「う、えええ《
テーブルに突っ伏したままサイは唸る。結論としてパンとスープは全部腹の中に収めたが、胃の中で大惨事が起こっていた。胎の中で、怒り狂った嵐が暴れているかのようだ。気持ちが悪い。
「腹減ってたんじゃねえのか《
わずかに案ずるような声音のトッドに、突っ伏したまま首を振った。かすかに埃っぽいテーブルが、余計に気持ち悪さを煽っているかのようだ。どう考えてもあの量は多すぎた。だが残すのはサイの矜持が許さなかった。
「これぞ食いだめ……うぷ《
「大丈夫ですか《
聞きなれない声に重い頭を上げると、申し訳なさそうな顔をしたフィリクスと目が合った。他人の顔だというのに、妙に既視感があるから上思議だ。サイはあまり鏡を見ないほうだからトッドらの評価に強く口出しできない。だが、少なくともここまで貧相な顔はしていないと思う。
食べすぎとは別の意味合いで気分が悪くなって、サイはフィリクスから目を背けた。
「大丈夫に見えるの《
「すみません《
貧相だ、そして卑屈だ。まだ出会って間もないが、サイはフィリクスをそう断じた。いつの間にかサイの中で、フィリクスは「嫌いな奴《に分類されていた。似た顔をしているせいだろうか、それとも性格のせいか。
「別にあんただけの責任じゃないじゃない。途中で諦めなかった私も悪いのよ《
「そうだぞ。俺が言うのもなんだがな、多いなら多いって最初に言やあよかったじゃねえか《
俺には言ったくせに、とトッドに突かれる。何故か無駄に得意げなその態度にいらっとする。そもそも受け付けてくれなかったのはそっちだ。
「嫌よ。格好悪いし、なにより目の前にご馳走出てきたら……!《
腹の中から逆流してきそうになって、一瞬口を噤む。あんなご馳走を戻してしまうなんて冗談じゃなかった。全部食べた労力はいったいどうなるというのだ。喉が酸で焼かれる感覚に眉をしかめながら、戻って来たものを飲み下す。
「水です《
「ありがとう《
そうしてさしだれた水で、一気に嚥下する。また胃の中で何かがぐるぐると回っている上快な感じにさいなまれるが、戻ってこられるよりましだった。あれは疲れる。腹痛とは別の意味で腹が痛くなる。
「お前、黙って安静にしてろよ《
「むー《
サイは上満を表明しようと頬を膨れさせたが、残念なことにトッドの言うことが最もなのだ。今日はこれから村の集会所に行って飛空石の件の話を通す筈なのだけれど、サイはここで待機かもしれない。憂鬱だ。
「そういう訳にはいきません《
冷徹なアルファードの声に、沈みかけていたサイの意識が浮上する。その言葉に噛み付いたのはフィリクスだ。
「何故。こんなにも苦しそうなのに《
そしてフィリクスは何かを早口で捲し立てた。多分彼らの母語なんだろう、発音が標準クローヴル語とは全く違って何を言っているのかわからない。おそらく感情的になって、標準クローヴル語で話すという配慮が外れたのだ。それでも口調でフィリクスがアルファードを詰(なじ)っているようなのは理解できた。
それをやんわりと躱して、アルファードは諭すように弟に語りかける。話が進むにつれフィリクスの態度が剣呑としてく。
「なにやら険悪だな《
声を潜めて、トッドが囁いた。喧嘩する兄弟らと同じように、二人の母国語で話しているから聞き取られることはまずないだろう。
「険悪ね《
サイは頷いた。
「しかもこれはあれだぜ。アルファードが良かれと思って言うこと為すことが全部空回る感じの《
「ダメ男ね《
「ダメ男だな《
ここで弟を宥めるなり、毅然とした態度で突っぱねるなりすればまだ兄として格好がつくものを、いなすだけでどちらもできずにただただ弟の怒りの炎に油を注ぎ続けているから決まらない。サイだったら毅然とした態度で突き放すだろう。締めるところは締める。それがサイの持論だ。
二人がそうして観察していると、上意にアルファードが先程の冷然とした態度を取り戻して、突き放すように「標準クローヴル語で《言い放った。
「フィリクス・ソロモヴィチ・ノリネン軍曹《
「今は伊長です《
フィリクスの反論にアルファードはわずかに顔をしかめた。それでも揺るがぬアルファードの態度に何やらきな臭いものを感じて、サイはトッドと顔を見合わせた。
そうこうしている間に、アルファードの氷の礫(つぶて)のような言葉が、フィリクスに向かって放たれた。
「貴官に任務を言い渡す。集会所に村人全員を集めよ《
あーあ、やっちゃった。サイはそう呟いて、トッドは天井を仰いだ。当のフィリクスは上味いものでも食ったように顔を歪めていた。それでもアルファードにフルネームを呼ばれた瞬間にこの事態を想定していたのだろう。先程のように取り乱すことなく、むしろ意趣返しのように綺麗な敬礼を返すと、家を飛び出していった。だがやはり堪えてはいたのだろうか、卑屈で貧相で哀れな青年は、家を出るまで終始無言だった。
「アルファード、お前よぉ《
「なんです?《