パックの悪戯
「さすがにこれ以上は眠れないわよね」
昨日はとても気分が悪くなってしまって、カインに頼んで夕方に部屋に戻らせてもらった。
それからずっと眠っていたのだから、今は夜明け前とはいえかなり眠りすぎかもしれない。
「そうだわ!少し明るくなって来たことだし、朝のお庭を散歩してみましょう」
まだ日が昇る前のしっとりした空気のなかを散歩する。
本当にひさしぶりだわ、カインの教育中は色々と忙しくて夜更かしばかりだったし、あの事故の後はとても散歩をする気分にはなれなかった。
両親と弟を失ってしまった事故を思い出すと気分が沈んだが、露をたっぷり含んだ花たちの雨にうたれたのとはまた違った風情が私の心を慰めてくれた。
色とりどりのパンジーの植え込みの中、紫の花を見つけて、お母様の言葉を思い出す
「この花の汁を眠っている人のまぶたに垂らすと、そのひとは目をあけて最初に見た人を好きになるのよ」
・
・・・・・・
今ならまだ眠っているわよね。ふっとイタズラ心がわきあがり、花を1輪摘む。
あのひとが、もっと私を好きになってくれますように。
<あなたのお相手は?>(ジーク、リオウのみED前設定です)
カイン
そういえばカインはずっと教育、即位してからは執務と朝の散歩を楽しんだことは無いのかもしれない。ジークの“治療”中も簡単に散歩が出来たとは思えないし・・。
そうだわ!今度アーデンに視察に行って「今日は遅くなったから泊まって帰りましょう」って言ってみよう。
アーデンなら王宮よりも人の手が入ってないから、もっと清々しい景色が見られるわ。
考え事をしながら歩いていると誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ!」
『姉上!』
転びそうになったところをカインが支えてくれる。
『姉上、心配したんだよ。昨日は具合が悪そうだったのに朝には部屋を抜け出しているんだから』
「ご、ごめんなさい。体のほうはもう大丈夫よ」
『そうみたいだね。今日の公務も大丈夫だよね』
「ええ、心配をかけてごめんなさい。昨日の分も頑張らないと」
『もっと量が増えるけど・・、頑張ろうね姉上!』
「えっ?」
『泊りがけの視察よりも休暇のほうが絶対いいよ、1日中姉上と一緒にいられるしね。仕事を放り出すわけにはいかないだろう?』
「ええっ!」
『早速スケジュールを調整させるよ。嬉しいな、姉上の方から“泊まろう”って誘ってくれるなんて』
・
・・私、声に出していたかしら。
呆然とする私に、カインは眩しい笑顔で上機嫌に話しかけた。
『もちろん正式に誘ってくれるよね、姉上』
ジーク
(おはようございます)こっそりと部屋に入り眠っているジークに近づく。
花を潰してその汁をまぶたに垂らすと、
『うわっ!一体何が!』
「おはようジーク、昨夜はよく眠れた?」
『姫!・・おはようございます。・・・そうではなく、なぜここに?お体のほうは大丈夫なのですか?』
「ええ、ゆっくり休ませて貰ったからもう大丈夫よ。ジークの薬湯もとっても苦かったけれど、よく効いたみたいね。ありがとう」
『いえ、当然のことをしたまでですから。 それでどうしてここに?』
「えっ!えーっと。 あ、お礼を言いたくて」
『そうですか、ありがとうございます。
ああ、せっかく訪ねて頂いたのにお茶すら出していませんでしたね、すぐに用意します』
「そんな、急に来てしまったから気にしないで。付き添いの準備があるからそろそろ部屋に戻らないと」
『それでしたら昨日、カイン様から“明日は1日姉上をよく休ませるように”と言われておりますから、慌てる必要はありません』
『はい、姫。いつもの薬草茶とは少々味が違うかもしれませんが。
(なまけんぼうの恋花ですか・・・私に使ってくださるなんて嬉しいですよ、姫)』
ジークに私を帰すつもりが無いことを、この時の私は知る由も無かった。
エドガー
(失礼します) 一応心の中で挨拶をしてエドガーの寝室に入る。
寝台に近づいて、思わず彼の金色の髪と整った美貌に見とれてしまった。
(っ、見とれている場合じゃあ無いわね) エドガーの方に体を近づけて花をつぶそう・と・・・・
「キャッ!」
突然、体を引かれ寝台の上に倒れこむ。 ・・・いつの間にか私はエドガーの体の下になっていて、彼の顔を見上げていた。
「エ、エドガー・・」
『夜這いにしては随分と遅いな、まあ夜中に一人歩きをしなかったことは褒めてやっても良いが』
「・・・起きていたの?」
『おまえが部屋に入って来たところからな。お前が物欲しそうにしているから様子を見ていた』
「物欲しそうにってそういうわけじゃ、・・ちょっと、エドガー!」
エドガーの唇が首筋を這い、手は体のラインを撫でる様に・・・。
「そんな事をしている場合じゃ!もう朝よ、あなたも私も公務が・・・」
『心配するな、お前はここで休んでいればいい』
「そんな事出来るわけないでしょう!」
『昨夜カインが“明日の姉上の公務は外せ”と大騒ぎだったからな、お前は今日休みだ。』
「でっ、でもエドガーは・・・」
『俺がその程度で使い物にならなくなるわけが無いだろう。
それとも明日の朝までここで休んでいくか?添い寝くらいしてやるぞ』
数時間後の王宮
ジーク「カイン様、エドガー殿から“急病につき本日は休ませて貰いたい”との連絡が。昨日の姫といい何か悪い病でも・・・・・いかがなされましたか?」
カイン「(エドガーのやつ・・・)・・・・いや、急に頭痛がしただけだ」
ジーク「カイン様まで!ああ、一体何の流行病なのか・・・」
カイン「まて、三人共病気ではないから騒ぐな」
リオウ
(失礼します) 一応心の中で挨拶をしてリオウの部屋に入る。
(うまくいきますように)祈りながら花を潰し、汁をまぶたに垂らす。
・
・・・・
(どうしょうかしら)
リオウは眠ったままだ。 これからどうするか、何も考えてはいなかった。
(・・恥ずかしい、今のうちに帰ろう)そう思ったとき、
急に腕を引かれてリオウの上に倒れこんでしまった。
「リ、リオウ?」
『ひ〜め、“なまけんぼうの恋花”を使って逃げるなんて酷いじゃあないですか。姫は僕の事を嫌いになったのですか?』
目は瞑ったまま、にっこり笑ってリオウが言う。
「起きていたの?」
『姫は僕を何だとお思いですか?暗殺者が部屋に侵入者が来ているのに眠ったままでいるわけがないでしょう。
どう襲ってくださるのか楽しみに待っていたのですが』
「襲うって・・・」
『でも僕が目を開ける前に居なくなるなんて酷いですよ、僕が他の人を好きになってしまっても構わないのですか?』
相変わらず目を瞑ったまま言う。
「どうして目を瞑ったままなの?」
『どうしてでしょうね、簡単に起きてしまうのが勿体無いからかもしれませんね』
『そうだ、姫、目覚めの口づけをして頂けませんか?』
アストラッド
神殿に行くと、アストラッドが朝のお祈りをしていた。
『姫、随分早い時間にいらっしゃいましたね。昨夜はご気分が悪いとのことでしたが、もうよろしいのですか?』
「おはよう、アストラッド。お祈りの邪魔をしてしまったかしら?」
『いいえ、姫の回復を祈っていた所ですから、こんなに早く叶うとは嬉しいですね』
『ところで、その手に持っていらっしゃるのは“なまけんぼうの恋花”ですよね、私に使おうと持ってきてくださったのですか?よもや他の男性に使うわけではありませんよね?』
「ええっ、この花のこと知っているの?」
『有名なおしばいに出てきますからね、そういうことなら寝坊しておくべきでしたね』
「あ、あの、ごめんなさい。変な事をしようとして・・」
『フフッ、謝ることはありませんよ。“もっと好きになって欲しい”と私を欲しがってくれるのは嬉しいですからね。
今は仕事がありますので、また今夜使って頂けませんか?
ああ、そうだ、カイン様が今日は姫をお休みの日にしてくださったのですよ。
今日は一日こちらで休んではどうですか?夜までにもう1輪用意しておきますから、その花は私に使わせてください』
「えっ、それって・・・」
『いかがなさいました?姫が私になさろうとした事を、私が姫にするだけの事ですよ。もちろん私は姫の行動を止めませんから』
「アストラッド・・」
『後で感想を教えてください、もちろん私も感想をお伝えしますから。
では姫、寝台にご案内致します』
ヴィンセント
さすがに、早朝に王宮を抜け出してヴィンセントの屋敷に侵入することは不可能、どうしようかと部屋に戻るとヴィンセント本人が部屋の前に立っていた。
『姫!どちらにいらしたのですか、心配したのですよ!』
「ヴィンセント!今日は早いのね」
『い、いえ・・・』
「・・ひょっとして一晩中王宮に詰めていたの?私を心配して?」
『・・・はい』
(とりあえず、チャンスなのかしら?)
「じゃあ、ゆうべは一睡もしていないのよね、ちょっと来て!」
『姫!一体何を?』
ヴィンセントを部屋に引っ張り込み、寝台に押し込む。
「朝まで少し時間があるからここで眠っていくといいわ」
眠ってくれれば、この花も使えるし良い考えよね。
『ひ、姫』
「眠れないの?子守唄を歌ってあげましょうか?」
『そんな、恐れ多い!・・そうではなくこれは一体・・』
「騎士団長は大変な仕事でしょう、徹夜では体がもたないわよ。
あら、鎧着けたままじゃあゆっくり休めないわよね、脱ぎましょう」
『!!!!!!』
ヴィンセントは困りきっていたが、私は花を使うときを想像してとても楽しみにしていた。
ロデル
何とか王宮を抜け出し、ロデルの家に向かう。
初めて見る早朝のノルガースの街はとても興味深かったが、今はこの花の事が優先。
「おはようございます」
ロデルの家で声を掛けると彼のお母様が家に入れてくれる。
「ロデルに用事かい?あの子ならまだ寝てるから起こして貰ってもいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
ロデルの部屋に行き花を潰してその汁をまぶたに垂らすと・・・
『うわっ!』
「おはよう、ロデル」
『ああ、おはよう。・・・って何でお前がオレの部屋に居るんだ!ゆうべ何かあったっけ?オレ全然記憶が〜』
「落ち着いてロデル、私今来たばかりよ」
『今来た?なんで?』
「理由?え〜と」
まさか本当のことは言えない。
「そ、そう!ロデルに“おはよう”の挨拶がしたくなったの」
ロデルの頬におはようの口付けをして、
「おはようロデル、もうすぐ朝食の用意が出来るから起きて」
そう言うと顔を真っ赤にしているロデルを置いて、逃げるように王宮に帰ってきてしまった。