Novel

ある北国の物語改_10

「だって、確かにシグって言ってたわよ《
「違う……。ノリネン軍曹が言った『シグ』は、シグ・テルトゥルのことじゃないんです《そこで再び咳き込んだシードルの言葉を継ぐように、ナージャが叫んだ。
「シーグルィ! ノリネンは、シーグルィって言いたかった!《
 ナージャの叫びを聞いて、聖堂の中がざわめき立つ。わけのわからないサイは、大人たちと同様に狼狽しているソーニャを捕まえて、話の意味を問うた。
「どうもこうもない!《
 慌てたように両手をバタバタさせて、ソーニャは言った。
た『シグ』はシグルのことだったんだ!《
「シグル?《
「クローヴル語で、スクルージのことだよ!《
 その言葉に、ようやくことの大きさが理解できた。つまり冤罪だったのだ。シグ・テルトゥルは。シードルとナージャに向かっていた視線が、サイの方へ戻ってくる。サイはそれらの視線を甘受した。反論の機会を窺っていたと言ってもいい。彼らが何を言いたいかはよく分かっていた。
 ――お前が余計なことを言わなければ。
 サイはただノリネン軍曹の言動を伝えたに過ぎない。しかし、サイが言いだしさえしなければ、シグは聖堂で裁判もどきにかけられることもなかったし、そこを軍に押さえられることもなかったろう。
 しかし職人達にだって非はあった。サイの証言を誤解して、シグ・テルトゥルを尋問したことである。それをどう口に出したものだろう。職人達の様子を窺いながら、サイは思案していた。
「お前のせいで《
 静まった群衆の中から、恨みの籠もった声が上がった。白鳥造船所所長ヴィーカのものである。そこから堰を切ったように、白鳥造船所の面々から非難の声が上げられた。青皮造船所の面々は、苦々しい顔をして首をすくめていた。積極的に発言はしないが、かと言ってサイを助けるようなこともしなかった。1番幼いソーニャだけが、大人達とサイを見比べてただただ困惑したような表情を浮かべていた。
 サイは黙って白鳥造船所の面々から浴びせられる罵詈雑言を聞き流していた。半分以上がサイにとって意味の分からない言葉だったからだ。これはスコーリン村の集会所で感じたものに近いものがある。だからという訳でもないけれど、サイは平然としていられた。その超然とした態度が気に食わないらしい。罵声が更に声高になる。
 やがて白鳥造船所の職人の一人が、サイの胸元を掴み上げた。相手のほうが背が高いので、自然、首の辺りが絞まる。トッドがいればこの状況をどうにか収めることができたのだろうか。逃避気味に考えて、死人に頼るなんて情けないと頭を振った。お陰で余計に苦しくなって、空気を求めてサイは咳込んだ。咳き込めばその分喉が絞まる。悪循環に陥っていた。
「苦しめばいい。シグはもっと辛い目に合わされるんだぞ《
 そう言って職人がわざと喉元を締め付けていたことも、過熱した白鳥造船所と、それを諌めようとする青皮造船所の間で小競り合いが起こっていたことも、サイは気づけなかった。気づく余裕など、有りはしなかった。
「やめろ《
 低い嗄れ声が響いた。白みかける意識の中で、サイはそれがトーボーグのものであることをぼんやり思い浮かべていた。上意に半身に衝撃が走った。ややあって、自分が聖堂の床に叩きつけられたことを悟った。
「大丈夫?《
 ナージャが駆け寄ってくる。サイはそれに頷くことすらできなかった。自由になった喉が噎せ返っていて、返事どころではなかったのだ。酷いことをするわ、そう言いながら背中を擦ってくれるナージャの好意が有り難い。
「ユーリ、いい加減にしないか《
 年の割に低い割れた声で、ユーリと呼ばれた職人の腕を捻り上げていたのは、やはり、トーボーグだった。
「確かにシグが連れて行かれた原因はサイにもあるだろうさ《そこで彼は一瞬サイの方を見てから、職人達の方を向いた。
「だが、それを鵜呑みにして、シグを吊し上げたあんたらに非がないと言ったら嘘になるだろう!《
「だがトーボーグ! そもそも!《
 怒鳴ったユーリに一瞥をやってから、トーボーグは口を開いた。重たい何かを吐き出すかのようだった。
「あの時――サイがノリネン軍曹と出くわしたとき――ノリネン軍曹と話していたのは俺なんだよ《