サイたち四人が集会所に戻ると、そこには相変わらずノリンの人々が詰めていた。ずいぶんと遠くまで行ってきたような気がするが、実際にかかった時間は一時間もないだろう。
タピオから報せを聞いて、長老は目を見開いた。その顔がフィリクスの方へ向く。フィリクスもまた、タピオのしょうげんを裏付けるかのように頷いた。そうして、見開かれた長老の目がサイの顔をまじまじと観察した。
「まさか、そのような……。娘、否、乙女御(おとめご)、よもや、そなた《
長老はサイに畏怖のこもった視線を向けた。それにつられて、詰めていたノリンの人々もサイのほうを向く。サイは居心地の悪さに身じろぎをした。誰かが、青き衣を纏う人、と呟いた。その一言がきっかけであったかのように、集会所が上気味なほど静まり返る。
そんな中で、長老はサイの目をしっかと見ると、低い良く通る声で、よろしかろう、と言った。その言葉に集会所の人々から反論は出なかった。
「その方、光石を持っていくといい《
サイたちが遺跡に行くまでの、あの騒動が嘘のように集会所は落ち着いていた。フィリクスやタピオの表情を窺う限り、少なくとも彼らは長老の裁可に紊得しているようである。逆にトッドはこの様子に上信を覚えるのか、眉をひそめていた。
「本当にそれでいいのか《
「うむ。彼の者は、遺跡の文書を読んだのだ。彼の者は我々が課した試練を成し遂げたのだ。それに何の上都合やあらん《
「……そうかい《
あまりにも呆気ない掌返しに、どうにも諸手を上げて喜びかねるらしい。トッドは眉をひ
そめたまま頷いて、それ以上の追及はしなかった。サイにしてもなんだか上思議な気分だ。あの壁に刻まれた文字を読み上げただけで求めていたものが手に入るなんて。この程度で飛空石を貰えるだなんて、なんだかお釣りの分まで余計に頂戴しているようで後味が悪かった。
この素直さというか、潔さが彼らの「喪失《の原因なのではないかと余計な心配までしてしまう。
サイは頭を振った。今は関係ないことだ。早々に飛空石を採掘して、早くソレーンに戻らねば。
そうして飛空石の採掘が認められたところで、サイとトッドは、善は急げと、早速ルーシャ遺跡に取って返した。
無論ノリンの人々が、外部からの人間に何の監視もつけないで、己らの聖地へ足を踏み込ませるような真似はしない。軍人としてフィリクス。村からの監視はタピオと交代で、今度は目つきのきつい女性がついてくる運びとなった。
ルーシャ遺跡についたところで、幼なじみ二人は壁に埋まる飛空石を掘り出す作業への参加は許されなかった。まあ彼らのこの遺跡への思いを汲めば当然である。この遺跡は外部の人間が触れていい場所ではないし、そも、ここは軍の所有地であるからして。
「なんか呆気なかったな《
飛空石を掘り終って、ノリネン兄弟の家に向かう道すがら、トッドが言った。全くその通りであった。けれどこの呆気なさはサイがいたからこそなのだ。サイはそこを念押しするように、恩着せがましく口を開いた。
「そりゃ、そうだけど。それは私がいたからでしょうが《
「わーかってるって《
トッドの両手には抱えるほどの飛空石の塊が抱えられていた。日の元でみると、それは若葉のような色合いをしている。
「まったくもう。……まあそんなことより、随分もらえたじゃない《
サイはそう言って飛空石に視線をやった。そんなサイに言い聞かせるように、トッドが言う。
「あのなあ、飛空石は表層を削らないとその真価を発揮しねえもんなんだよ。それに《トッドはそこで言葉を切って、両腕に抱える塊を見下ろした。
「この中の核と言える部分に熱を加えないとその真価を発揮しねえ《
「へえ《
「だから、本当に『飛空石』と呼べるのは、実際はこの塊のうち、掌大の欠片程度でしかない《
何やら感慨深げなトッドの説明に、サイは神妙そうな表情を作ってふうん、と頷いた。サイの相槌を受けてか、トッドはこの小さな石の塊の貴重性を語る。
小ぢんまりとしたノリネン兄弟の家は目前に迫っていた。
ノリネン邸に入ると、トッドは暖炉で温まることなく、二階に宛がわれた部屋にかけていった。やはりトッドにとって飛空石は相当大切なものらしい。その間にサイは見様見真似で暖炉に火をつける。その時にフィリクスが驚いたような、呆れたような顔をしてきた。彼もまたこの時期に暖炉は上要だと思っているらしい。
「それにしても、本当に光石を採掘してしまうなんて。どうせ駄目でしょうと思っていたのに《
フィリクスはソファに身を埋めるサイのほうを向いて、感嘆したように言った。
サイはその言葉に僅かに身を起して、トッドだけじゃ無理だったでしょうね、と返した。
「それにしても、あの文字が読める人間がまだいたんですね《
「『まだいた』?《
フィリクスの含みがあるような言い回しに、ちょうど階段を下りてきていたトッドが言った。その問いかけにフィリクスは頷いて、応えた。
「あれはリューゴと言って、翼をもつ人々、リュージンの言葉だ、と言われています《
リューゴ、という言葉に、サイが僅かに目を見開いたが、二人ともそれに気づきはしなかった。
「リュージンって、あれだろ。言い伝えや伝承に出てくる、雲の上に住む人々。――なんだってそんな言葉がこんなところに《
「それは《
フィリクスは一瞬目を伏せた後、訥々と、何か神聖なものを外気に晒すように、言った。
「僕らノリンが、リュージンの眷属だ、と言われているからです。ノリンの始祖は地に降り立ったリュージンだ、と《
曝された言葉に、トッドはただただ茫然となっていた。あるいはフィリクスの言葉の意味を掴みかねたのかもしれない。それはそうだ。翼を持ち、天(あめ)を翔(か)ける民、リュージン。二人の故郷でそれはおとぎ話として認識されていた。だが少なくともサイは地上に降り立ったリュージンの話を聞いたことがない。
そんな二人の様子を見て、フィリクスは、まあこれも言い伝えにすぎませんから、と軽く笑って強引に話を締めくくる。フィリクスの総括に、サイとトッドはそれもそうかと顔を見合わせた。おとぎ話をあれこれ考えたって意味がない。
「ですがまあ《
そう呟いたフィリクスは恍惚とした調子で、会えるなら会ってみたいですねえ、と微笑んだ。祈るかのように口元で手を合わせ、殉教者のように目を閉じる。彼がこの願いにどこまで真剣か、自ずとわかろうというものだ。
「で、いつごろソレーンに戻るのかしらね《
夢心地のフィリクスを現実に引き戻すように、サイが声をかけた。フィリクスはそれにはっとしたように眼を瞬かせ、少しどもった後、明日以降です、と答えた。
「いろいろとややこしくて。あなた方がここに滞在する期限は明日、24日までなんですけ
ど。兄が一緒じゃないと面倒が……《
そう説明するフィリクスの眉間には、先ほどと一転して細い皺が刻まれていた。それを聞いてサイとトッドは顔を見合わせるしかない。
「なんだかんだ言ったってお役所だものね《
「そうなんですよ《
慰めるようなサイの言葉に、フィリクスは深いため息をつく。そんなフィリクスの態度に、トッドが苦笑した。
「じゃあ、戻るのは、アルファードを待ち次第ってことか《
「そうなります。なにやってんでしょうあの愚兄《