満不安 悲惨な国民 (例)社交=西洋人の真似―外発的 日本の開化=皮相・上滑り Q どうするか? 百年の経験を十年で実施―不可能 (例)学者=神経衰弱 開化=上皮を滑る或いは神経衰弱 A どうにもできない (例)富士山を自慢 A 名案も何もない 神経衰弱に罹らぬ程度に内発的な変化を目指す |
日本の開化 |
主題 明治日本の外発的近代化の悲劇の究明
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日本の開化 |