カラバル

 

 

 俺は、なぜこの男とテラスで茶など飲んでいるのだろう

“一緒にお茶でもどうですか”と誘われたからなのだがこの典医を俺は“胡散臭い男”と嫌っていたはずだ・・・。

しかも「めずらしい組み合わせ」に周りのものがチラチラとこちらの様子を伺っているのが鬱陶しい。

 

考えているうちに「姫が家族のように慕っている者の心象を損ねたくない」という理由に気付き苦笑する。

随分と焼きが廻ったものだ。

 

『カイン様も随分と立派になられました、これも皆様の協力のおかげです』

「本人の努力も大きいだろう、記憶が戻っていないというのに随分頑張ったものだ。即位式も問題なかろう」

『正直、エドガー様がここまでカイン様の教育に力を注いでくださるとは思ってもみませんでした』

「ほう、お前はそのように私をみていたのか」

    ・建国祭前夜、あのとき「もう2度と姫の泣き顔は見たくない」そう思わなければここまで熱心にはなれなかったかもしれないな・・・。

 

『それは姫へのつぐないですか・』

    ・・この男、今何を言った?

「何の事だ」

『建国祭のときの話ですよ』

「ほう、お前も私が暗殺の首謀者だとおもっているのか?」

『その話は置いておくとして、今は9日の夜の話をしているのですが』

    ・・まさか・・・

『申し上げておきますが、姫は何も話されておりません。

しかし私が気付かなかったと思われては困ります。

流石に私から“知っていますよ”と言える内容ではないので、姫から相談があるまで待とうと思っていたのですが、姫はご自分で解決してしまわれた。

なので姫は“ジークは知らない“と思っていらっしゃるでしょうね』

 

カイン様だけではなく姫も立派になられて喜ばしい限りです。

そう微笑む典医が得体の知れない存在に見えた。

テラスでこの様な大声で話せない件を持ち出す事といい、「自分が気付いている事を姫は知らない」の一言で俺がここでの話を姫に告げるのを封じる手管は只者ではない。

 

「それで?どうしようと言うのだ?」

いつも通りの声が出せたのか、自信が無い。

思ってもみなかった展開に固まっている俺に、典医は今まで飲んでいた物とは違う薬草茶・・らしきものを1杯だけ淹れて差し出した。

『これを飲んでください、そうしたらこの件は2度と口にしないと約束しましょう』

「・・・これは何だ?」

『エドガー殿は“裁きの豆カラバル”というものをご存知ですか? 

ある一族が裁判に使うものです、“30粒食べて死ねば有罪、死ななかったら無罪”なのだそうですよ』

「随分と野蛮な方法だな」

『そうですか?戦争や革命の方がもっと野蛮だと思いますが』

 

「これを飲めばいいのだな」

    ・・落ち着け、いくらこの男でもこの様な人目の多い場所での毒殺はありえない。

『はい』

 

“本当に毒が入っているのでは・・”と怯みそうになる自分を押さえつけるように、一気に茶?を飲み干す。

・・・・不味い、病のときに飲まされた薬湯を思い出す、ひょっとしてこれは。

「これで満・足・・か?」

    ・なんだ?意識が・・・

『はい、結構です』

典医は涼しい顔でヴィンセントを呼ぶよう指示を出す。

「エドガー殿! ジーク殿これは一体!」

『姫が、最近エドガー殿が働きすぎだと心配されていましてね、疲れのとれる薬草茶をおすすめしたのですが、どうやら効き過ぎた様で』

「そうでしたか、それではこのまま部屋へ運んでゆっくり休んで頂いたほうが宜しいでしょう」

『そうですね、エドガー殿はカイン様と姫にとって大切な方、本当に倒れられては困ります』

「ところで、お二人が異様な雰囲気だったと言っている者がいるのですが?」

『ああ、エドガー殿が苦い薬草茶を飲もうとなさらないので、少々脅しすぎたようで・・申し訳ありません』

「そんな、子供のような事を・・・・」

 

    ・・二人共、後で覚えておけ・・・

そう考えつつ、今は睡魔に身を任せることにした。

 

 

裁きの豆“カラバル”

アフリカのある部族が不貞をためすときに使う。

「死ねば有罪、死なねば無罪」という恐ろしい判定法だが、疚しいところが無い者は一気に食べるので胃がびっくりして吐いてしまい助かる確率が高いとも言われている。

                                                                   2008.1.1.