PSpice(評価版)でパワーアンプ出力段をStudyする
右は、プラス側が2SA872A+MJ2955のダーリントンエミッタ接地、マイナス側が2SC1755+2N3055のダーリントンエミッタ接地の、コレクタから出力を取り出すコンプリメンタリーSEPPエミッタ接地出力段である。
ドライバーには2SA607−2SC960を起用したいところだが、残念ながら2SA607のモデルがない。
前段から位相反転した対称信号が電流出力で与えられているという想定の出力段。
終段をドライブしているのは理想電流源であり、終段TRのバイアスのために1.4mAの直流を、併せて信号電流として0.1mAac(交流信号)が出力されている。という設定。
この場合、終段ダーリントンTRは電流ドライブされるのではなく、ダーリントン前段の2SA872(2SC1775)のベース抵抗1kΩがほぼそのドライブインピーダンスになるので、電圧ドライブである。
このように終段にSEPPエミッタ接地(ソース接地)出力段を採用したパワーアンプはあまり目にすることがないが、MJなどではMOS−FETによる事例はあったように思う。メーカー製については寡聞にして知らない。
MOS−FETならK先生にも作例がある。93年9月号のNo−130“オールFETDCパワーアンプ”で2段ソース接地出力段が採用されている。が、PチャンネルFETとNチャンネルFETの特性差の問題もあって、ローカルNFBが掛けられ電圧ゲインはほんの3dB設定だった。
このようにノンNFBで構成すると、ゲインが大きすぎて安定動作が不能なのか、あるいはプラスマイナスの特性差が大きすぎて使い物にならないのか。
シミュレーターではそんな心配は無用なので、早速負荷をパラメトリックに2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωと変化させ、その場合の出力電圧とその位相を観測する。
結果が下のグラフ。
左側のスケールが出力電圧だ。
負荷2Ωで0.95Vac、4Ωで1.8Vac、8Ωで3.6Vac、16Ωで7.1Vac、32Ωで13.8Vacといったところだろうか。
基本的に出力電圧が負荷に比例するのは、このアンプが電流出力、すなわちその出力インピーダンスが相対的に負荷(2Ω〜32Ω)より大きいからである。もともとTRの出力インピーダンスは大きいから当然の結果だ。
出力電圧の周波数特性とその位相特性から、第1ポールが300kHz付近に発生することが分かる。多分ドライバーのQ4,Q5のドライブインピーダンスと同じくQ4,Q5のCobがミラー効果で拡大されたCによるものか、あるいはQ1,Q2のftによるものだろう。
超高域で位相戻り現象が現れているのはQ1,Q2のCobによるものとの連星効果だろうか。
これは、ダーリントンプラス側とマイナス側のgmをそれぞれ測定したもの。
ともにダーリントンでgm=2.1S〜2.5S程度ということになる。このgmは素子の固有gmではなく回路gmであるが、負荷によって値が異なる。プラス側もマイナス側も上から負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωの場合である。
プラス側よりマイナス側のgmが、すなわち2SA872A+MJ2955のダーリントンより2SC1775+2N3055のダーリントンのgmの方がやや大きいことが分かる。また、100kHz付近以降の減衰カーブで分かるとおり、ポールの発生具合も異なる。
コンプリといっても、極性だけが反対で他の特性は一致しているという素子は現実にはない。だからこのように多少の差は生じざるを得ない。宇宙のビックバン時、この宇宙はマイナスの電荷を有する電子の世界となって、プラスの電荷を有する陽電子の世界は消滅した。もし将来においてこの世に反物質の世界を問題なく共存させる科学技術の進展があれば、極性だけが反対で他の特性は一致しているという半導体素子が出現するのかもしれない。が、そうでなければ極性だけが反対で他の特性は一致しているという素子の実現は原理的に不可能のように思える。 って、ホント?(^^;
が、この程度の差なら、結局PP合成されて上のような電圧出力になるのだから、そんなに大層な問題ではない。のかも知れない。
そこで、これに正弦波を入力して波形を観測する。
10kHz、0.2mAacの正弦波を上下対称に、位相を反転させて入力する。
マイナス側のバイアス用DC電流は1.41mAとプラス側より0.01mA増やした。のは、トータルgmの違いによる出力オフセットを0Vにするために必要だからである。通常トリマー調整でオフセットを0Vにするのと同じだ。
負荷は8Ω。
なかなか綺麗な正弦波が出力されている。
これなら別に問題はないのではなかろうか。
とも思えるのだが、よく見ると分かるように、プラスのピークは6Vに達していないのに対してマイナスのピークは6.5Vを超えている。
プラスマイナスが非対称だ。
この非対称は、すなわち歪みであり、K式で最も嫌うDC歪みも発生するということになる。プラスマイナスのダーリントンエミッタ接地動作のgmが異なることがこの原因だろう。
やはり、終段がエミッタ接地動作ではコンプリ素子の非対称性が特性差となって現れるので、まずい。
オーバーオールNFBを掛ければ改善されるが、それは素顔の不味さを厚化粧で隠すようなのもの。
で、よろしくない。
だから、やはり終段はエミッタフォロアで構成しよう。
そこで右の回路だ。
前段は上の場合と同じく電流出力であるが、終段自体はダーリントン前段の2SA872(2SC1775)のベース抵抗1kΩがほぼそのドライブインピーダンスになるので、電圧ドライブされるものである。
これであるとエミッタフォロア動作で、電流帰還作用により終段自体の電圧ゲインは0dB以下になってしまうが、その代わり、同じく電流帰還NFB作用でプラスマイナスの特性差も問題ないまでに解消されるし、同時に出力インピーダンスも大幅に下がって、アンプ出力も電流出力から電圧出力に近づく。
インピーダンスの低いスピーカードライブのためにはその方が理想に近い。
好都合だ。という訳である。
だから、ということかどうかは知らないが、このような型式のパワーアンプは世に枚挙に暇がないほどにありふれている。
いわゆる上下対称型とされるものは大体このように2段目(プリドライバー)が電流出力のいわゆるアクティブロードとされることが多いので、その場合はほぼ右側の構成がそれに当たるだろう。
2段目TRのコレクタ出力を互いに負荷としたアクティブロードで高いゲインを稼ぎ、終段エミッタフォロアがバッファとなって低出力インピーダンスでスピーカーをドライブする。という訳だ。
早速上のエミッタ接地の場合と同様に、負荷をパラメトリックに2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωと変化させ、その場合の出力電圧とその位相を観測しよう。
どれほどの違いとなるか・・・(^^;
結果がこのグラフ。
えぇぇぇ〜〜!? 上の終段エミッタ接地の場合と同じではないか!?
と、驚く方もいらっしゃるかもしれない(^^;
結論から言うと、上の終段エミッタ接地動作の場合と「寸分たがわぬほど変わらない」と言っても間違いではないほどに殆ど同じなのだ。違いは3MHz以上の高域での位相特性の差ぐらいなのである。
終段自体に電圧ゲインがあること、その電圧ゲインが基本的に負荷に比例すること、第1ポールが300kHz付近に発生することなど、この終段の特性は上のSEPPエミッタ接地出力段の場合と全く同じだ。
何故だろう?
実は、この結果は別に不思議でもなんでもないのである。
これはこの回路が外見的にはいかにもエミッタフォロアなのだが、実体はこれも全くSEPPエミッタ接地出力段であるからである。
この場合のダーリントンプラス側とマイナス側のgmをそれぞれ測定したものであるが、これも上の場合と寸分違わぬほどに一致している。違いは10MHz以上の超高域ぐらいであろう。同じくエミッタ接地動作をしているから当然の結果なのだ。
同じく、これに10kHz、0.2mAacの正弦波を上下対称に、位相を反転させて入力する。
この場合もプラス側のバイアス用DC電流を1.41mAとマイナス側より0.01mA増やさないと出力オフセットが0Vにならない。上ではマイナス側にあった2SC1775A+2N3055のダーリントンが今度はプラス側になったために今度はプラス側を増やすことになったのである。こんなところでも上のエミッタ接地の場合と右の外見エミッタフォロアが同じものであることが分かるのだ。
負荷は同じく8Ωだ。
さて、どのような波形が出力されるだろう。
綺麗な正弦波が出力されているように見えるが、今度はプラスのピークが6.5Vを超えているのに対してマイナスのピークが6Vに達していない。プラスとマイナスが非対称だ。
結局、この出力波形は上のエミッタ接地の場合とはプラスとマイナスが異なるだけで、電圧ゲインもプラスマイナスの非対称のありようも全く同じである。
プラスとマイナスの違いが逆になったのは、上のエミッタ接地とこちらではプラスとマイナスを受け持つダーリントンが入れ替わったから逆になったのだ、ということに過ぎないのである。
これも正しくSEPPエミッタ接地出力段なのである。
完全対称型の動作原理を理解している方にはこんなこと当然ということで退屈な事例だったであろう。
要するにエミッタ接地動作とエミッタフォロア動作とは本来同じものなのである。ただし、一般にエミッタフォロア動作として認識されているものは、前段からベース−アース間に電圧ドライブで信号が入力され、エミッターアース間に挿入した負荷抵抗による電流帰還(=NFB)作用が生じる場合を、特に区別していわゆるエミッタフォロアとしているのである。
だから、同じく前段からベース−アース間に信号が入力され、エミッターアース間に挿入した負荷抵抗から出力を取り出していても、その負荷抵抗による電流帰還(=NFB)作用が生じない場合は、一般に認識されるエミッタフォロア動作とはならないのだ。この場合は一般に認識されるエミッタ接地動作と同じ動作になるのである。
その証拠が上の二つの結果である。
その結果は、この二つが外見は違っていても同じ結果を出す同じ動作であること示しているのである。
要(カナメ)は、エミッターアース間に挿入した負荷抵抗による電流帰還NFBが発生するか否かである。信号をどかから入力しどこから取り出すといったような外見的なことではないのだ。
そして、この場合に何故エミッタ−アース間に挿入されている負荷抵抗に電流帰還(=NFB)作用が生じないのかというと、前段から電流ドライブで信号が入力(伝達)されるからなのである。これによって、この外見的にいわゆるエミッタフォロアに見えるこの回路では、負荷抵抗(スピーカー)に流れる電流による電流帰還NFBが発生しないのだ。
念のためだが、ではダーリントンTR自体もこの場合前段から電流ドライブされているのか?と言うとそうではない。ダーリントン前段は1kΩに発生する電圧でドライブされ、ダーリントン後段のパワーTRはダーリントン前段のエミッタフォロアと150Ωに発生する電圧でドライブされているのであって、「完全対称アンプの出力段は電流ドライブされている訳ではなく、電圧ドライブに近い状態である。」と、10月号でK先生から注意喚起があったとおりなのだ。
問題は、ダーリントンの出力先である負荷抵抗(スピーカー)に生じた電圧がダーリントン入り口のベースにNFB電圧となって反映させるか否かであって、それが前段が高い出力インピーダンスの電流出力であると反映されず、出力インピーダンスの低い電圧出力であると反映される、ということなのである。
そうか・・・、と、言うことは・・・
世の中には終段エミッタ(ソース)フォロアという名のコンプリメンタリーエミッタ(ソース)接地出力段を採用したパワーアンプがありふれている、ということか・・・。そうかもね(^^;
現実にはバイアス電圧と信号電圧を抵抗で拵えて、しかもその中点が出力と繋がっているような回路構成のアンプなんかないだろうに(−−)
という声もあるので、より一般的な回路にしたのが右。
これならまさしく2段目アクティブロード+終段SEPPエミッタフォロアといわれる型式だ。
実はこれ、お気づきの方はお気づきのとおり、K式GOAの2段目と終段なのである。
上の電流源が2段目差動アンプ右側のカスコードアンプのコレクタであり、下の電流源が2段目差動アンプ左側出力を折り返した下右側のカレントミラーのコレクタなのである。
違いは、対アース出力とするためにバイアスのD6〜D9の中間点からアースに繋ぐべき抵抗が繋がれていないことである。
また、これはいわゆる上下対称型の2段目と終段でもある。
上下の電流源は上下対称型の2段目エミッタ接地TR(FET)のコレクタ(ドレイン)であり、それらが相互にアクティブロードとなって大きな電圧ゲインを稼ぎ、これにスピーカードライブのために終段SEPPエミッタフォロアを付加した、というように説明される回路だ。
が、勿論この場合も終段はいわゆるエミッタフォロア動作はしていない。ということが予測されるわけだが・・・。
同じく負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωにおける出力電圧とその位相を観測する。
出力電圧が基本的に負荷に比例し、しかも出力電圧は上の場合の20〜30倍となり、負荷32Ωの場合は314Vacという出力電圧だ。すなわちゲインが20倍〜30倍大きくなった訳だ。ポールは当然これに合わせて1桁以上低域に降りてきている。予想通り全くエミッタ接地動作をしている。
もの凄いハイゲインだが、その理由は、2段目が出力する信号電流0.1mAacが上の場合は1kΩ〜負荷を経由してアースに分流することにより結果終段のゲインが全て利用されていなかったのに対して、この場合は0.1mAacは全てドライバーのベースに送り込まれ、結果終段がその持てる最大ゲインで動作するからだ。
また同じく、これに1kHz、0.02mAacの正弦波を上下対称に、位相を反転させて入力する。
0.02mAと信号電流を小さくしたのは、勿論終段のゲインが10倍以上大きくなったからである。
プラス側のバイアス電流が1.3926mAとなっているのは出力オフセットを0Vにするためである。
また、正弦波の周波数を10kHzから1Khzに変更したのは、ポールが一桁下がってしまったため、10kHzでは波形応答に遅れを生じ、観測がし難いからである。
一見しただけで非対称であることが分かる波形になってしまった。
プラス側がピーク20Vに達しているのに、マイナス側のピークは11V強程度だろうか。プラス側がマイナス側の倍近くにもなってしまっている。
終段のゲインが高まったため、プラス側とマイナス側の動作の非対称が一層明確に現れてしまったのだ。
が、これでもゲインが大きい分大きなオーバーオールNFBを掛けることが出来るから、仕上がりとしては正しい波形を出力するアンプにはなる。
そこで、バイアスの中点にアースから5.6kΩの抵抗を接続し、2段目を対アース出力にすると共に、終段ダーリントンSEPPのドライブインピーダンスをその5.6kΩと、低インピーダンス(電圧出力)ドライブにする。
このようにすると、終段ダーリントンSEPPには自己の電流ブースター作用で流した電流により負荷8Ωに発生した電圧が入力電圧を減じる方向に働くという電流帰還作用が発生する。
そのため、終段SEPPはいわゆるエミッタフォロアとして動作し、電圧ゲインを有しない代わりに出力インピーダンスは低下し、動作リニアリティも大幅に向上するのである。これが電流帰還というNFBの効能だ。
この効能を観測するため、10kHz、0.2mAacの正弦波を上下対称に、位相を反転させて入力して上と比較してみよう。
信号電流は0.2mAと元に戻した。のは、電流帰還というNFBの作用により終段のゲインが10倍以上小さくなったからである。
また、NFBの効果でポールが高域に伸びると予想されることから正弦波の周波数は1kHzから10kHzに戻した。
何も言うことのない正弦波が出力されている。
これがいわゆるエミッタフォロア動作なのだ。
GOAの2段目の5.6kΩとは、対アース出力として初段、2段目の動作基点を明確にし、そのゲイン、位相特性を確定すると共に、終段SEPPをいわゆるエミッタフォロア動作させるというキーデバイス的役割を果たしていたのである。な〜んて、今更だが(^^;
が、いわゆるエミッタフォロア動作も、結局はNFBによる動作であることに留意しなければならない。
ローカル帰還だからオーバーオール帰還とは違う。という点も確かにそうである場合もあるようだが、NFBはNFBであって本質的には同じというのも本当だろう。
ということが、この場合の出力電圧と位相特性を観ることによって思い知らされる。
1MHz付近での急激な位相回転と出力電圧の急激な盛り上がり。NFBアンプのNFB後の特性で頻繁に見られる特性だ。
オーバーオールNFBでは信号ループが長いためにその間の位相回転でこういう状態を招いて発振させてしまうということがよくあるわけだが、これを見ると電流帰還というローカル帰還でもそのような問題から完全に逃げられるというものではないようだ。
一般にエミッタフォロアは発振(寄生発振)しやすいといわれるが、それは高域でこのような状況を引き起こしているからだろうか。
かつてK先生がGOAの解説で、このバイアス中点からアースに繋ぐ対アース抵抗について、5.6kΩが黄金値であると説明されていたように記憶している。
これより小さくても大きくても音が悪くなる。特にこの値を大きくしていくほどにDCアンプらしさの喪失が著しくなり、最悪はこの抵抗を取り払った場合だ、ということだったように思う。
ということであるから、この対アース抵抗値を増やした場合どのような相違を生じるのかを観てみる。
まずは対アース抵抗56kΩの場合である。
その場合の出力電圧とその位相。
負荷は同じくパラメトリックに2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωである。
高域における電圧のピークは相対的に小さくなり、位相回転も緩やかになっている。しかもその周波数が一桁弱低域に下がっている。
逆に、出力電圧は大きくなっている。すなわち終段自体で電圧ゲインを有している。しかも負荷が大きくなるにしたがって出力電圧も大きくなっている。
そこで再度上の対アース抵抗5.6kΩの場合を見てみると、その場合でも僅かではあるがやはり負荷抵抗が大きくなるほどに出力電圧も大きくなっているではないか。
なるほど。エミッタ接地動作とエミッタフォロア動作は対立概念ではなく同じ概念であるということがこれでも明らかなのだ。
理念的には両者は一本の線の両端にあるのだ。左端がエミッタ接地動作、そして右端がエミッタフォロア動作であり、現実の回路はその両端ではなく中間のどこかの位置にあるということだろう。
要するに上の例では、対アース抵抗が5.6KΩの場合は、電流帰還の掛かる量が相対的に多く、したがっていわゆるエミッタフォロア動作(線の右端)に近いということだ。だが、完全に右端ではないから、エミッタ接地動作的性質も少しは有するのであって、僅かではあるがやはり負荷抵抗が大きくなるほどに出力電圧も大きくなるのはそのせいなのだ。
対アース抵抗が56kΩとなると、2段目の出力がその分電流出力に近づくのである。その結果、終段も電流帰還量が減少し、動作もよりエミッタ接地動作側に移行するのである。
多分、対アース抵抗が0Ωの場合、すなわち終段を完全電圧ドライブした場合には、終段も完全ないわゆるエミッタフォロア動作をするのであろう。逆に対アース抵抗を取り去った場合、すなわち終段を完全電流ドライブした場合には、終段には全く電流帰還NFBが掛からず、結果完全なエミッタ接地動作をするということなのだろう。
正弦波がどのように出力されかを観ることによって、その辺の妥当性を考える。
勿論終段のゲインの高まりにより同じ入力でピーク電圧は大きくなるのは同然だが、プラス側が20V近くに達しているのに、マイナス側は17Vである。
NFB量が減少し、エミッタ接地動作に近づいたため、上下ダーリントンの動作非対称性がもう現れてきたのだ。
やはりそうなのである。
対アース抵抗をさらに10倍の560kΩとすることにより、いわゆるエミッタフォロアからエミッタ接地への移行の過程を確認する。
この場合は、もはや高域のピークは全くなくなっている。
逆に出力電圧は大きく、終段の電圧ゲインが大きいものとなっていることが分かる。ポールも比例して下がった。
正弦波出力はどうか。
この場合も終段のゲインが大きく、またポールの位置もも低下しているものと見込まれるので、入力正弦波の振幅、周波数はともに1/10にした。
やはり、非対称度が大きくなり、マイナス側の伸び悩みが著しくなっている。
以上のシミュレーション結果から、エミッタ(ソース)接地とエミッタ(ソース)フォロアは本来的に同じものであり、違いはNFBの量に過ぎないことが分かった。
結局、今やパワーアンプでは使われることのない終段SEPPエミッタ(ソース)接地回路にオーバーオールNFBを施した場合と、オーバーオール無帰還の終段SEPPエミッタ(ソース)フォロア出力段は、理念的には同じものなのである。
両者に共通する欠点は極性だけが反対で特性が一致する素子がないために、それにより生じる動作の非対称をNFBにより解消しなければならないという点だ。
この場合、エミッタ(ソース)接地回路であれば基本的にオーバーオール負帰還とならざるを得ないので、現実の回路では回路内の他の要素の影響も被るのでNFBのデメリット回避も図らなければならないのだが、エミッタ(ソース)フォロアならば自己完結的なのでデメリットが少ない。しかもこれをNFBとしないで、無帰還といっても世間では許されているようなので使いやすい。
ということで、この世では終段いわゆるエミッタ(ソース)フォロアのパワーアンプばかりなのだろう。
だが、極性だけが反対で特性が一致する素子がコンプリとして存在しない以上、それにより生じる非対称をNFBで解消しなければならないという問題からどうしても逃れられない。
だから、大抵は100%電流帰還のフォロア動作にするか、エミッタ(ソース)接地動作でもエミッタ(ソース)抵抗を挿入することにより電流帰還NFBを掛けてこれに対処しているのだ。
が、NFBに頼らずにその問題を回避する手段がある。
原理的にコンプリメンタリの素子が極性だけが反対で特性が一致する素子となることが不可能であるならば、コンプリメンタリの素子に頼らず、コンプリメンタリの素子を使わずに同極性の素子で回路を構成することである。
何のことはない。それが右の完全対称型だ。(^^;
これを、プラス側はエミッタフォロア動作だと仰る方はもういないと思うのだが、プラスマイナス側ともエミッタ接地動作をし、結果、終段の出力電圧は基本的に負荷に比例していることが分かる。
比例仕切れないのは、終段TRの出力インピーダンスが無限大ではないからである。
これは、ダーリントンプラス側とマイナス側のgmをそれぞれ測定したもの。
プラス側もマイナス側も上から負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωの場合であるが、ともにダーリントンでgm=2.5S〜2.2S程度である。
コンプリメンタリ素子で構成した場合と違って、プラス側とマイナス側のgmが寸分違わずピッタリ一致している。これがあまりにも重要なポイントであるのだ。
この結果は、コンプリメンタリ素子で構成した場合はいかに厳密なペア選定しても決して得られないだろう。
正弦波を入力して波形を観測する。
10kHz、0.2mAacの正弦波を上下対称に、位相を反転させて入力する。
綺麗な正弦波だ。
対称性に問題は見あたらない。
プラスマイナスのダーリントンのgmがピッタリ一致しているのだから、この結果は当然だろう。
負荷抵抗を78Ωと大きくして、終段の電圧ゲインを大きくし、電源電圧の±50Vぎりぎりまで出力の振幅を大きくしてみよう。
動作に非対称があればそれが目立つだろう。
なんと、ほれぼれするような対称動作ではないか。
これが、オーバーオール負帰還もなく、いわゆるフォロア動作の電流帰還NFBもない、本当の無帰還動作で得られるのである。
やはりこれは「完全対称」と称するに相応しい。
コンプリメンタリーSEPPの壁を二重に超えているのである。
問題は現実に特性の一致したペアが組めるか、ということと、前段から理想的な電流出力でドライブ出来るか、ということである。
前段から理想的な電流出力でドライブすること。これは、半導体を用いれば回路的に殆ど十分なものが得られることはすでに明らかだ。
そして、ペアは頑張って選別しよう。
コンプリメンタリーペアと違ってこちらは同極性のものであるから、宇宙の摂理に反するものではないので我々アマチュアでも特性の一致したものを選べる可能性がある。し、ペアを組めれば、理論的に完全に対称な動作が可能なのである。
これは頑張って選別する甲斐があるというものだ。(^^)
(2003年10月26日)
(準コン)
たまの休みに書店に行く。
いつもMJなどその手の雑誌が置いてあるコーナーへ足を運び、何となく「トラ技」をめくりながら、横目に「ラ○オ技術」も目に入ったが、ふと気付くと「MJ」が見えない。
まさか売り切れでもあるまいに、と目を凝らすと「“MJ”は・・・のコーナーに移りました」と張り紙がある。
やむを得ず紙の指示にしたがって行ってみると・・・、あった。
「ステ○オサ○ンド」とか「オー○ィオアク○サリー」とか「AV何とか」と並んで「MJ」が・・・
なんと・・・、
“無線と実験 AUDIO TECHNOLOGY”の副題がほとんど偽りになりつつあったとはいえ・・・
ついに「MJ」も書店的には技術的雑誌ではなくス○サン等のオーディオ販促雑誌の範疇のものに認識されるようになったのだ。
あ〜〜あ(嘆)、なんともおめでとうございます・・・ > 某編○部の皆さん
・・・
我が身には何の関わりもないことであるのにやや肩を落として先のコーナーに戻り、久しぶりに「ラ○オ技術」を手に取った。
もうこれしかないか・・・
・・・
内容の真偽は別にしてやはり販促雑誌のMJに比べれば余程実験やTECHNOLOGYの“雰囲気”がある。
この“雰囲気”がかつてエレクトロニクス好きの少年の心をとらえたものだったのだが、MJがこの雰囲気をなくしてしまったのはいつ頃からだろうか・・・、などとつまらぬことを考えつつぱらぱらとページをめくる。
ん、・・・GOAに準コンSEPPを組み合わせたパワーアンプが載っている。
最近は大電流MOSにコンプリがなく準コンが流行っている云々・・・とか。
・・・どこで流行っているのだろう?デ○ンだろうか?
・・・
というわけで「準コン」のシミュレーションである。
知っている、というわけではないが、良く分からないブートストラップ回路を除けば準コンとは右のような回路だった。
Nチャンネルしかない真空管時代には、そのNチャンネルの真空管だけでOTLSEPPを組むには、カソードフォロア動作となる上側と、カソード接地動作(何故かこれをプレートフォロアという不可思議な名称で呼ぶのが慣例であったようである)となる下側のアンバランスを補正するために、「打ち消し回路」なるものを導入せねばならず、これが非常に分かりにくいものであったようだ。
そこにTRが登場した訳だが、TRには真空管では求めても決して得られない「Pチャンネル」がある。Pチャンネルさえあれば、真空管でさんざん苦労した「打ち消し回路」など必要なしに理想のOTLSEPP回路が組めるのだ。
というわけで、現在ありふれた出力段の形態となっているコンプリメンタリー半導体によるOTLSEPP回路は、理想への期待と販促の思惑が込められて「純コン=純コンプリメンタリー」SEPP回路と命名された訳だ。何より「純=ピュア」は「純な花嫁」とか「ピュアモ○ト」とか使われるように実に響きが良い。非常に価値が高い、あるいは1番のものであるかのような印象を与えるではないか。
が、半導体時代の初期には大出力用のPチャンネルTRの開発が技術的に難しくその出現が遅れたため、NPが出揃うまでの間やむを得ず下側の大出力用PチャンネルTRにNチャンネルを代用する回路が考案された。それが右の回路だ。
名付けて「準コン=準コンプリメンタリー」SEPP回路。まぁ、「純」に対する「準」だろう。あるいは逆にこの「準」に対する「純」だったのかもしれないが。
ところで、厳密に言えば、右のように前段から電流出力でドライブしたのでは歴史的にも「準コン」とは言えない。そもそも「準コン」は真空管時代のOTLSEPPを色濃く引きずったものだから、意識されていたか否かを別にして前段から電圧ドライブされることが暗黙の前提だったからだ。真空管OTLSEPPもそうだが、そもそも前段から電圧ドライブされるが故に上側がエミッタ(カソード)フォロア動作をし、下側がエミッタ(カソード)接地動作をするのであるし。おっと、下側は電流ドライブでもエミッタ(カソード)接地動作だが・・・。
で、このアンバランスを真空管OTLSEPPの場合は上側に正帰還するなどの打ち消し手法で解消したのだが、「準コン」の場合は下側ドライバーにPチャンネルTRが使えることからこれに100%ローカル負帰還を掛けることによって解消しようという訳だ。上側がすでに100%負帰還(電流帰還)の掛かったエミッタフォロア動作であるから、NFBの力を借りることによりこれで上手くバランスが取れる、という訳である。
という訳なのだが、ここではこれまでの上の事例と同様、先ずは前段から電流ドライブで動作させてみよう。そうするとそもそもNFB(電流帰還NFBも含む)が掛かる前の裸の特性が明らかになるのである。
バイアス用電流が下側1.5mAと上側より0.1mA多いのはそうしないと上下のアンバランスで出力中点が0Vにならないためである。またR4=150Ωは上下のゲインアンバランスを調整するための抵抗ということで使われる例が多いのでここでも先ずは仮に150Ωとして入れてみたもの。
これで上下に反転した対称0.2mAPPの10kHz正弦波電流信号を加えて「準コン」SEPP出力段の出力波形を観る。
う〜ん・・・
結果はこのとおりだ。
ちょっとコメントにも困るような状態だが・・・
この上下アンバランスはR4=150Ωが大きすぎて下側のゲインが上側に比して小さくなりすぎたのだろう。多分。
それを確かめるには、上下のgmを測定すれば良いので早速シミュレーターに計算させ表示させる。
それがこれである。
やはりこの状態では上側がgm=2.3S〜2.5Sあるのに下側がgm=1S以下で、上のようにアンバランス正弦波出力になるのも当然な結果だ。
R4=150Ωを小さくすれば下側のgmが大きくなってバランスする点が得られるだろう。とも思えるのだが、どうもそのgmの周波数特性を見ると、それは楽観的に過ぎないかという感じもするなぁ・・・
そこでR4を小さくして下側のgmが2.5S付近になるR4の値を探った結果、30Ωではどうかということになった。
のだが・・・
結果がこれである。
パラメトリック解析で出力の負荷抵抗が2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωの場合を一挙に表示してあるのだが、gm=2.5S付近に固まっているのが上側であるのに対して、下側は負荷抵抗値によってgmが3.1Sから0.2S弱までバラバラだ。また、やはり上下のgmの周波数特性の違いもどうにもならない事実であることが分かる。
やはり、上下の動作が違いすぎるのだ。
回路構成は見た目にも違うが、したがってその動作結果が違うのも当たり前ということか・・・
一応はこれについてもその出力電圧とその位相特性を観ておこう。
負荷は同じくパラメトリックに2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωである。
この場合でも、負荷が大きくなるほどに出力電圧も大きくなるというエミッタ接地動作の特性は一応有していることは有しているのだ。
gmの測定からではなく、正弦波の出力波形を観測することによってR4の適正値を探る努力をしてみる。
負荷を8Ωに固定し、今度はR4をパラメトリック変数にしてR4=0Ω、18.75Ω、37.5Ω、75Ω、150Ω、300Ωと変化させ、それぞれの場合の10kHz正弦波出力波形からR4の適正値を探る。
下からR4=0Ω、18.75Ω、37.5Ω、75Ω、150Ω、300Ωの場合の出力波形である。
R4が小さくなるほどに出力オフセットがマイナスに大きく発生して本来はこれを調整して見るべきなのだが、波形観測にはこれでも十分なように思えるのでそのままにしてある。
結論だけ見れば、R4は小さい方が上下のバランスは良くなるということだ。R4が大きくなるほどに下側の振幅の伸びが足りなくなっている。ここでの0Ωの場合はオフセットが電源電圧に近づきすぎたため良い結果になっていないが、どうもこの回路構成ではR4=0Ω〜数Ωで最良の結果になるといった感じだがどうだろう。
そこでR4=0Ω、すなわち取り去ってしまい、合わせて終段バイアスを一般的型式に改めたのが右である。
ただし未だ前段からは電流ドライブなので、一般的な「準コン」とは異なるものだ。
これで終段準コンプリメンタリ回路が最大ゲインで働いた時の正弦波出力波形を観ようというものである。
下側のバイアス電流が1.4045mAと上側より大きいのは出力オフセットを0Vとするためであり、上下の正弦波電流が0.02mAと小さくなったこと、及びその周波数が1kHzと1/10になっているのは、終段のゲインが高まるためである。というのはずっと上の方の「純コン」の場合と同じ。
・・・
何とも言い難いが、結果がこうであるからしょうがない。
上下の振幅の違いはやはり上下のgmの違いとしか言いようがないが、プラス側の振幅で5V付近に段差が生じてしまった。ここでは終段上下に約500mAのバイアス電流が流れており、それを考えるとこの段差はAB級のPP動作からシングル動作に移行する点での波形合成の結果であろうか。であるとすると、これはやはりPP合成に失敗していると言わざるを得ない。
う〜ん。同じくエミッタ接地動作といっても「準コン」の場合その内容が上下で違いすぎるのだ。
なんとも「準コン」とは難しいものだ。
やはりNFBの力を借りよう。
そのためには右のようにR9,R10の対アース抵抗を挿入して終段を電流ドライブから電圧ドライブに変更すれば良いのである。
こうすれば終段上側には負荷8Ωによる100%電流帰還NFBが掛かり、終段下側には同じく負荷8Ωによる100%ローカルNFBがQ5に掛かることにより、終段上側は文字通りエミッタフォロア動作、下側は等価的にエミッタフォロア動作をして万事上手くいくはずである。
というわけで、右こそが由緒正しき「準コン」SEPPだ。
さあ、10kHz正弦波を入力しその出力波形を観てみよう。
それがこれである。
対称性に何の問題点もない綺麗な正弦波が出力されている。ように思えるのだがどうだろう。
立派なものである。これなら音だって良い。かもしれない。(^^;
「ラ○オ技術」を書棚に戻し、販促雑誌のコーナーへ赴きその幾つかを眺めるうちに、宝くじに当たったりしたらSO○Yの最新フルデジタルパワーアンプでも買おうか・・・などと白昼夢を見、その瞬間ハッと我に返る。
いやはや、販促雑誌には販促雑誌なりのノウハウが込められているようだ。と思いながら、書店内に併設されたCD販売のコーナーに行く。
今やハヤリはakikoやリーやCHIEやNaokoであるかのようだ。これにメディア戦略どおりに“ふじこ”のショパンなど買ってしまったら完全に販促の虜だ。男とは女に弱いものだ。
が、まぁ、いいか。それでも楽しく聴ければ良いではないか。
ようやく世の中ハイブイッドが当たり前になってきたかのようで、akikoもリーもCHIEも新作はハイブリッドだ。Naokoもバ○な東○E○Iが改心したのか新作は普通のCDに戻ったよう。
誰にしようかな・・・、としばし品定めをし、ハイブリッドを一枚手にとって書店を後にする。
しょうがないわねぇ、というあっち向きの視線を感じつつも、ミーハーだがまぁ良かろうて、真空管プリは今日も艶やかな女性を眼前に蘇らせてくれるだろう・・・、などという思いを積んで冬の道を車が走る。
最後に毎度のことだが以上のシミュレーション結果及びそれについての私の拙い解釈には勿論何の保証もない。
ので、悪しからず(^^;
(2003年12月14日)
(インバーテッド・ダーリントン)
「準コン」とは要するにダーリントンとインバーテッド・ダーリントンのハイブリッドSEPP。
とすると「準コン」の次は必然的に「純」インバーテッド・ダーリントンSEPPとなるか・・・(^^;
右がそのインバーテッド・ダーリントン接続による純コンプリメンタリーOTLSEPP出力段。
異極性TRのエミッタ接地動作を2段重ねて大きなゲインを稼ぎ、その電圧ゲインを100%前段TRのエミッタに帰還することで、等価的にQ6,Q2により電流ブーストされたQ4,Q5のエミッタフォロア動作となる。
だから、R5に発生した出力電圧をQ4,Q5のエミッタに100%戻してもこれによってQ4,Q5のB−E間の入力信号電圧(入力信号電流)を減じるという帰還作用が生じない場合は、インパーテッド・ダーリントンSEPP出力段は、2段重ねのエミッタ接地SEPP出力段になる。
右のように、前段から電流出力でドライブするとそうなる。
と、まぁこの辺は「純コン」ダーリントン接続SEPPの場合も「準コン」の場合も同じ・・・(^^)
負荷R5を2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωとパラメトリックに変化させて出力電圧及びその位相の周波数特性を観る。
左側のスケールが出力電圧だが、これを見ると随分とゲインが大きいということが分かる。
負荷2Ωで7Vac、4Ωで14Vac、8Ωで26.5Vac、16Ωで50Vac、32Ωで86.5Vacに達している。
このページのずっと一番上のダーリントンSEPPの場合は、負荷2Ωで0.95Vac、4Ωで1.8Vac、8Ωで3.6Vac、16Ωで7.1Vac、32Ωで13.8Vacであったから、7〜8倍だ。
裸ゲインでインバーテッド・ダーリントンの方がダーリントンよりゲインが大きいのは、ダーリントンの場合は前段エミッタに入るエミッタ抵抗と後段TRの入力抵抗の並列合成抵抗による電流帰還作用のためか。インバーテッドではそれがない。
ダーリントンの場合と同じように上下インバーテッド・ダーリントンのgmを測ると、上側が20S〜16S、下側が25S〜18Sである。
やはりダーリントンの10倍に近い。が、そのためかその周波数帯域は高域で1/10だ。また上下のgmの差はダーリントンの場合より相対的に大きい。gmの周波数特性にはやはり差があるが異極性の組合せであるから純コン・ダーリントンの場合と同様でやむを得ない。
これに前段から電流出力で10kHz正弦波0.2mAacを上下対称に加える。
負荷は8Ω。
上側のバイアス用電流が下側より多いのは上下gmの違いによる出力オフセットを0にするため。
やはり上下のインパーテッド・ダーリントンのgmの違いのために上下の振幅が非対称だ。
が、gmの小さい方の上側の方が振幅のピークが大きい?
・・・何故か? 不明(^^;
ちょっと不思議だが、その点を除けば「準コン」よりは上下動作の類似性が遥かに高いと思われる結果だ。
純コン・ダーリントンを「使える」と評価するとすれば、純コン・インバーテッド・ダーリントンも同レベルで「使える」と評価できる内容だろう。
バイアス近辺をごく一般的なものとする。
これで前段から電流ドライブすると、終段インパーテッド・ダーリントン出力段はその持てる最大ゲインで動作することになる。
負荷R5はパラメトリック解析で、2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ω。
負荷2Ωで29Vac、4Ωで59Vac、8Ωで112Vac、16Ωで216Vac、32Ωで395Vacに達している。
さらに4倍強ゲインがアップした。実にハイゲインだ。
これに前段から電流出力で1kHz正弦波0.02mAacを上下対称に加える。
負荷は8Ω。
ゲインがアップしポールも下がっているので、入力電流信号、周波数とも1/10としてある。また下側のバイアス用電流が上側より多いのは上下gmの違いによる出力オフセットを0にするため。
ふ〜む。純コン・インバーテッド・ダーリントン。最大オープンゲインでこの結果であるならば、純コン・ダーリントンより大きなゲインが得られることも合わせて考えるとなかなか使えそうではないか。と思える。
案外Pチャンネル同士とNチャンネル同士の組合せで相補動作をするダーリントンより、もとよりPNチャンネルを組合せて相補動作させるインバーテッド・ダーリントンの方がプラスマイナスの対称性確保のためには有利なのかも・・・だ。
対アース抵抗5.6kΩを挿入して終段インパーテッド・ダーリントンSEPP回路を電圧ドライブに変更する。
これが普通の終段インパーテッド・ダーリントンSEPPだ。これであれば終段のゲインは100%NFBとしてQ4,Q5に帰還される。
0.2mAac、10kHzの正弦波入力信号はどう出力されるか。
30数dBのNFBが掛かっていることになるから当然と言えば当然ではあるが、何も問題のない正弦波が出力されている。
だが、ローカル帰還とはいえ30数dBのNFBが掛かっているということであれば、エミッタフォロアダーリントンの場合と同様の危惧はないだろうか・・・
負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωのパラメトリック解析で出力電圧及びその位相を観る。
1MHz付近での出力電圧の盛り上がりと位相の急激な回転。
やはりこれもダーリントンエミッタフォロアの場合と同様だ。
「ならば、インパーテッド・ダーリントンだから可能になる手法で終段のNFB量を調整してみてはどうかね・・・」 と天の声。
なるほど。
インバーテッドであると、Q4,Q5のエミッタへ帰還するNFB量を右のようにR7,R8で自在に調整が可能だ。これで場合によっては過剰かもしれない帰還量を調整して安定度を確保することが可能となる。
あわせて、終段が電圧ゲインを有することにより、あるいは、終段NFB量が過剰でなくなることにより、音的にも良い結果が得られるかもしれない。
早速、負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωのパラメトリック解析で出力電圧及びその位相を観ると・・・
やはり位相回転も緩やかになり、高域でのピークも大分収まった。
これで安定度は大きく向上するだろう。
一方出力電圧はそんなに大きくはならない。のは当たり前で出力インピーダンスがやや大きくなった分微増といったところだ。
NFBが減るとなると上下対称性がどうなるか心配だが・・・。
あ〜、先生、やはり対称性が少し崩れてしまいますよ・・・
プラス側の振幅が0.1Vほどマイナス側より小さくなってしまった。
「手間が掛かるねぇ、君は。対アース抵抗を増やしてみたまえ。そうすると電流振幅量が減って2段目までの歪みも減るし、終段のNFB量も上手い塩梅となって対称性も良くなるはずだ。君の言うとおり終段NFB量が過剰でなくなることにより音的にも良いし、と一石三鳥なのだよ。」
はっ m(__)m
そこで対アース抵抗を10倍の56kΩに変更する。
正弦波出力はどうなるか・・・
振幅は10倍となっているのに波形対称性は良い結果だ。
なるほど。インパーテッド・ダーリントンにはインパーテッド・ダーリントンの特徴を生かした使い方がある。ということなのだ。
負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω、32Ωのパラメトリック解析で出力電圧及びその位相を観てみると・・・。
う〜ん・・・上手い塩梅。(^^;
すでにお気づきの方はお気づきのとおり、実はこれ、2003年2月号のNo−171「ターンテーブル制御アンプ」のモータードライブアンプの2段目と終段なのである。
あちらにはドライバーのコレクタ側の150Ωがない。のでこちらもその150Ωを撤去してみる。
MOSと違ってTRは電流で動作するものであるから、本質的にその入力インピーダンスは低いものであり、hFEが同程度のTRであれば大出力になるほどに入力インピーダンスが低くなるのが必然だ。
ここでもQ6,Q2の入力インピーダンスはごく低く、インパーテッド・ダーリントンの動作的には150Ωは必然ではない。
といって全く影響がないわけではなく、150Ωを撤去すると150Ωに分流した電流ロスがなくなるので終段のゲインはその分やや大きくなるだろうし、終段がB級ならドライバーも完全にB級になってしまうし、キャリア蓄積電荷の高速引き抜きには150Ωがあった方が良いのかもしれない。が、その辺は良く分からない。(^^;
と、あれこれはさておき、これで10kHz正弦波がどう出力されるか観る。
やはり150Ωを撤去した分終段のゲインがアップして振幅ピークは22Vまで達している。また、この方がプラスマイナスの対称性が向上したようで、プラスマイナスのピークもピッタリのよう。
出力電圧とその位相も観ておこう。
良さ気だ。
インパーテッド・ダーリントンは終段の裸ゲインがダーリントンの場合より大きくなるから、これを全部100%帰還に使わないで仕上がりで終段に電圧ゲインを持たせても終段100%帰還の場合と同程度の対称性が確保できる。
そのためにはドライブインピーダンスも56kΩの方が良く、こうすると2段目の振幅も小さくて良くて2段目までのリニアリティも良くなる。
これで音も良くなればなるほど一石三鳥だ。
ならば、とR8を150Ωから33Ωに減らして終段の電圧ゲインをもう少し欲張ってみよう。
ゲインはさらに3dBほどアップしたが・・・
正弦波出力を観てみると・・・
プラスマイナスのピークにずれを生じている。対称性が崩れはじめている。
やはり世の中欲張り過ぎてはいけない。(^^;
先生、No−171のインパーテッド・ダーリントンによるモータードライブアンプ。何気ないようでインパーテッド・ダーリントンの特徴を生かした絶妙なセッティングなんですねぁ。今年も終わりという時になってようやく分かりました。(^^;
「相変わらず蛍光灯だが、分かっただけでも良かろうて・・・」 はっ。m(__)m
思えば電池式GOAの歴史はNo−90のインバーテッド・ダーリントンで始まり、No−130の3dBの電圧ゲインを有するインバーテッド・ダーリントンで終わったのだった。(おっと、MOSで構成すればインバーテッド・ダーリントンとは言わないか、No−130。(^^;)
その間は全くダーリントンで、その後すぐに完全対称型に相転移してしまったからすっかり忘れてこの辺何も感じてこなかったのだが、そうだ、電池式GOAの最終進化型は終段にゲインを有するインバーテッド・ダーリントンだったのだ。
こうしてみるとインバーテッド・ダーリントンには只のダーリントンにはない面白さがある。
位相補正や温度補償、あるいは終段キャリア蓄積の引き抜き等になお考慮すべき点はあるのだが、う〜ん・・・我が家のGOAパワーアンプの幾つか、インバーテッド・ダーリントンに組み替えて試してみようかなぁ・・・
という気になってきた。(^^;
(2003年12月31日)