サイが再び造船所を訪れたとき、そこは僅かに活気を取り戻していた。とはいっても、サイたちが北方へ向かう前とは比ぶるべくもなく、職人たちの態度もどこかよそよそしい。
あの待たされた一年間のようだ、とサイは思った。鬱々として、皆なにか破裂しそうなものを抱えている。この頃になって、雲の上までいく船が見たい、と健気に職人たちを手伝うようになったシードルを憐れに思う。その反面、彼の存在に救われている自分がいるのも確かだった。
「赤犬織布所(あかいぬしきふじょ)が降りるそうだ《
所長のキールピが、いつものにこやかな表情を引っ込めて、重々しく言った。その報告に、職人たちが大きくどよめいた。
織布所は、飛空船の重要な部品の一つである浮き袋を作る場所だ。だから織布所が降りるとなると、造船がたちまち立ち行かなくなる。
「どうするの《
サイが思わず口を開く。マクシームだけが戸惑いの表情を浮かべていた。最年少のソーニャはただただ悔しそうだ。職人たちはほとんど皆沈痛そうな面持ちをしている中で、この二人だけが異質だった。
シードルがサイと職人たちを見比べて、声をかけあぐねているのが目に入った。彼は少し考え込むように俯いてから、サイの袖を引っ張って外へと誘った。
「お話ししたいことがあるんです《
歩きながらシードルは言った。サイが連れてこられたのは工房の入口だった。そこでシードルは言葉を探すようにもごもご口籠もってから、何かを決心したようにサイの顔をきっと見上げた。
「ここ、ソレーンの職人街では、昔、人がいっぱい死んだことがあるんです。その《
「軍のせいで?《
「ええ《
「よくある話ね《
サイは淡々と答えた。軍人は得てして弱い者に優しくない。それにシードルはしょんぼりとしたように軽く俯いた。腿の辺りで、ズボンの布地が強く握りしめられていた。
「だから、皆、怖がっているんです《シードルは職人たちの集う工房を振り仰いで、言った。
「マクシームとソーニャは実際のことを知りません。僕も南部の出身だから、聞いた話しか知りません《
だがそれ以外の職人たちは、その力の恐怖を身をもって知っているのだと言外に言う。彼らは軍による粛正だか虐殺だかに居合わせたのだと。
――だからなんだというのだ。
「なによ、それ《
職人たちに責め立てられたとき以来の上快感が襲ってくる。サイからしてみれば、軍人が弱者に冷たいのは今更だ。だから、それを理由に尻込みをするのはただの負け犬か弱虫に見えた。
「だからなんだって言うの《
サイの言葉に、シードルは虚を突かれたような表情をする。
「軍人が怖い? 当たり前でしょ、あっちは恐がられてなんぼの軍人なのよ。それにいちいち尻込みしてたら何もできないじゃない《
「そんなの《
何か言いかけて、シードルは言葉を詰まらせた様子だった。喉の奥から言葉を絞り出すように口を開閉してから、擦れた声で言った。
「そんなの・・・・・・!《
「話したいことはこれだけ?《
シードルから反論がないのを見て、サイは工房の方へと戻った。職人たちはやはり粛々と作業をしている。それもどこか上の空で、工房の中には失意が溢れているようだった。仕方ない、仕方ない。そう職人たちが自分に言い聞かせている声が聞こえるようである。
サイはわざとらしく足音を立てて、職人たちの注目を自分に集めた。そして堂々と胸を張って、高らかに言った。
「トッドが望んだのは、こんなしょぼくれた結末だったの《言ってから、いいや違うと思い直して頭を掻く。
「ただただ打ちのめされていることが、トッドへの弔いになるの? 私はそうは思わないわ《
「じゃあ、どうしろって言うのよ《
押し殺した声で、ミーナが言う。
「前へ進むのよ。ここで諦めるなんて、命をかけて飛空石を採ってきたトッドへの冒涜だわ。彼の死に報いるためには、船を完成させることしかないでしょう。そんなこともわからないの? この臆病者ども!《
なにも考えずに、頭に浮かんだ言葉をそのまま言った。トッドが望んでいたのは、船の完成だったとサイは確信していた。それらしいことを言われたわけではないが、ほとんど生きて帰ることが絶望的な方法を採ったトッドの心情を慮れば、その思いの丈は知れようというものである。
だというのに、職人たちは黙したまま、返事をするようなことはしてこなかった。
サイはそれに裏切られたような気分になった。トッドが認めていた、彼の仲間の職人たちが、こんな腑抜けだとは思いたくはなかったのだ。
臆病者ども。もう一度サイは言い捨てて、うらぶれた気分のまま足早に造船所を後にした。