PSpice(評価版)でStep位相補正をStudyする
     

     
・fc1=1/(2π*(R1+R2+R3)*C11)
   ≒159/((1.8+1.8+1.2)*0.00027)=122.685kHz

・fc2=1/(2π*R3*C11)
   ≒159/(1.2*0.00027)=490.741kHz

・fcc=step中心周波数=√fc1*√fc2=245.23kHz

・step=1.2/(1.8+1.8+1.2)=0.25≒▲12.04dB

・fc1はステップ低域側周波数であり、いわゆるCRローパスフィルタのカットオフ周波数のことなので、この周波数で利得がその周波数以下の利得に対して3dB低下し位相は45°遅れ、これ以上の周波数では20dB/decで利得が低下し、位相は最大90°まで回転する。

・fc2はステップ高域側周波数であり、いわゆるCRハイパスフィルタのカットオフ周波数のことなので、この周波数で利得がその周波数以上の利得に対して3dB低下し位相は45°遅れ、これ以下の周波数では20dB/decで利得が低下し、位相は最大90°まで回転する。

・という二つのフィルタを組み合わせたのがステップ型位相補正。ちなみにその効果で区分してfc1の方をポールと言いfc2の方はゼロと言う。らしい。

・結果、低域側fc1=123kHzにおいて利得が−3dB、位相は−45°回転し、それ以上の周波数では−20dB/decで利得低下し位相も−90°まで回転しようとするところ、すぐ近くの491kHzにステップ高域側のfc2があって、この周波数でこれ以上の周波数に対して利得が−3dB、位相が−45°になるように働くために、、位相回転はステップ中心周波数245kHzを谷の頂点として戻り回転に転じ、491kHzのfc2の10倍の4.9MHzでは位相遅れ0°まで回復する。他方、利得はステップ設定のとおり12dB低下する。

・となるはずだが、結果は下のグラフ。

・一番上の青がJ1ドレイン側電圧の位相、一番下赤がJ2ドレイン側の位相で、当然180°違うのだがステップ位相補正の効果は同じだ。fc1,fc2で位相が−45°まで回転していないが、この場合fc1,fc2が近く、相互に反作用として働くためだ。また、高域側で理論どおり回復していないが、これは1MHz以上でFET等の素子の高域限界による利得低下が始まってしまうからだろう。

・真ん中にピンクと黄の線が重なっているのがJ1、J2ドレインにおける電圧利得。ステップ位相補正の効果でfc1の1/10の12kHz付近から利得が低下し始め、fc2の10倍の5MHz付近でステップで設定したとおり12dBゲインが低下して減衰は終了している。それ以上の周波数でさらに減衰するのは、これもFET等の素子自体の高域限界によるもの。

・と、まぁ、大体そうなっているようだから、こんなところが当たらずとも遠からず。
・何故、こうなるのか?

・それは、fc1以下の周波数では実質C11が絶縁と同じであるので、J1、J2の負荷がR1、R2であるのに対して、fc2以上の周波数では実質C11が短絡と同じであるため、J1、J2の負荷がR3になるため。

・fc1付近ではC11の充電のためにR1、R2両端の電圧位相が遅れるのだが、fc2付近では同じくC11の充電のためにR3両端の電圧位相が進む。

・この組合せ。がステップ位相補正の構造、効果。

・ステップ位相補正容量C11を27pF、270pF、2700pF、27000pFと20dBステップにパラメトリック解析すると、このステップ位相補正の構造、効果をより明確に観じることができる。

・fc1、fc2の計算式から、単純に周波数が10倍ずつずれた相似形になるものと予想されるが、どうか。

・結果が下のグラフ。

・説明を要しないほど分かりやすい結果になっている。

・左から順にC11=27000pF、2700pF、270pF、27pFの場合。

・1MHz以上で理論どおりにならないのは、fT等の素子の高域限界が現れるから。

・余計なことだが、この例でも分かるように1MHz以上はもう素子の高域限界による訳の分からないポール等が有象無象の魑魅魍魎な世界であるようだ。だから、これを何とかしようなどと大それたことを考えても徒労に終わる確率が高いので、これ以上の周波数領域は切り捨てる(=ループゲインが0dBに沈むポイントを1MHz程度に設定する)のがアマチュアたるもののアンプ作りでは大事なたしなみである。

・だから、そうすると必然的に、ループゲインが20dBならファーストポールは100kHz以下、同じく40dBなら10kHz以下、60dBなら1kHz以下、80dBなら100Hz以下、100dBなら10Hz以下というポール配置になる訳で、K式も基本的にそうなっている。

・が、そうは言ってももろもろの事情でそう出来ない場合もある訳で、ある程度何とか出来る範囲内であればこれを位相補正の手法で何とかする。ということになる。

・で、その一つの手法が初段ステップ位相補正。
・次に、R3を600Ω、1.2kΩ、2.4kΩ、4.8kΩと6dBステップで増加させた場合のステップ位相補正の効果をパラメトリック解析で観る。

・C11は27000pFと大きく設定した。のは、ステップ位相補正の効果を純粋に観るために素子の高域限界の影響が出ない領域に設定するため。C11を10分の1、100分の1とした場合は、それぞれ周波数が10倍、100倍の領域で相似な効果が現れるだけ。なのは上のシミュレーションから明らか。

・で、
・R3=600Ωの場合、
・fc1=159/(4.2*0.027)=1.402kHz
・fc2=159/(0.6*0.027)=9.815kHz
・fcc=√1.402*√9.815=3.709kHz
・step=0.6/4.2=0.143=▲16.9dB

・R3=1.2kΩの場合は、

・fc1=159/(4.8*0.027)=1.227kHz
・fc2=159/(1.2*0.027)=4.907kHz
・fcc=√1.227*√4.907=2.454kHz
・step=1.2/4.8=0.2757=▲10.9dB


・R3=2.4kΩの場合は、

・fc1=159/(6*0.027)=0.981kHz
・fc2=159/(2.4*0.027)=2.454kHz
・fcc=√0.981*√2.454=1.552kHz
・step=2.4/6=0.4=▲8.0dB


・R3=4.8kΩの場合は、
・fc1=159/(8.4*0.027)=0.701kHz
・fc2=159/(4.8*0.027)=1.227kHz
・fcc=√0.981*√2.454=0.972kHz
・step=4.8/8.4=0.571=▲4.9dB


・と計算されるが、シミュレーション結果は下のグラフ。


・一番上の1kHzあたりから10kHzあたりでくぼんでいるのがJ1ドレイン側電圧の位相で、R3=600Ωの場合が緑、1.2kΩの場合が赤、2.4kΩの場合が青、4.8kΩの場合が紫だ。一番下の位相が180°ずれて同様にくぼんでいるのがJ2ドレイン側の位相で、R3=600Ωの場合がピンク、1.2kΩの場合が水色、2.4kΩの場合が橙、4.8kΩの場合がうすピンクだ。ステップ中心周波数まで位相が遅れ、中心周波数から位相が戻る様子が良く分かるし、それぞれ計算とよく一致している。また、R3が小さい方が位相の遅れ&戻りのくぼみが深くかつ広くなることもよく分かる。

・この2種のグラフの間にあって2本づつ重なっている4つのグラフがJ1、J2ドレインにおける電圧利得で、下からR3が600Ω、1.2kΩ、2.4kΩ、4.8kΩの場合だが、それぞれの減衰量も計算どおり。
・この初段ステップ位相補正の効能の実際をNo−168CDラインアンプで観じる。

・そのために、わざとNo−168CDラインアンプの初段のステップ位相補正素子を外して100kHz方形波を入力し、その出力応答波形から1MHz超領域と思しき利得交点周波数付近における位相回転の様子を観じる。
V−Level 1(1kΩ) V−Level 1.5(1.5kΩ) V−Level 2(2kΩ)
まずはボリューム位置が1の状態。この場合帰還抵抗値は1kΩ程度となるのでアンプのクローズドゲインは2倍(6dB)の状態だ。
・発振している。発振周波数は6MHz程度のようだ。
・次がボリューム位置が1.5の状態。帰還抵抗値は大体1.5kΩ。クローズドゲインは2.5倍(8dB)。
弱まって収束傾向だが、やはり5MHz程度の発振波形が乗っている。クローズドゲイン設定を増加させると利得交点周波数は低域に移行し、これに伴い発振周波数もやや下がったのだ。
・次がボリューム位置が2の状態。帰還抵抗値は大体2kΩ。よってクローズドゲインは3倍(9.5dB)。
発振は止まったように見える。が、肩部分に発振波形が残っている。収束しているように観じられるが、そうだとしてもリンギングの周波数が高めなので、この場合はもう少し位相余裕を取りたい。
V−Level 3(3.5kΩ) V−Level 5(9kΩ) V−Level 7(22kΩ)
・次にボリューム位置が3の状態。帰還抵抗値は大体3.5kΩ。よってクローズドゲインは4.5倍(13dB)。
まだ、肩部分に2MHzの発振波形の痕跡が残っているが、まぁ、これなら良好の範囲として良いかな。
・次にボリューム位置が5の状態。帰還抵抗値は大体9kΩ。よってクローズドゲインは10倍(20dB)。
完全に良好な応答波形。
・次にボリューム位置が7の状態。帰還抵抗値は大体22kΩ。よってクローズドゲインは23倍(27dB)。
完全に良好な応答波形。
V−Level 10(50kΩ)      
     
・最後にボリューム位置が10(最大)の状態。帰還抵抗値は50kΩ。よってクローズドゲインは51倍(34dB)。
完全に良好な応答波形。
     
・このように、私の製作したNo−168CDラインアンプは、初段のステップ位相補正がない場合、ボリュームが回転角目盛りの1.5以下では明らかに発振し、逆にボリュームが回転角目盛り2以上であれば発振しないことが分かる。ただし、発振の痕跡もない完全良好な状態はボリューム4〜5以上である。

・したがって、余計なことだが、No−168CDラインアンプは昔のGOA時代のVGAプリのようにNFB帰還回路に帰還制限抵抗として2kΩ以上を入れておけば、初段ステップ位相補正なしでも安定して動作するだろう。

・すなわち、No−168CDラインアンプの初段位相補正の役割は、ボリュームが回転角目盛りの2以下での位相余裕の確保である。ということになる。

・何故なら、No−168のファーストポールは終段2SC960(or959)のCobによるものなので、終段の電圧ゲインに伴ってミラー効果でCobが実質増大し、その結果ファーストポールはより低周波方向に移動するという構造で、アンプ負荷増大に伴うオープンゲインの増大があってもNFB安定性は基本的に確保される構造だからだ。結局、No−168においては、ボリュームを小さくするほどにファーストポールが高くなり、1MHz超領域のもろもろのポールとの距離が近づき、そのオープンゲインから必要となる所要のスタガー比が確保出来なくなって発振するという因果律である。

・だから、外部位相補正をしない状態のNo−168は、ボリューム最小状態に近づくにつれて発振し易い。だから、逆にもしボリューム最小でもスタガー比が確保できて安定に動作するならば、その場合はNo−168は全く外部位相補正を要しない。のであるが、この場合はそうはなっておらず、ボリューム最小に近づくにつれ、ループゲインが0dBに沈むポイントが1MHz〜10MHzと上昇し、その地点ではセカンド以降のポールの影響で位相回転が120°を超えて回転を早める状況となり、結果、発振しているのだ。

・というように、この方形波応答結果から観じられる。
・そのあたりをシミュレーションで観じる。そのための回路は下の通り。

・まずは、ステップ位相補正がないのと同等の状態にするため、初段のステップ位相補正のR6を極大にし、観る。終段は2SC1775のモデルのB−C間に18pFのコンデンサーをCob代わりにつないで2SC960相当にする。帰還抵抗であるR18を0.005Ω(要するに0Ω)、5kΩ、50kΩと変化させるパラメトリック解析でその場合のオープンゲイン、ループゲイン、クローズドゲインの量とそれらの位相を観る。
・その結果がこれだが、まず見方。

・グラフの一番上のグループがオープンゲインとループゲインの「位相」のグループで、この場合両者はほとんど重なっているのだが、一番上の緑がR18=0Ωの場合、赤がR18=5kΩの場合、青がR18=50kΩの場合である。その縦軸は左の2の方で単位は度(°)である。オープンゲインの位相とループゲインの位相は1MHz超の領域で多少様相が変わる。1MHz超の領域におけるオープンゲインの位相はグラフの一番上でなだらかに低下している部分に線が重なってるが、ループゲインの位相の方はR18=0Ωの場合はこの線に重なっているが、R18=5kΩの場合はその下の水色の線であり、R18=50kΩの場合はさらにその下の紫の線である。要するにループゲインの位相回転がR18の増とともに急激に大きくなっているのだ。なぜこうなるのか?不明(^^;

・他は「利得」なので縦軸は左の1の方で単位はdBなのだが、一番上から3つがオープンゲインであり、上からR18が50kΩ(低域で72.5dB)、5kΩ(60dB)、0Ω(44.5dB)の場合である。つぎの3つがループゲインであり、こちらは上からR18が0Ω(44.5dB)、5kΩ(44dB)、50kΩ(38dB)の場合である。うち0Ωの場合のループゲインの線とオープンゲインの線は完全に重なっている。(グラフでは44.5dBのところにあるオレンジの線だが、よく見るとこれは線が2本重なっていることが分かる。)R=0Ωの場合、帰還率β=1であるから、まぁ、当然こうならないとおかしい。そして下の3本がクローズドゲインであり、上からR18が50kΩ(34dB)、5kΩ(16dB)、0Ω(0dB)の場合である。

・これにより、No−168のオープンゲインは負荷が1kΩの場合低域で44.5dB、その場合のオープンゲインの高域カットオフ周波数fcは100kHzであり、同様に負荷6kΩでは60dB、20kHz、負荷51kΩでは72.5dB、4.5kHzである。ループゲインは、このアンプがNFB前はトランスコンダクタンス(電流出力)なので、オープンゲインとクローズドゲイン設定に関わらず理論的には一定であるが、この世では理想と現実の間には必ず乖離が生じるので、この場合も負荷1kΩで44.5dB、負荷6kΩで44dB、負荷51kΩでは38.5dBとなっている。

・クローズドゲインは所要のNFBが確保されているので、負荷51kΩの場合34dB、6kΩの場合16dB、1kΩの場合0dBと理論どおりである。が、もちろん理論通りなのは低域においてであり、高域ではfT等の素子の高域限界によりゲインは低下する。
・で、ループゲインが1倍=0dB以上の時にループゲインの位相が180°回転してしまうと負帰還が正帰還になって発振してしまう。ので余裕をみて120°以内に設定するのが吉とされている。

・この場合、負荷51kΩ(ボリューム最大)ではループゲインが0dBに沈むポイントは400kHzで、そのポイントにおけるループゲインの位相回転は90°であるので、この場合アンプは全く安定であろうことが分かる。その証としてクローズドゲインには何のピークも生じていない。同様に負荷5kΩ(50kΩのボリュームで11時付近)の場合、ループゲインが0dBに沈むポイントは3MHzで、そのポイントにおけるループゲインの位相回転は110°であるので、この場合もアンプは全く安定であろうことが分かる。したがってこの場合もクローズドゲインには何のピークも生じていない。が、負荷1kΩ(ボリューム最小)の場合はループゲインが0dBに沈むポイントが10MHz超となり、そのポイントにおけるループゲインの位相回転は160°であるので、この場合アンプは発振に至らずとも不安定であろうことが分かる。その証としてクローズドゲインには10MHz超のポイントで10dB程度のピークが生じている。
・これが方形波応答ではどう現れるかを観る。
R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合
R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
・この場合、やはりリンギングが生じている。収束しているから発振状態とはいえないが、リンギングは発振の入り口であり安定な状況とは言えない。上のグラフでループゲインが0dBに沈むポイント=11MHzにおけるその位相は160°に達していることから、位相余裕はほとんどなく、状況によっては完全な発振状態に至るだろう。 ・この場合、クローズドゲインの高域カットオフ周波数は4〜5MHzであるので、100kHz方形波は丸くなることなくきれいに通る。立ち上がり立ち下がりでオーバーシュートが1波生じている。これは上のグラフの通りクローズドゲインにピークは生じていないものの、3MHz〜10MHzにおいてクローズドゲインがオープンゲインをやや上回っている=この部分でやや正帰還になっていることによるものだろう。 ・この場合、クローズドゲインの高域カットオフ周波数が100kHz以下であることから立ち上がり立ち下がりの肩特性は丸くなっているが、応答としては極めて素直だ。
・このシミュレーション結果は、私の製作したNo−168CDラインアンプにおける実際の方形波応答に良く似ている。

・が、実機の方はR18=0Ω程度に低い場合は
もっとリンギングが激しいし、R18=5kΩ程度の場合にはリンギングの現れ方もシミュレーションと実機の場合で少し違う。

・この辺愚考するに、まず後者についてだが、これは実機の方における発振器の性能が良くない、要するに発振器の発振方形波の肩がなまっているということに尽きるように思われる。実際シミュレーションのように立ち上がり時間0で無限に立ち上がれる信号をこの世で現実に作ることは出来ないので、これはしょうがない。シミュレーションのこの状態は、実機の方では肩部分でのギザギザとして現れていると思われる。

・次に前者の方だが、これは一つにはシミュレーションでは無視している浮遊容量等の影響だろう。例えばアンプ負荷につながる見えない容量負荷もある。2497を3mも伸ばせばそれだけでも200pFぐらいの容量負荷がつながるが、そうでなくとも実機ではどこにステルス容量があって位相回転を助長しているか分からない。ので、この考え方の妥当性を検証するために負荷に200pFの容量をつないでシミュレーションしてみる。
R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合
R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
・ま、必ずしも同じではない。が、このシミュレーション結果と実機での実際の応答は、定量的にはやや相違があるものの定性的には良く相応しており、考え方も概ね正しいらしいとは言えるだろう。
・さて、このボリューム0Ω付近(=アンプ負荷が1kΩ〜3kΩ程度の状態であるとき)において不安定or発振してしまう状態を改善し、No−168のボリュームを0Ω〜50kΩまで変化させても安定に動作させるための位相補正手法が初段のステップ位相補正。

・なのだが、その前に別の位相補正もやってみる。No−168CDラインアンプの第1ポールを発生させているのは終段2SC959(960)のCobであるので、このシミュレーションでそのCob相当で2SC1775のベース−コレクタ間につないだC2、C3の容量を増やす(実機であれば2SC959(960)のB−C間にCを外付けする)ことにより位相補正を行い、そのポールの周波数を引き下げ所要のスタガー比を確保するという、要するに基本的な位相補正手法である。

・という訳で、C2、C3を180pFに増やしてシミュレート。

・結果、位相補正効果により、オープンゲインのfc(=要するに第1ポール)が12kHzから650Hz程度と、位相補正前の100kHzから4.5kHzの10分の1程度まで下に下がった。位相補正量が10倍近くになったのでポールの周波数が1/10近く低下したのだ。

・これに伴ってループゲインが0dBに沈むポイントもそれぞれより低い周波数に移行するが、ループゲインの位相回転状況は大きく変わらないため、これによって、負荷がどの場合でもループゲインの回転が120°に達する前にループゲインが0dBに沈むことになった。ので、クローズドゲインには負荷1kΩの場合でも全くピークがなくなった。これならアンプの動作は全く安定になる。

・これが位相補正の効能。
・その辺をシミュレーションの方形波応答で観る。C2、C3は180pFだ。

・また、この際、負荷にC4をつなぎ、これを0pF、200pF、2000pFと変化させるパラメトリック解析で、容量負荷による影響とその場合の安定度も併せて観る。
R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
 R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合
R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
・ちょっと見にくいが、どの場合も緑がC4=0pF、赤がC4=200pF、青がC4=2000pFの場合。R18=0Ω、すなわち負荷1kΩの場合の方形波応答にちょっとオーバーシュートがあり、出力に付加される容量値が増加するほどにそれが大きくなることが分かるが、それでもこの程度なら安定動作の範囲だ。また、それ以外はどの場合も安定動作を示す方形波応答である。位相補正が上手く機能したと言えるだろう。

・が、R18=50kΩ(負荷51kΩの場合)の方形波が完全に三角波となってしまっているように、どの場合も方形波の肩がなまっている。のは、オープンゲインのfcの低下とともにクローズドゲインのfcも一桁近く低域に下がってしまったからだ。要するに、この位相補正によりアンプの仕上がり高域特性が劣化し、アンプが低速になったのである。まぁ、位相補償とはもともとそういうものだ。

・ので、この結果に満足できない場合は、別の位相補正手法を考えなければならない。
・そこで、初段ステップ位相補正。

・結論が早いのでまず方形波応答から観る。
R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合 R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
・それぞれ1波で収束するオーバーシュートが生じているものの、リンギングとはなっていないので安定な動作を示す方形波応答だ。

・かつ、上の終段のB−C間のCで位相補正した場合に比較すると明らかにこちらの方が方形波の立ち上がり立ち下がりが鋭く、クローズドゲインの周波数がより高域まで伸びた高速な動作をしていることが分かる。

・これが初段ステップ位相補正を採用する意義だろう。

・ところで、このステップ位相補正を講じた実機における方形波応答が下の写真だが、シミュレーションが示すものと大変良く似ている。
・どうしてこうなるのか?を初段ステップ位相補正を利かせた場合のシミュレーションで観る。
・ステップ位相補正の効果の計算値はこう。

 ・fc1=1/(2π*(R1+R2+R3)*C11)≒159/((1.8+1.8+1.2)*0.00027)=122.685kHz
 ・fc2=1/(2π*R3*C11)≒159/(1.2*0.00027)=490.741kHz
 ・step中心周波数=√fc1*√fc2=245.23kHz
 ・step=1.2/(1.8+1.8+1.2)=0.25≒▲12.04dB

・結果は下のグラフ。果たして計算値どおりだろうか。
・下のステップ位相補正がない場合と比較すると分かりやすい。

・ステップ位相補正による中心周波数=245kHzを中心として、オープンゲイン及びループゲインの位相が、それ以下の周波数では位相回転を速めている。fc1のポール(ステップ低域側周波数)が123kHzだから、1オクターブ下の1.3kHz付近から下の場合に比べて回転が速まっているはずだが、確かにそうなっている。ステップ中心周波数以上の周波数ではfc2のゼロ(ステップ高域側周波数)の491kHzの効果で、ステップ中心周波数からゼロの10倍の周波数である4〜5MHzまで位相を戻す効果が生じ、位相回転が引き戻されるはずだが、上下のグラフを比較してみると確かにそうなっている。が、高域側の位相戻し効果にも限界があって、R18=5kΩの場合と50kΩの場合のループゲインの位相についてみると明らかなように、1MHz超の領域での効果はかなり微妙な程度だ。この領域はft等の素子の高域限界の領域であり、それを何とかするのはかなり困難であることがこのことでも分かる。

・step=1.2/(1.8+1.8+1.2)=0.25≒▲12.04dB効果については、この場合ステップ中心周波数でステップ位相補正がない場合に対してオープンゲインが▲6dB程度の低下、その10倍の周波数2〜3MHzで▲12dB程度の低下となるはずだが、だいたいそうなっている。

・で、このステップ位相補正の効果により、ループゲインが0dBに沈む周波数及びそのポイントにおけるループゲインの位相が、R18=0の場合4.5MHz、−110°、R18=5kΩの場合1MHz、−110°、R18=50kΩの場合210kHz、−122°となったこと、特にR18=0の場合(ボリューム最小位置の場合)に4.5MHzで位相回転が−110°と位相余裕が確保される状態になったことが肝だ。

・合わせて、クローズドゲインの高域カットオフ周波数もステップ位相補正前に比べるとやや低下しているのだが、R18=50KΩで310kHz(400kHz)、R18=5kΩで1.3MHz(4.5MHz)、R18=0Ωで8MHz(20MHz)となっている部分も肝である。
・すなわち、

・この結果、ループゲイン及びクローズドゲインの周波数特性が最も高域に伸び、ステップ位相補正がない場合には発振してしまうR18=0(ボリューム最小)の場合についても安定にNFBがかかる状態となり、No−168CDラインアンプはボリュームが最小から最大までのどの状態でも安定に動作するようになったのである。

・しかも、終段2SC959(960)のB−C間にCを外付けする位相補正に比べると、NFB後のクローズドゲインの高域カットオフ周波数は、R18=0Ωの場合、ステップ位相補正では8MHzであるのに対して終段位相補正では4MHz、同様にR18=5kΩの場合では1.2MHzに対して400kHz、R=50kΩの場合では300kHzに対して50kHzと、ステップ位相補正では高域特性の劣化=アンプの低速化の度合いを相対的に少なくできている。

・初段ステップ位相補正、なかなかに上手い。
大体R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
(ステップ位相補正なし)
大体R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合
(ステップ位相補正なし)
R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
(ステップ位相補正なし)
R18=0Ω、よって負荷1kΩの場合
(ステップ位相補正あり)
大体R18=5kΩ、よって負荷6kΩの場合
(ステップ位相補正あり)
R18=50kΩ、よって負荷51kΩの場合
(ステップ位相補正あり)
・と、ステップ位相補正によって、アンプの著しい低速化をもたらさずにNo−168CDラインアンプのNFB安定度を確保することが出来た訳だが、では、ステップ位相補正結果が完璧かというと、必ずしもそうではない。

・それは、このステップ位相補正前と後の方形波応答写真で明らかであるし、シミュレーションでもこうなることが示されたのだが、R=0Ωの場合は綺麗な方形波応答が得られるようになった代わりに、R=5kΩの場合やR=50kΩの場合は方形波応答にオーバーシュートが付随することになってしまっていることだ。

・その原因は上のシミュレーション結果から明らかで、ステップ位相補正で低域側に加わったポールの効果でステップ中心周波数まで位相回転が速まることにより、そのステップ中心周波数付近で位相回転が120°をやや超えてしまい、ちょうどそのあたりの周波数でR=5kΩから50kΩの場合のループゲインが0dBに沈むのだが、その沈むポイントの前に位相回転が90°を超え120°程度まで回ってしまうのでシミュレーション結果の通り、そのクローズドゲインにはやや盛り上がりが生じてしまうのである。すなわち、クローズドゲインがその周波数領域で大きくなってしまうため、方形波応答では当該周波数に当たる部分が写真のように盛り上がってオーバーシュートになってしまうのだ。

・これを無くして、ボリューム位置がどこにあってもオーバーシュートやリンギングのない方形波応答が得られるように出来ないのだろうか?というとなかなか難しい。何故ならこれまでその構造を観てきたとこから分かるように、初段ステップ位相補正は、まだ余裕がある低域側の位相余裕を活用して高域側の位相余裕を確保する方式だからである。高域側の位相余裕を確保すると、同時に低域側の位相余裕は必ず減少してしまう。従って調整後の負荷5kΩや50kΩの場合に現れる方形波のオーバーシュートは、ステップ位相補正に伴う副作用のようなものなのだ。だから、ステップ位相補正前のループゲインの位相回転の状況にもよるが、高域側で位相余裕を確保しすぎると低域側の位相余裕が無くなりボリュームを最大にした場合に発振したりする場合もありうるし、高域側、低域側両方、すなわちボリューム最小側と最大側でともに発振してしまうこともあり得る。この高域側と低域側のトレードオフを上手く調整して、負荷1kΩから50kΩという広い範囲で安定なNFB状態を得ているのがNo−168CDラインアンプの初段ステップ位相補正。

・これを、方形波応答の正確性=アンプ動作の正確性という観点から見ると、このような結果をもたらすステップ位相補正は、R=5kΩや50kΩの場合の特性を犠牲にしてR=0Ωの場合の安定度を確保したものだ。結局は妥協の産物又は次妻合わせの方策である。と評することも出来る。

・が、この世においては理想は求めても得られないのが宿命だ。から、現実に対して最も適切な妥協又は辻褄合わせをするかが勘所であり肝要な対処法というものである。

・そういう観点から考えると、ステップ高域側で持ち上げた位相余裕部分は、見えない浮遊容量や出力に繋がる容量等で常に余裕の減少の危険に晒されている部分であるから、可能な限り取り得る余裕は確保しておくべきなのであるのに対して、ステップ低域側で少なくなった位相余裕については、このような外部要因による更なる位相余裕の減少の危険性は少ない。したがって、ステップ位相補正の調整方針としては、ボリューム最大側での位相余裕よりボリューム最小側での位相余裕を優先確保するべきであるというところに当然帰結するから、高域側、低域側とも十分以上の位相余裕が得られないのであれば、低域側が発振してしまわない範囲で低域側の位相余裕を犠牲にしても高域側の位相余裕を確保すべなのである。

・結局、No−168CDラインアンプの初段1.2kΩ+270pFによるステップ位相補正により得られたこの方形波応答は、理想ではないが、極めて合理的な位相補正の証左である。とするのが妥当な結論だろう。
・さて、以上のように、初段ステップ位相補正は、まだ余裕がある低域側の位相余裕を活用して高域側の位相余裕を確保する方式であるので、これを採用すべきなのは、ループゲインが0dBに沈む周波数が1MHzから10MHzオーダーとなる動作をさせる場合、端的に言うと、現在のトランスコンダクタンス(電流出力)の完全対称型半導体式DCプリ等では、帰還抵抗を小さくしてクローズドゲイン0dB付近で動作させる場合だ。ということになる。No−196の場合もそうだ。

・そうではなく、帰還抵抗をある程度大きくし、クローズドゲインを15dB(6倍)程度以上に設定する場合(この値は個体ごと異なる)は、この初段ステップ位相補正が不要であることは、上でみた一番最初の初段ステップ位相補正を取り去ったNo−168CDラインアンプの方形波応答写真からも明らかだし、以上の解析からも明らかだろう。そのような状況で同様の初段ステップ位相補正を付加すれば、良好な方形波応答をオーバーシュート付きの方形波応答にするだけでなく、位相補正によって動作スピードも低下させるし、素子の無駄でもある。

・その意味で、我が“オーディオDCアンプ製作のすべて 下巻 半導体DCマイク”については、とうの昔に初段ステップ位相補正を取り払ってしまっている。

・が、オリジナルにはこの場合も初段ステップ位相補正が付いている。

・ので、この“オーディオDCアンプ製作のすべて 下巻 半導体DCマイク”のシミュレートなのだが、まずはオリジナル通りに初段ステップ位相補正を付加した場合。

・その結果がこれだが、上からピンクがクローズドゲインの位相、水色がオープンゲインの位相、低域で水色と重なっていて2MHz以上で分離する黄色がループゲインの位相、赤がオープンゲイン、青がクローズドゲイン、そして緑がループゲインである。

・オープンゲインとループゲインの位相のラインが700kHzを底にして窪んだ形になっているが、勿論これがステップ中心周波数であり、ここから4〜5MHzの領域に向けて位相が戻っている。正にこれが初段ステップ位相補正の効果だが、このステップ中心周波数で位相回転が130°近くになっているのも同じくステップ位相補正の効果である。

・そしてこの場合の半導体DCマイクアンプのループゲインは450kHzで0dBに沈んでいるのだが、このポイントにおいてループゲインの位相は、このステップ位相補正の効果で120°以上に回転してしまっており、その結果クローズドゲインのラインは200kHzから400kHzがやや盛り上がってしまっている。ということが明らかだ。

・その結果、下の方形波応答写真のとおり、100kHz方形波応答にはオーバーシュートが生じ、10kHz方形波応答ではこれがひげのようなオーバーシュートとなって現れているのである。
100kHz方形波応答(ステップ位相補正あり) 10kHz方形波応答(ステップ位相補正あり)
・初段ステップ位相補正の意義なり効果なりが分かれば、この場合は初段ステップ位相補正は不要だという考えに当然至る。ので、初段ステップ位相補正を取り払った場合をシミュレート。
・結果がこれだが、説明も要しない結果だろう。ステップ位相補正による低域側ポールによる位相回転がなくなったので、ループゲインが0dBに沈むポイントが700kHzと高域に伸びたが、そのポイントにおけるループゲインの位相回転も減り100°にとどまっている。この結果、クローズドゲインには盛り上がりやピークは全くなくなった。
・その結果、下の方形波応答写真のとおり、100kHz方形波応答のオーバーシュートは消滅し、10kHz方形波応答でのひげのようなオーバーシュートも消滅している。

・位相余裕が拡大し、より適切なNFBがかかったことの証左だ。
100kHz方形波応答(ステップ位相補正なし) 10kHz方形波応答(ステップ位相補正なし)
・このように、クローズドゲイン38dBの固定ゲインで動作させる“オーディオDCアンプ製作のすべて 下巻 半導体DCマイク”には初段ステップ位相補正は不要だ

・では、何故オリジナルではこの初段ステップ位相が付けられているのだろうか?

・それは勿論分かろうはずもない。
・毎度のことだが最後にいつものお断り。

・以上のシミュレーション結果及びその解析には何の保証もないので悪しからず。また、登場した素子モデルについては何もお答えできない。ので重ねて悪しからず。



2008年10月28日