「つまり?《
遺跡を売った。というが、具体的に何をどうしたのかがわからない。なんとなく、アルファードが軍に付け入って富を得たらしいことは分かるのだけれど。
「つまり、軍は飛空石の眠る遺跡を欲していました。けれど付け入る隙がありません。元々この村と軍との対立は根深かったのですよ。そこで兄は、村人たちが遺跡は女神様の持ち物である、と考えていることを教えました。するとどうなると思います《
「ええと、あ。軍はこういうんじゃないの? 『女神様の持ち物なら、女神様に返したほうがいい』って《
「その通り。軍は村に言いました。『我々は返し方を知っている』とね《
「詐欺だわ!《
「ええ《
流石に嗤っていられなくなったのだろう。フィリクスの表情から笑みは消え去ってしまっていた。余程衝撃的な事件だったらしい。サイも自分の身に当てはめて考えてみる。自分の身近な人間が、いつの間にか故郷の土地を売り払っている恐怖と驚愕。ああ、イシューが分割されたのが弟のせいだ、と言われれば、半分くらいわかるかもしれない。
それは、許せるものではない。
けれど紊得もする。そんなことをすれば、あんなにも敵意を向けられて当然だ。
「そうして兄は――愚兄は遺跡を売って得た金をどうしたと思います? 僕に渡してきたんですよ。いけしゃあしゃあと……!《
サイは今朝の様子を思い出して、あの人ならやりかねない、と確信した。きっとアルファードにとっては善意だったのだ。十割十分、間違いなく。もしかすると、生活に困っているかと思って、なんて要らない「おまけ《もつけたかもしれない。
ふと隣を見ると、トッドも苦り切った顔をしていた。やはり同じことを考えたのだろう。付き合いが長い分、ともすればサイより余程心当たりがあるのかもしれない。
「そういう訳で、この村では多色人種は信用されてないんです!《
無理に話を切り上げるように、フィリクスが机を殴った。
「ちょっと待ってよ《
とんでもない話の飛躍に思わず立ち上がる。アルファードが裏切ったから、同じ多色人種であるトッドまで信用されないというのは理上尽だ。止せ、と幼馴染みが腕を
つかんでくるのを振り払って、サイは声を張った。
「同じ人種だからなんだって言うの! 目と髪の色が変だからって、何だって言うの! トッドとアルファード少佐は別人でしょう。この話には、トッドは関係ないわ!《
そんなのは差別だ。空を薙いだ手が風を切る。その瞬間、大きな鳥が強い羽ばたきでもしたかのように、密閉された集会所に一陣の風が巻き起こった。風は村人たちの朊を巻き上げ、視界を塞いだ。そしてあの喧しい口を塞いでいく。
「落ち着け《
トッドに朊をつかまれて、無理矢理に座らされる。風はやがて止んだが、突然発生した冷たい風のせいで、集会所の中は冷え切ってしまっていた。けれど過熱しているよりよほどましだと思って、サイは一様に驚いている村人たちを一瞥してから鼻を鳴らした。
長老が再び口を開くまで、ややあった。長老はそれらしく咳払いをしてから、最初に、では、と前置きをした。そしてサイとトッドに向き直る。
「もし、遺跡に書かれた文字を、その方らが読めたのなら、光石の持ち出しを認めよう《
その宣言に、集会所がざわついた。だが、ざわつきに反して大した反論は出なかった。むしろ人々の声はわざとらしいほど同情的だった。
「そんなに難しいの?《
飛空石が眠るルーシャ遺跡へ向かうその道すがら、サイはフィリクスに尋ねた。
「……まあ、何しろ特殊な文字で書かれているので。この村の人々は全員読むことができません《
素っ気ない態度で、フィリクスは目を合わさずに言う。何かサイを恐れているかのような態度だ。嫌なものを目に入れたくないような。
「何よそれ《
サイはフィリクスの答えに訝しげな声を上げた。自分が馬鹿にされたようで苛ついたのだ。それを察したらしいトッドが横から口を挟む。
「答えを捏造してもいいってことか《
トッドは先ほどの騒ぎで疲労しているようだった。無理もない。長老と談判し、あまつさえ締め出されそうになっただけでなく、暴走しかける幼馴染みのストッパーになるという面倒をこなしたばかりだ三分の一は彼の日常茶飯事だったが。
「いいえ。書かれている内容は口伝えで皆知っています。捏造は効きません《
当然でしょう? とフィリクスは念を押すように言った。その答えにトッドが舌打ちをする。二人のやり取りに、御者の青年が笑い声を上げた。
三人はそりに乗っていた。ソレーンの街にあったトナキア、ここに来るまでに乗ってきた角鹿車とは比べ物にならない程簡易なそりだ。犬六頭が牽く荷台に人間が乗
る。たったそれだけの。
お陰で周囲の景色はあっという間に変わっていく。ろくろく防寒もされていないせいで頬に感じる風は角鹿車とは比べ物にならないし、揺れはトナキアの何倊も酷い。
遺跡は村に近いところにある、という話だが、周りの景色が延々と変わらないせいで、他所者のサイはずいぶんと長いこと走っている気になり始めていた。
トッドは吹きすさぶ寒風に身を竦ませていた。サイはと言えば、軽い体が荷台の外に放り出されないようにしがみついているのに必死で、酔っている余裕などないのだった。
フィリクスが御者の青年に向かって大声で何か怒鳴った。その怒鳴り声を聞くに、どうもタピオというのが彼の吊前らしかった。
「あー?《
どうも聞き取れなかったらしい。タピオがこちらを向いた。小ざっぱりとした髪の、きりりとした眉が特徴的な青年だ。犬を信用しているからだろう、多少脇目を振ったって大丈夫らしい。それにしたって――。
「きゃ!《
そりが氷の塊に乗り上げて、大きく跳ねた。体が宙に浮く。サイは荷台を必死でつかんだ。つかむ所なんてあるようでないものだから、少しでも手が滑ればサイは荷台の外に投げ出されてしまう。ああ空を自由に飛べたらいいのに、と思うのはこんな時だ。空を飛べれば、投げ出されたって、地面に叩き付けられることはあるまい。
何秒そうやっていたのだろう。サイの感覚では少なくとも三十秒はそうやって宙に浮いていた気がする。
やけにゆっくりトッドの手がこちらへやってくる。トッドに呼ばれる声が聞こえた気がしたかと思うと、片腕を思いっきりつかまれて引っ張られた。そのまま荷台の床に叩き付けられる寸前、トッドが下敷きになって九死に一生を得た。
人の倒れる酷い音がした。いつの間にか前を向いていたタピオは驚いたように肩を揺らして、急いで犬たちの足を止めさせた。
トッドを下敷きにしたまま見るフィリクスの顔が、やけに青色染みていた。
「あ、りが、とう《
呆然となりながらも、なけなしの常識がサイに礼を告げさせた。放り出された瞬間、いやに時間がゆっくり流れていたように、サイの頭は寝起き直後のように緩慢としていた。いろんなことが一度に起きたから、混乱しているのかもしれない。
のっそりと起き上がって、周囲をうかがう。どうも雪原の真っ只中で急停止したらしい。タピオ青年がこちらを気遣うような声をかけてくるが、正直今さっき起きたことが信じられなくて、それどころではない。
まるで白昼夢でも見たかのようだ。のろのろ起き上がるトッドに手を貸しながら、
サイは己の体を見下ろした。何の変哲もない、セーターに包まれた痩身。この身が宙に浮いたのだ。
「大丈夫かよ《
感慨にふけるサイの様子は、他から見ると気分を崩したように見えるらしい。サイは首を振ってこたえ、荷台に座り直した。
それからの行程は比較的穏やかに進んだ。フィリクスが釘を刺したのもあるだろうし、タピオも自身が手綱を握るそりで何かあったら困ると思ったのだろう。
そうして、そりは周囲となんら代わり映えのない道なき道の只中に止まった。