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ある北国の物語改_二章 16

 集会所には、老若男女さまざまな人々が集まっていた。ただ、黒い髪に黒い瞳という容姿は、彼らの血の繋がりを窺わせる。黒い髪に銀色の瞳の――曰くフィリクスによく似ているらしい――サイはともかく、髪も瞳も赤銅色のトッドは、フードを被っていることを差し引いても、ひどく浮いて見えた。
 それでもトッドはまだましな方で、象牙色の髪と目を持つアルファードは、どうも村人全員から敵視されているようだった。というのも、彼が集会所に足を踏み入れた途端、尋常ではない敵意がこちらに向けられたからである。その凄まじさたるや、中(あ)てられたサイが思わずレイピアを抜きかけるものであった。
 当のアルファードは村人全員から反感を向けられているのに気付いているのかいないのか、例によって真意の見えない笑みを浮かべて言った。
「それじゃあ、フィリクス。あとはよろしく。僕は北方司令部でまだやることがあるので《
 そうやってサイとトッドの監督役を弟に押し付けると、アルファードは何事もなかったかのように立ち去って行った。まるで村人たちから嫌われていることなど気付いていないかのように。
 集会所の中はしばらく嵐が過ぎ去った後のように静まり返っていた。アルファードは、ただフィリクスに都合よく自分の仕事を押し付けていっただけだ。それだけだというのに集会所の人々はどこか拍子抜けしていた。その様子は、まるでもっと悪いことが起きることを想定していたといわんばかりである。
「あー、とりあえず、お二方。どうぞ、中へ《
 集会所の面々を代表してか、あるいは二人の監督役としてか。妙に気まずい沈黙の中、フィリクスが言った。
 集まった人々の中でも、厳(いかめ)しい顔つきをした老人が立ち上がり、口を開いた。僅かにざわついていた周囲が黙り込んだことから察するに、彼が長老であるらしい。
「で、その方(ほう)らか、光石を欲すると申すのは《
 彼が発したのは訛りの入った標準クローヴル語だった。隔絶された土地にあって、標準クローヴル語の古い発音や語彙が残されているようだ。
 トッドはそれに面食らったようだが、すぐに持ち直して長老との交渉にかかる。しかし、聞き取りきれない部分はフィリクスに頼っていた。サイはことの経緯を眺めることに決めた。あらかじめトッドからそう念を押されていたし、話の内容がよくわからなかったからだ。蚊帳の外に置かれた現状が腹立たしい。
 トッドが口を開いた。
「あんた方がこの厳しい環境で、伝統を重んじながら生きていることは重々承知している。光石があなた方にとって重要な意味を持つこともわかっている《
 トッドはそこで一旦言葉を切った。ちなみに光石とは、ノルンの言葉における飛空石のことである。
「ならば我々が引かぬことなど、その方らにはわかっておろう《
 長老の顔は厳しい表情のままであったが、声にはわずかな譲歩があった。そうだそうだと、野次が飛ぶ。
「だが、俺たちにも譲れない理由がある。俺たちは俺たちの生きる街のために、船を作らねばならん。だからお願い申し上げる。欠片でもいい、飛空石――光石を、分けて頂きたい《
 トッドが頭を下げた。長老はそれにたじろいだように、一歩下がった。
 街のため、というのがサイにはよくわからなかった。もしかしてここに来る前、アルファードが言いかけた何かだろうか。
 どうするのだ。という声が、集会所のあちこちから上がる。だがそれと同じぐらいに、どうもするものか、という声もあちこちから上がった。
 トッドが頭を上げて、長老の目を射すくめた。長老もトッドの銅色の目を睨み返した。
 長老とトッドのにらみ合いが続くことしばし。おもむろに長老が言った。
「獣人(コロマル)か《
 低い声であったから、近くにいたサイやフィリクス達しか聞き取れなかったであろう。というよりも、相対するトッドにのみ聞こえるように言った――そんな言葉だった。
「ちゃんと多色人種(コロロイド)と言ってほしいね《
 トッドは長老が発した単語にあからさまに表情を歪めた。獣人。トッドのような人種の人間を侮辱して言う言葉だ。トッドが訂正したそれは学術上での吊称に当たる。
 室内であるから当然トッドはフードを脱いでいた。だから犬の耳も顕わになっていたし、普段はフードの陰になって隠れている銅色の目も明らかだった。
 なまじ長老の声が平板だっただけに、彼が何の意図をしてそう言ったのかが分からない。単純に多色人種という語彙が存在しなかったから獣人といったのか、それとも ほかに意図するものがあったのか。
 サイはそっと向かいに座るフィリクスを伺った。遠回しに身内を貶されたようなものなのに、まるで反応がない。この兄弟は仲が悪いみたいだったから、これくらい看過できるのかもしれない。
「信用ならぬな《
 長い沈黙を置いて、長老が言った。そうだそうだ、と村人たちが同調する。
「その方らが外の人間だというのも一つの理由。しかして、その方《長老はトッドを示した。
「その赤い目、その耳。獣人の印。我らが村にも獣人が一人おったが、その者は重大な裏切りを働いた。村の者であってこうであるのに、どうして外の者を信用できようや《
「それってえのは、アルファードのことか《
 怒りのせいか、村人たちが俄かに色めき立った。
「あいつはこの村の恥さらしだ!《
 どこからかそんな怒鳴り声が聞こえる。フィリクスが振り返って何かを言った。すると僅かに村人が静まった。フィリクスが立ち上がって、長老とトッドの間に割って入る。フィリクスから何かを言われた長老は、大人しく自分に用意された席へと戻っていった。
「これ以上村長――長老に語らせると皆を煽るだけなので、僕から言います。村長の言葉は聞き取りづらいでしょうし《
 そうして集会所の中央で、皆の視線を牛耳ったフィリクスが言った。周囲から先程とは打って変わって気づかわしげな視線が注がれる。
「どうぞかけて下さい。少し長い話になるので《
 フィリクスが語ったのは以下のような話だった。
 スコーリン村の北西に、ルーシャ遺跡という飛空石の眠る遺跡があった。問題はその遺跡の所有権である。問題はフィリクスが十八歳の頃、今から二年前に起きたという。
 当時ルーシャ遺跡の所有権は村が持っていた。「持っていた《というが、彼らの感覚としては、女神様がお与えになられたものを代々「管理していた《。村は仮の所有者であって、真の持ち主は女神様である。――その認識を逆手に取られて、二年前に遺跡を軍に買い上げられてしまった。
「よくある話だな。元の住民が『ここは神様の土地だ』って守っているところを、後からやってきた奴らが『これは神様の御意志である』っつって掻っ攫っていくっつう話は《
 つまらなそうにトッドが言った。サイとトッドの故郷であるイシューも、そうやって土地を削られたり奪い返したりしてきた所だ。
「まさにその通りです《
 フィリクスは出来の良い生徒を褒めるように笑った。
「だがこの話とアルファードとがどう繋がる?《
「簡単な話ですよ《フィリクスの笑みが作り笑いのそれに変わった気がした。「遺跡を軍に売ったのが、あの愚兄だった。それだけ《