ジペルディー家、騒動記

 

 4月後半のある日、帝王学の授業の後、カイン、姫、エドガー、コゼット、の4人は、お茶のひとときを楽しんでいた。

 

「やっぱり今度の舞踏会もカインはお姉さまをエスコートするのね」

「カイン、お前たまにはコゼットを誘おうとは思わんのか?」

「・・ごめん」

「お姉さま、他に誘ってくださる方はいらっしゃいませんの?」

「ええ、特に今は喪に服している時だから、ね」

「確かにそうかもしれませんけど、あまりのんきなことを仰ってると本当に婚期を逃してしまいましてよ。舞踏会で踊られた方を気に入られたら

“少し疲れましたわ”

と言ってテラスに行ってお話とかなさってみれば・・」

「コゼット!お前まさか、よくそういう事をしているのか!」

「いやですわ兄様、カインや兄様以外には言いませんわ」

たわいも無い会話で優雅な時間が過ぎていく。

 

舞踏会当日。

 

“お姉さまに恋人が出来れば、私ももっとカインの傍に居られるのに、そう、今のお姉さまには[大人の色気]というものが足りないのよ”

 そう結論を出したコゼットは、ある作戦を持って王女の部屋に向かった。

「コゼットです。入っても宜しくて?」

……………………………

「えっ!ちょっとコゼット、きゃっ!」

 

 

王家主催の舞踏会とはいえカインが服喪中である以上実際はジペルディー家主催も同然となる。

余興の件を男性来場者全員に伝え終わったことを確認したエドガーはふと思いついた、

<これはカインを出し抜いて姫と先に踊るチャンスではないか!>

そこで照明が落とされると姫に手を差し出した。

「私の手をとるがいい」

しかし、相手はただじっとしている。

照明が点けられる直前、(従妹なのだしこの位の無礼は問題無かろう)と判断したエドガーは(多少)強引に姫の手を取ろうとした。

が、突然彼女は引っ張られた様に移動し思わぬ人物の腕を掴んでしまった!

 

 

ぎょえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜

化鳥のよう(と言ってはプテラノドンに失礼か?)な雄叫びをあげ恰幅の良い中年紳士が転びながら会場を逃げ出して行った。

「ごっ、ご覧になりまして。あの威張りやの男爵が・・ぷっ」

「わ、笑っては失礼ですわ。男色家とウワサの伯爵を捕まえてしまったのですから・・クスッ」

(一応押し殺してはいるが)笑い声が広がる。

 

 

「え、エドガー殿・・・」

「・・・ヴィンセント・・・」

「しかたがない、ヴィンセント踊るぞ!」

「しょ、正気ですか!エドガー殿!」

「私は本気だ!」

「い、いえ、正気なのかと・・」

「男爵の醜態とこの嘲笑は見ただろう、ここは堂々としていたほうが得策だ、余興ごときでジタバタしていては敵に弱みを見せる様なものだ」

「て、敵など何処に!」

「男は一歩家を出れば7人の敵がいるものだ!」

「貴方の場合7人どころでは・・・」

ヴィンセントの抗議も虚しく最初の曲が流れはじめ、エドガーは<余興の話題を提供してやっている>といわんばかりの笑顔をうかべてヴィンセントをリードする様に動き出した。

「騎士団長なのだから合わせて動くくらいの運動神経はあるだろう、上司命令だ!」

上には逆らえない軍人気質、しかたなく合わせて踊るように動いているとさらにキツイ命令が飛ぶ。

「おい、その顔をどうにかしろ!」

「え?」

「その赤面した顔を、せめていつもの仏頂面に戻せと言っている!」

 

「んもう!エドガー様ったらあのように堂々と。たまには赤面してあせるところを見てみたいものですわ」

「ふふふ、でも流石はエドガー様、普通はああも堂々とは出来ませんわ」

 

「全く!可愛げの無い男だエドガー=ジペルディーは!」

「だが政治家たるもの面の皮の厚さは必要だ、全く家柄だけでも厄介だというのに・・」

 

曲が終わるとエドガーはギャラリーに芝居がかったお辞儀をしあくまで余興を強調しホッと息をついた。

 

<ここで時間を少しもどして>

 

「どうか楽しんで欲しい、余興も用意してある」

オースティンは舞踏会の開催を告げると妻の居場所を確認した。

照明が落とされ、妻の方へ移動する。自分が贈った香水の香りがし、(たまには昔を思い出して)と手を差し伸べて言う

「私と踊っていただけますかな?レディー?」

しかし、相手は自分の手を取ってくれない。

照明が点けられる直前、(妻なのだからと、かなり強引に)相手を抱き寄せた。

 

「・・・・・姫・・・・」

「叔父様でしたの!びっくりしましたわ」

 

(原因はコゼットである、大人の色気=大人っぽい香水、と考えた彼女は母親の香水から1番大人っぽい感じの香りの物を選び従姉に強引につけたのだ、それが夫婦間のプレゼントとは知らずに。)

 

オースティンはあせった、余興で主催者が1番おいしい相手(=王女)を取ってしまったのだ、若者たちの視線も怖いが何より妻の凍ついた視線が恐ろしい。

<すまぬ!無かったことに!>

と思わず言いそうになってしまった。だめだ!激しく本音だが、これでは姪と何かあったと思われてしまう!

<私には妻と二人の子供が!>

い、いや、これもだめだ。事実だがこれでは王女に恥をかぶせることになる!

会場で騒ぎがあったようだが、オースティンには構っている余裕はなかった。

曲が流れだし<天国の兄上!弟をお守りください>と祈りながら踊りだした。

・・ハインツ氏が娘より弟を優先してくれるのだろうか?・・・

5年前エドガーに叱られたけれど叔父様には叱られずにすんでよかったですわ」

とにっこり笑う王女の笑顔もいまは痛い。

 

1曲終わってエドガーは両親の異変に気づいた。

「あ、兄様!」

(内部情報のおかげで)カインと踊れてご機嫌だったコゼットも不安そうに話かけてきた。が、どうすることも出来ない。

「あなた、私少々疲れましたわ」

・・・・ここで“全然踊って無いでしょう”と言える者は居ない。

「そ、そうかではテラスにでも・・・」

「いいえ、庭園の噴水のそばは良い風が吹いているそうですよ」

「・・ああ、そうしよう」

ここで誰もが礼服のまま水浸しになる国王補佐(43歳)を思い浮かべたが、やはり誰も止められなかった。

 

「兄様〜」

「ジペルディー家の者が全員ここを離れるわけにはいかない。これは夫婦の問題だ」

 

 この後エドガーはそつなく舞踏会を仕切り、さらなるご婦人方の賞賛とライバル共の嫉妬を獲得した。

 オースティン氏はしばらく後に(水浸しにはならず)妻と会場に戻って来て、何曲か楽しそうに踊っていた。夫婦の間にどんな会話があったのかはわからないが・・・。(シモーヌ様一体何をしたのでしょう?)

 

後日、この舞踏会は下々から“闇鍋舞踏会”と呼ばれ、末永く語り継がれることになる。

                                        2008/01/01