ぼやき No.148 2004/08/16 意味不明
昨年のぼやき、確か終戦記念日にして祖母の誕生日に暗い事を書いた記憶があります。
今年はあえて終戦記念日に触れませんでした。
新しいスタートを切ったのもありますが。
夏というのはなぜか毎年感傷的になってしまいます。
私が若い頃部活の大会がこの頃だったからでしょうか?
この年になってもまだ感傷に浸る私です。
一日遅れたとてその思いは変わらなかった。
某腐れ縁の後輩曰く、それでいいのでは?と。
確かに喜怒哀楽に年は関係ないか。。。。
馬鹿に付ける薬はないという。馬鹿は死なねば治らないとも。
私に付ける薬はあるまい。山梨に夢を拾いに行くのやら。夢を諦めに行ってくるのやら。
中学生が、高校生が演奏する姿を見て美しいと思う。
音楽を、楽しんで欲しいと思う。
自分の生活が困窮しているときに何を考えているのだろうか。
が、その道へ歩みたいとも思う。そして音を学びたいとも思う。
常識的には足元を見ていないと言われるだろう。
将来後悔する事もあるやもしれぬ。
が、今私の心は学びたいと叫んでいる。たとえ食事を削っても音を聴けと。
夏は毎年駄目だ。なぜだろう。
しかし、秋が来る。
ロシアの四季は冬から始まるという。
グラズノフのバレエ音楽四季は冬から始まり秋はフィナーレだ。
私も美しいフィナーレを迎えるべく、夏を耐えよう。
そうだ、今日は真夏の果実と少年時代、そしてグラズノフのバレエ音楽四季を聴いて寝よう。
この夏を乗り越えれば、秋が来る。