そうしてその日が訪れた。5月26日。その日は朝から雲が垂れ込めていた。曇天なんてクローヴルでは大して珍しくもない天候だが、この日に起こったことを考えると、それすら何らかの予感に思えるのだから上思議なことだ。
列車が着いたその時、時計は午(ひる)の12時22分を指していた。
ああ、手筈通り。
トッド・ノルドハイムが真っ先に列車を降りる。その後を追うようにワン・サイが降りようとするのを引き留める。――それがアルファード・S・ノリネンに課せられた任務、否、「依頼《であった。
突然腕をつかまれたことに驚いて、サイが銀色の瞳に困惑の色を乗せてこちらを見上げる。かわいそうに。そんな憐憫の情が沸き起こるけれども、そんな哀れみはこの少女には相応しくないだろう。
ザ、ザ、ザと軍人たちが歩み寄ってくる軍靴の音がする。そのままトッドは包囲されて、銃を向けられる――位置からして直接見えるわけではないが、計画通りに事が進んでいるならばそうなっているはずだ。
一度こんな光景を見たことがあった。義父が処刑されるときも、同じように囲まれて、撃たれたのだ。
トッドはずいぶん遠くに行ってくれたらしい。それとも処刑そのものが列車から離れたところで行われているのだろうか。いずれにせよ、何度も見たい光景ではなかったので、正直ありがたい。
「トッ……!《
物思いにふける暇なく、サイが声を上げそうになったところを無理やり手で塞ぐ。苦しそうな、ぐ、という声が隙間から漏れたが、今ホームを占領している彼らに、彼女の声が聞かれなければ問題ない。彼女が居合わせた一般人だという「証拠《がなければそれでいい。
念のため、暴れる彼女を抱えて、自分の体で隠す。さすがに未成年の少女を制圧するのは気が引けたので。
「ごめんなさい《
アルファードがそう掠れ声で言い終わるか終わらないかだった。その音が聞こえてきたのは。
――タァン。
木霊のように同じ音が聞こえてくる。対象を確実に殺すための音。
その音を聞いて、サイが身を強張らせる。そして崩れるように気を失った。