PSpice(評価版)で
電池式完全対称型パワーアンプをシミュレートする
その2


右は電源電圧50V、負荷8ΩにおけるVbe−Ic(Tr)、Vgs−Id(MOS)動特性の計測。

エントリーしたのは、

@2N3055(オンセミ)・・・いにしえのトランジスタ代表

AMJL4281a・・・馴染みはないがオンセミコンダクタから最新オーディオ用パワートランジスタとして出場 fT=35MHz、Cob=600pF

B2SK851・・・大電流型MOS代表。今となっては中電流型

C2SK2554・・・大電流型MOSの代名詞

これで増幅能力の源泉であるgmを比較しようという趣向である。(^^)

結果

@2N3055・・・Ic=1A〜3Aの領域でgm≒20S弱。それ以上のIc領域ではgmはこれより低下する。いわゆるコンプレッサー特性だ。

A
MJL4281a・・・Ic=1A〜3Aの領域ではgm≒30S。それ以上のIc領域ではやはりgmはこれより低下するが2N3055ほどではない。この程度ならリニア特性と言って良いと思える。

B2SK851・・・まさにFETらしい二乗特性になっている。Ic=1A〜3Aの領域でのgm≒5S。2SK134等のいわゆるオーディオ用横型MOS−FETよりはずっと大きなgmだが実はこの領域ではいにしえのトランジスタである2N3055にも及ばない。大電流型MOSの巨大gmは大電流型に相応しいもっと大電流を流した領域で得られるものなのである。

C2SK2445・・・Ic=1A〜3Aの領域でgm≒50Sはある。大電流型MOSにとってはごく低電流領域でこのgmは本当だろうか(^^; が、これが事実なら大電流型MOSの面目躍如といったところではある。




実際は右のようにエミッタ(ソース)に小抵抗を入れる。

たったの0.1Ωだが、もともとの素子gmが大きいほどにこの0.1Ωによる電流帰還NFB作用が大きく働き、リニアリティが改善される。

我がNo−139(もどき)達には使っていないのだが、半導体完全対称型パワーアンプには使われているものであるから、ここでその効果を確認しておく。

上と比較するとその効果は一目瞭然。

0.1Ωにより電流帰還NFBが掛かるのでどれもその分gmが減少しているが、そもそものgmが大きいものほどリニアリティがより大きく改善されカーブが直線に近づく。2SK2554とMJL4281aは本当に直線と言って良いぐらいだ。

コレクタ(ドレイン)電流0Aから6Aでgmを計算すると小さい方から順に2SK815は3.25S、2N3055は4.8S、MJL4281aが6.6S、2SK2554は8.6Sである。しかしこれほど見事な直線性を獲得できるのなら、gmは小さくなるもののやはり0.1Ωを入れたいものだ、という感じにはなる結果だ。


ということなのだが、以上、何を言いたいのか。というと、アンプ実用域で考えればパワートランジスタのgmは大電流型MOSに特に引けを取るものではないということである。大電流型MOSの代名詞である2SK2554に同等なのだ。そのエミッタ(ソース)に電流帰還抵抗を入れればその差はさらに縮まる。別に使いもしないウルトラハイ電流能力とその領域でのハイgmをうんぬんするのも悪くはないが、実用域で十分に大電流型MOSに匹敵するgmを有するトランジスタにももっと目を向けましょうと。(^^;

というわけで、今回はfT=35MHz、Cob=600pFのオンセミ現代オーディオ用パワートランジスタMJL4281aを素材として、我が電池式完全対称型パワーアンプを考えるのである。

何故MJL4281aなのか? それはただオンセミのWebサイトでそのPSpiceモデルが提供されていたから。である。モデルが提供されているのなら東芝なりサンケンなりの国産TRを使いたいところだが、残念ながら我が国メーカーはSpiceモデルの提供に情熱を持たないようだ。

ここを見ておられる東芝さん、サンケンさん、ルネサスさんの関係者の皆さん、Web上でのより一層のPSpiceモデルの提供を m(__)m
 

な〜んて。見てる人なんかいないか(^^;




ACスイープモードによりgmの周波数特性を観る。

先ずはエミッタ(ソース)抵抗なしの場合。

バイアスDC電圧をそれぞれアイドリング電流が1A程度になるように調整する。

これでACコレクタ(ドレイン)電流変化をACベース(ゲート)電圧変化で除算することによりアイドリング電流1Aの場合の素子gmの周波数特性が求まる。

この場合ドライブインピーダンスは0Ω(完全電圧源)なのでCob、Crssなどの素子寄生容量の影響を受けない。ので、その周波数特性には素子固有の高域限界が表現されることになる。


結果

これらの素子gm(Ic、Id=1A)は、低域で2N3055=18S、MJL4281a=20.8S、2SK815=3.8S、2SK2554=42Sである。が、高域でgmは低下する。のは、高域限界で、トランジスタで言えばfT関連でgmが低下し始める付近がベータ遮断周波数ということになる。fT=2.5MHzの2N3055(いにしえの規格の記憶ではfT=0.8MHzだったはずなのだが、改めてオンセミのサイトにある規格をみると2.5MHzとある。やはり時代と共に変化するのか(^^;)はそれが数10kHz台、fTが35MHzのMJL4281aは1桁高く数百kHz台、2SK815はさらに1桁以上高く数MHz〜数十MHz台だ。さすがにMOS−FETは高域特性が優れている。と言いたかったところ2SK2554のそれは数kHz台である。えぇ〜ホントかいな(^^;







素子固有の高域限界から来るベータ遮断周波数も、そのエミッタ(ソース)に電流帰還抵抗を入れることによって高域に追いやることが出来る。

右のとおりエミッタ(ソース)に0.1Ωを入れて同様に測ってみる。

結果

gm(1A)は2N3055=6.4S、MJL4281a=6.75S、2SK815=2.7S、2SK2554=8.1Sである。

0.1Ωがなかった場合と比較すると、そのgmは2N3055が35.6%、MJL4281aが
32.5%、2SK815が71.1%、2SK2554が19.3%である。もともとのgmが大きいほど0.1Ωの電流帰還抵抗によるgmの低下効果が大きいのだが、これはK先生のオーディオDCアンプ製作のすべて上巻にも同様のことが書いてあった。

そして、併せて0.1Ωの電流帰還抵抗により周波数特性は改善される。どれも1桁高域特性が上に伸びていることがグラフから分かる。
電流帰還も要するにNFBだから、ゲイン(gm)が小さくなり周波数特性は良くなるという通常のNFBと同様の効果が発揮されるのだ。

が、NFBによっても最終的な高域限界であるfTが高域に伸びる訳ではない。NFBによってゲイン(gm)かまぼこ特性の上の方が削られた結果ベータ遮断周波数が高域に伸びたに過ぎない。この辺の事情はオーバーオールNFBの場合となんら変わるところがない。(トランス・インピーダンスの場合は違うようだが(^^;)

それにしても2SK2554。これが本当ならば、これの場合0.1Ωの電流帰還抵抗がないと実用にならない高域特性ではなかろうか。このモデル、大丈夫なんだろうか(^^;

ところでこの素子の高域限界による利得(gm)減衰は位相的にはここにポールができるということである。このため、終段がエミッタ(ソース)接地動作の完全対称型や、最近ようやく理解した(^^;インバーテッドダーリントンSEPP出力段の場合はこの辺に終段のポールが立ってしまうことになる。このため、位相的に非常にやっかいになるわけである。

ここのところ
終段素子そのものに100%近い電流帰還ローカルNFBが掛かるいわゆるエミッタ(ソース)フォロアSEPP出力段の場合は、以上の理屈から当然であるが終段のポールは非常に高域に飛ぶことになる。ので、NFBアンプとした場合位相的に非常に構成が楽になる。やはりこのあたりの事情からも世の半導体パワーアンプはエミッタフォロアSEPP出力段ばかりになるのだろう。





さて、これが終段に2N3055を起用した我が電池式完全対称型パワーアンプ。

実機は終段パワーTrは2SD188だが2N3055で代用する。fT的にも多少の差はあるのだが、まぁモデルがないのでやむを得ない。2段目差動アンプとカスコードアンプも実機は2SA607だが、これもモデルないので2SA872で代用する。さらに初段を省略してあるがその理由は前回の“モータードライブアンプを考える”に同じ。

負荷が300Ωなのは、このアンプではインピーダンス300Ωのヘッドフォンもならしているのでその場合を想定したものである。が、位相の動向を観るのにも都合が良いのだ。

位相補正のC5=5pF、10pF、20pF、40pF、80pFの場合のパラメトリック解析で各部の電圧利得及びその位相を観る。




グラフは3つのグループに分かれるが、一番上が位相のグループ、真ん中がアンプ出力点及び2段目差動アンプ右側の出力点における電圧利得のグループ、一番下が2段目差動アンプ左側の出力点における電圧利得のグループである。一番上の位相のグループのうち2段目差動アンプ左側の出力点における電圧位相については対比しやすくするため−180°演算して表示している。(以下この点同じ。)

真ん中のアンプ出力点及び2段目差動アンプ右側の出力点における電圧利得のグラフは2本の線が殆ど重なっている。一番上のそれぞれの位相のグラフも同じく殆ど重なっている。

このグラフから2段目差動アンプの電圧利得が低域で29dB、出力段の電圧利得が低域で52dBあり、合計で低域での電圧利得は81dBとなっていることが分かる。負荷が300Ωと大きいので大きな電圧ゲインとなっているわけだ。

位相特性から位相補正C5=5pFの場合に高域で出力点の位相回転が−120°となるポイントは5MHzであり、そのポイントでのオープンゲインが20dBであり、これより位相補正C5が増えるほどに位相回転が−120°となる周波数ポイントは高域に移行すると共にそのポイントにおける対応するオープンゲインは逆に低下することから、このシミュレーションが正しいとすれば、この場合NFBアンプとしてクローズドゲイン20dB以上に設定すれば位相補正C5=5pFで安定動作することが分かる。

我が電池式完全対称型パワーアンプも改造前はこの状態で300Ωのヘッドフォンを鳴らしていたが全く安定であった。そのクローズドゲイン設定は26dBであったのだからより安全方向なのでまぁ当然だったのだろう。

それにしても利得の減衰カーブと位相の回転カーブを見るとMHz領域まで時定数(ポール)は1個しかないが如きである。多分数10kHzには終段パワーTr2N3055のfT由来の疑似ポールがあるはずなのに何故か消えている。その2N3055で52dBもの電圧ゲインを獲得しているというのにだ。不思議なものだ。(^^;







今度は負荷を8Ωとし、位相補正コンデンサC5を5pF、10pF、20pF、40pF、80pFとしたパラメトリック解析。





負荷が8Ωとなったことに伴い、2段目差動アンプの電圧ゲインは同じく29dBだが、終段の電圧ゲインが27dBに減少し、低域でトータルオープンゲインは56dBとなった。
位相補正の効果は毎度お馴染だがその容量が大きいほどに位相的に安定方向であることが分かる。クローズドゲイン設定が20dB以上ならその値は5pFで十分である。






今度は位相補正C6を5pFに固定し、負荷R3を4Ω、8Ω、16Ω、32Ω、300Ωとして出力の電圧利得とその位相を観る。





なかなかに興味深い。

電圧利得が負荷に比例し約6dB毎に上昇するのは完全対称型が電流出力であるからだが、その利得の高域における減衰カーブはかなり高域まで平行状態が続いている。よってそのfcが利得によって変わらないというトランスインピーダンス的振る舞いなのだ。これは位相補正C6のワンポールだけでなせるわざとは思えない。何か別の要素も作用している。

が、その事情のため負荷が大きいほどにオープンゲインが20dBとなるポイントの周波数が高域に移行してしまい、それは位相補正的には不安定要素になるはずなのだが、この場合は負荷の増大が350kHzからの位相回転の戻し効果を産み、結果位相的安定が確保されているのである。
うま〜い。(^^)







以上が位相補正C6だけで生み出されているものではないとしたら何が関係しているのか?

を考えるために、その位相補正C6を取り外し位相補正効果のない素の姿を観る。






なるほど。

そもそもの終段が素で作り出す電圧利得の姿がfc数10kHzの時定数で作り出した利得特性の如き姿なのだ。この場合通常の時定数で作り出したポールとの違いはゲインによってもfcに変化がないということだ。それは10kHz台の位相曲線にも出ている。周波数によっても各線があまり乖離していない。

ピーン(゜゜)!と来るだろう。この姿を作り出しているのはトランジスタのfT由来のベータ遮断周波数(疑似ポール)だ。だとすればCで形成されるポールと違って負荷の大小でfcが変化しないのも当然だ。この点は黒田某先生がこれを疑似ポールと言う名で通常のポールと区別された所以のところだろうか。






各部の電流出力を観ることにより2N3055由来の疑似ポールであることを確認する。





上からアンプ出力点、その下に2本重なって終段2N3055のエミッタ出力点、その下が同じく2本重なって2SC959のエミッタ出力点、一番下が2本重なって2段目差動アンプのコレクタ出力点の電流出力のグラフである。入力が1Vacであるから縦軸のアンペア数値がそのままその点までのgm値そのものである。

で、上から2番目の2N3055エミッタ出力点までのgmのカーブは、一番上の方で他のTRやMOSと一緒に観た2N3055のgmの周波数特性そのものだ。

そして、これがgm×負荷抵抗値として上の位相補正を取り去った場合の電圧利得特性を形作っていた訳である。だから利得が平行移動するのは当たり前なのだ。

さらに1MHzからは2段目差動アンプの2SA872及びドライバーの2SC960のベータ遮断周波数(疑似ポール)の分が加算されて利得減衰が急になっていく。上のグラフでその位相カーブを観れば、まず2N3055の数10kHzの疑似ポールで−90°まで回転し、2段目差動アンプ及びドライバーの2SC959の1MHz当たりの疑似ポールで1MHz付近から−180°以降へと回転している。この辺の振る舞いは通常のポールに同じだが、その理由は、黒田某先生の「基礎Tr設計法」に「Tr内部のキャリアの蓄積はゆっくり立ち上がるので、1次遅れ要素を生み、これによるB−E間の(擬似的な)Cをベース拡散容量と言い、これとHieを含むベース・エミッタ間の抵抗とでLPFを形成する。これによるHfeのカットオフ周波数をfb(ベータ遮断周波数)といい、Hfeが1になる周波数をfT(トランジェンション周波数という。低周波領域のHfeをβoとすると、fbが−3dbポイントで、以後−6dbで減衰し、fTでHfeが1となり、この関係は、fb×βo=fTとなる。」と説明されているものである。






この数10kHz台と1MHz台にある疑似ポールをそのまま使ってしまったのが、我が改造後の電池式完全対称型パワーアンプということになる。

位相が−90°から−180°へ向かい始める1MHz付近の位相回転を初段に入れたステップ型位相補正で引き戻して何とかならないか、と考えた訳だ。




結果、上のステップ位相補正がない場合とを比較すると分かるとおり、1MHz超付近の位相回転が微妙に戻って、クローズドゲイン設定26dBなら位相的に大丈夫という状況になる。(^^)

が、よく見ると負荷300Ωでは位相余裕がなくなっている。が、実機はこの状態でも安定である。この点はさらに出力にパラに入れてある10Ω+0.1μFが利いているのだろうか。(^^;

この結果、我が電池式完全対称型パワーアンプのオープンゲイン利得特性は(ということはNFB量も)、下図のように超高域まで負荷に比例するという、あまり他に例のない面白いものになっているということになる。が、それが音にも好影響を与えるいるのか否かは・・・、まぁ分からん。(^^;(爆)






さて、終段パワートランジスタのベータ遮断周波数による疑似ポールを第1ポールとした我が電池式完全対称型パワーアンプの実機のパワートランジスタは2N3055ではなく2SD188である。2SD188のfTは規格上10MHzである。2N3055より1桁以上とまでは行かないがちょっと高いのである。

この場合fTが高いことは実は嬉しくないのだ。なぜならそれはこの場合安定動作を阻害する方向で働くからである。要するにその場合第1ポールと第2ポールが近くなってNFBアンプとしては不安定条件方向の要素なのである。

実機はいたって安定動作をしているので問題ないのだが、終段パワートランジスタのfTが高くなった場合どうなるのかを観ておく必要がある。

先ずは2N3055のエミッタに0.1Ωを入れてその電流帰還ローカルNFB効果でベータ遮断周波数を高めてみる。






あまりベータ遮断周波数が高くなった感じはない。が、よく見ると僅かに高域に伸びていることは確かのようだ。が、ほんの僅かだ。





これだと結果にあまり変化はないような気がするが・・・





やはりあまり変化はない。

0.1Ωではベータ遮断周波数アップの効果はないのか・・・。一番上では1桁アップするという結果だったのだが・・・(^^;






が、それは電池式ということで終段アイドリング電流をシミュレーションでも30mA程度に設定したためだったようだ。念のため終段アイドリング電流を300mA程度にしてみたところ・・・






やはり2N3055のベータ遮断周波数は高域に移行し、100kHz程度まで上昇している。






この状態で負荷4Ω、8Ω、16Ω、32Ω、300Ωでパラメトリック解析をしてみる。






駄目だ。第1ポールと第2ポールが近づくと位相は急激に−180に向けて回転してしまう。ここでは600kHz付近で既に位相回転が−120°に達してしまう。これではパワートランジスタのベータ遮断周波数を第1ポールにすることは困難だ。





やはり例の位置で位相補正する以外にないだろう。というわけでC1=5pF。






なぜこうなるのか理屈はイマイチ分からないが、取りあえず位相補正Cによるポールとパワートランジスタのベータ遮断周波数によるポールが連星効果を起こしたようにひとつに溶け込み100kHz付近のベータ遮断周波数によるポールが消えた。ので、1MHz付近の第2ポールでさらに位相が回転し位相が−120°に達する前にループゲインが0dB以下になるようにクローズドゲイン調整を行えばNFBアンプとして成立する状態になった。

そのクローズドゲインをNFBアンプとして成立するよう設定すると30dB程度か。No−139、No−144等の半導体完全対称型パワーアンプ第1世代のゲイン設定32dBにごく近い。(^^;






以上から、パワートランジスタのベータ遮断周波数を第1ポールとした我が電池式完全対称型パワーアンプは、どうも2SD188というfTの低いトランジスタを(それでも2N3055よりは高いが)エミッタ抵抗も使わず、しかも少ないアイドリング電流で動作させるなど、特殊な条件でのみ成立するものであることが明らかになってきた。

これを確かめるためにも、次にfTが35MHzと高いMJL4281Aを起用してみよう。

大体分かってきたので、MJL4281Aには最初から0.1Ωのエミッタ抵抗を入れ、アイドリング電流も300mA程度とする。









さすがにfTが高い分高周波特性が良い。そのベータ遮断周波数はやはり数百kHzと高い。

が、それは喜ばしいことか。というとそう単純ではない。2段目差動アンプの2SA872、終段ドライバーの2SC959、そしてMJL4281AのそれぞれfT由来のベータ遮断周波数に伴う疑似ポールが1MHz周辺の近い位置に集まってしまう。疑似ポールといえどもポールである。一般的にポールが近い位置に固まるのは不吉の前兆だ。






吉凶のほどやいかに・・・




危惧したとおりだ。MHz領域での位相回転が急だ。−180°も超えて−270°に向かっていく。






こういう場合は、例の位置の位相補正の強力な能力に期待するしかない。5pF






クローズドゲイン設定30dBなら大丈夫だ。





位相補正C=10pFならクローズドゲイン設定20dBでも可能だ。





が、位相補正で安定は確保できるものの、そのオープンゲインのfcは上のとおり8Ω負荷の場合で10数kHzとならざるを得ないのである。

折角パワートランジスタにfTの高い高域特性の優れるものを起用してもその優れた高域特性を生かせない。下手をするとパワートランジシタに高域特性の優れたトランジスタを起用したが故にかえって発振などのトラブルを招いてしまったりするのである。また、その回避のために位相補正が逆に大きくなったり、位相補正の場所が増えたりという事態にもなったりする訳なのだ。



我が電池式完全対称型パワーアンプを改造し、終段パワートランジスタのベータ遮断周波数を第1ポールとするものにしたそもそもの理由は、オープンゲイン時のfcを高めその意味で広帯域なアンプの実現を目指したのだった。

が、以上の解析からそれはやはり限られた条件でのみ実現する特異なケースでしかないことが明らかだ。

では、我が改造後の電池式完全対称型パワーアンプに代わるべき汎用性のある広帯域バイポーラ完全対称型パワーアンプを考えよう。



そのための課題と対応方向は既に以上の解析から明らかである。

妖しきシミュレーションシリーズNo−4において、完全対称型の広帯域化の限界を規定しているのは低周波小信号用トランジスタのfTであると書いたが、今回のシミュレーション結果も同様の結論を表している。各部の電流出力のグラフを見ると明らかなように、2SA872で構成する2段目差動アンプの電流出力も終段ドライバーの2SC959の電流出力もベータ遮断周波数によって1MHz付近から低下してしまい、結果この近辺にポールが重なってしまうのである。これら小信号用TRのfTは100MHz内外だからベータ遮断周波数が1MHz前後に重なるのは黒田某先生の解説からすれば当然なのだ。

だから、ここにパワートランジスタまでfTの高い高域特性の優れたものを持ってくると、1MHz付近にもう一つベータ遮断周波数によるポールが重なってしまうことになり、上手く行かないのである。下手をすれば思いが徒になって発振したりしてしまう訳だ。

だからこの場合の正しい解決策はひとつだ。高fTのパワートランジスタを起用しそのベータ遮断周波数を上げるのに併せて、そのドライバーや2段目差動アンプのベータ遮断周波数もさらに高域に上げることである。  って、ごく当たり前のことか(^^;





問題は、それをどうやって実現するか、である。2つの手段があるだろう。ひとつは単純明快、fTの高いTRを起用することである。今ひとつは電流帰還を使うことだ。ただし電流帰還を使う場合はゲインの低下を覚悟しなければならない。

そこで先ずは終段のドライバーである。ここは回路構成上電流帰還をどうこうすることは困難だ。よってfTの高いトランジスタに交換する以外に方法はない。ので2SC959(fT>50MHz)を2SD756(fT=350MHz)に交換してみよう。




下から2番目がそれだが、あまり変わっていないように見える。が、良く比較して観れば確かに高域に伸びているのである。1MHz付近からカーブが下降して一見伸びていないように見えるがそれは一番下の2段目電流出力に追随しているためで、その2つのカーブが平行を保っていることが2SD756のベータ遮断周波数が高域に伸びたことを表しているのだ。このグラフで判断すればそれは10MHz超であると思われる。





これで1MHz周辺の位相回転要素がひとつ消える。
その効果を観てみよう。






1MHz以降の位相回転が明らかに緩やかになった。2SC959の場合位相回転が−200°に達する周波数が3MHzであったものが2SD756のこちらは7MHzだ。




これだけでも位相補正的にはかなり楽になる。
例の位置の5pF。






クローズドゲイン設定24dBでも安定だろう。位相余裕が6dB広がった訳だ。




が、これで十分ではない。本丸は2段目差動アンプのベータ遮断周波数だ。このシミュレーションでは2SA872A(fT=120MHz)であるが、実機はfT>50MHzの2SA606(607)だ。広帯域化のボトルネックは実はここなのである。

ここも高fTのトランジスタに交換するという手もあるが、ここでは電流帰還で対処してみよう。

って、なにを隠そう(^^; 実は、新世代の完全対称型パワーアンプにおいて2段目差動アンプが電流帰還抵抗を入れる方式になった本質的理由はこれなのである。そのベータ遮断周波数によるポール(広帯域化のボトルネック)を高域に追いやるためなのだ。出力インピーダンスを高め過剰なゲインを抑制するというのは付随的な理由なのである。ま、言ってみれば一石三鳥であるわけなのだが・・・(^^;






これで目出度く2段目差動アンプのベータ遮断周波数も10MHz程度に伸びる。このグラフから2SD756の方もそれがちゃんと10MHz程度に伸びていたことが明らかだろう。

これで2つのベータ遮断周波数にともなうポールはパワートランジスタのベータ遮断周波数によるポールとは2桁離れた高域に移行した。この状態はパワートランジスタのベータ遮断周波数によるポールを第1ポールとした我が電池式完全対称型パワーアンプと同様である。





であれば、同様な構成が可能なのではないか。




可能なのだ。(^^)

クローズドゲイン設定18dB以上ならこれで他の位相補正の要もなく安定だ。
しかも負荷8Ωでオープンゲインfc≒400kHzである。超広帯域だ。

が、勿論2段目電流帰還によってそのgmは1/50程度(≒△33dB)に減っている。それはちょうど2段目差動アンプ部の電圧ゲイン相当であり、その結果が下のグラフでも約33dBのオープン電圧利得の減少となって現れている。






そのゲイン減少分は初段で補う。
30dB以上とかなりのゲインが必要であるからgmの大きい2SK117を起用する。

無理とは思うが、回路構成、回路定数を継承して取りあえずその負荷を1.2kΩにしてみる。





一番下が2SK117の電流出力である。

こうしてみると2SK117のfTもそう高いわけではないようだ。ベータ遮断周波数(FETの場合何というのか知らないので取りあえずこう言う)アップを重視してソース抵抗を100Ωとしたのだが、10MHzには達しないようだ。100MHzぐらい欲しいところだったのだが、まぁ、しょうがない。

ゲイン的にはこれで10dB程度だろうか。あと20dBは欲しい。






となると、やはり電源電圧を上げて、初段の負荷抵抗を大きくする以外にない。

K先生の最近の作例のようにさらなるハイオープンゲインを目指すとなるともう少し高電圧と高抵抗が必要だが、今の我が電池式完全対称型パワーアンプと同程度のゲインということであればこの程度で良いようだ。





ゲインはこの程度で良いようだ。

が、初段のゲインアップに伴ってそのベータ遮断周波数も明確に下がってしまう。残念だがしょうがない。






これでオープンゲインの電圧利得とその位相特性はどうか。







ゲインも十分だし、帯域も広い。そしてその位相回転も緩やかで素直だ。
まぁまぁの出来ではなかろうか。





これで例の位置への位相補正10p

なんだ。多いじゃないか。と思えるかもしれないが、2段目差動アンプの電圧ゲイン分のミラー効果が減少しているので、エミッタ電流帰還帰還抵抗を入れる前に比べると実質的には逆に少ないのである。




これでクローズドゲイン設定28dB以上で安定である。問題のオープンゲインfcは8Ω負荷で80〜90kHzだ。





初段でのステップ型位相補正も有効だ。





この場合もクローズドゲイン設定28dB以上で安定だ。ただし8Ω時のfcは60kHz程度だろうか。
ちなみに、これは終段2N3055のベータ遮断周波数由来の疑似ポールを第1ポールにした我が電池式完全対称型パワーアンプと同じ成り立ち。ということになる。







クローズドゲイン20dB設定は出来ないのか。新世代の半導体完全対称型パワーアンプのクローズドゲイン設定は20dB程度だ。
という要望がある場合は、No−174や176と同様に(2SA606のCobが位相補正Cとなっている)これらの位相補正を併用すれば良い。

負荷4Ω、8Ω、16Ω、32Ω、300Ωのパラメトリック解析。






8Ω時のfcが50〜60kHzに下がってはしまうもののこれならクローズドゲイン設定20dBで安定である。

これで汎用性のある広帯域電池式完全対称型パワーアンプが出来そうである。(^^)






新世代の半導体完全対称型パワーアンプが登場したのは、1999年6月号のNo−155だった。そのオープンゲイン時fcは、クローズドゲイン設定32dBであるとは言え、8Ω負荷時で100kHzと驚異的であった。

No−155においてK先生は“新構想による本機の回路”としてこう述べられている。「・・・ゲインを初段に集中し、2段目を極めて簡潔な構成にしているのだ。アンプのNFBに対する安定度はカットオフ周波数を決定する時定数の数とその分布によって決まる。時定数が少ないほど、また時定数が分散しているほどNFBは安定だ。」と。

あれから5年。その意味がベータ遮断周波数由来の(疑似)ポールの高域への分散であり、2段目を極めて簡潔な構成にしたのもそれが理由であったことを今日の今日にしてようやく理解したのだった。(^^; < とろいのぉ(−−)

No−167における8Ω時オープンゲインfc94kHzなど大電流型MOS−FETパワーアンプにおいてハイゲイン−ハイfcが実現している理屈も多分以上に観た理由によるのであろう。そして、以上の手法でパワートランジスタによりfTの高いTRを導入すればバイポーラトランジスタでのハイゲイン−ハイfcも実現出来ることも分かった。

このところNo−174、No−176と、出力素子にバイポーラTrを起用した完全対称型パワーアンプが発表されているが、直入さんによれば数日後に発売される6月号のNo−178もバイポーラTrによる完全対称型パワーアンプであるとのこと。新世代完全対称型の回路が、高fTのパワートランジスタの能力を生かそうと思えば生かせるものであることを知って、こうもバイポーラが続くとなると、もしや、いにしえの2N3055に代わる新パワーTRの起用がありえたりするのではないか、などと思う今日この頃なのである。さて、どうだろう。(^^;


先生、どうでしょう、こんなもので(^^;

「解釈は人それぞれ勝手である。が、真は一にして容易に得ること能わず。おさおさ怠ることなかれ。」

はっ m(__)m








最後に毎度のお断りを。以上のシミュレーション結果及びその解釈にはなんの保証もないので悪しからず。また登場したシミュレーションモデルについては何もお答えできないので重ねて悪しからず。(^^;




(2004年5月5日)