聖書のメッセージ


2015年12月13日(日曜)

待降節第3主日礼拝
北千住教会 持田嗣生牧師

「神に出来ない事は何一つない」
聖書 ルカ1章26−38節


------------------------------------------------
   天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き
 方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖な
 る者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベ
 トも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。
 不妊の女と言われていたのに、もう六か月になって
 いる。神にできないことは何一つない。」
           ルカ1章35−37節 聖書・新共同訳
------------------------------------------------

 
 26節の「六か月目」は、祭司ザカリヤの妻エリザベトが懐
妊してから六か月目の意であります。天使ガブリエルがガリ
ラヤのナザレに遣わされて来ました。ナザレは旧約聖書に一
度も出て来ませんし、ガリラヤはその歴史的経緯から「異邦
人のガリラヤ」とさげすまれた場所でした。そのような町の
マリアの所に天使は遣わされて来たのであります。マリアに
ついても特別な形容詞はついていません。
 天使ガブリエルはいきなりマリアに「おめでとう」と言い
ました。この語は「喜べ」の意で、神が遣わされる王なる救
い主の到来の時の喜びに使われている言葉です。天使は更に
マリアに「恵まれた方、神があなたと共におられます」と告
げたのですが、「神があなたと共におられます」という言葉
はイザヤ書7章に記されている、王なる救い主である男の子
の到来によってもたらされるインマヌエル(神、われらと共
にいます)預言との係りもあり、王なる救い主の到来と結び
ついた喜びであることを示しています。
 マリアがこの天使の言葉を聞いて途惑っていると、天使は
「あなたは神から恵みをいただいた」と告げ、「あなたは身
ごもって男の子を産む。…中略…その子はいと高き方の子と
言われる。神である主は彼に父ダビデの王座をくださる。彼
は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」
と告げました。この御告げはマリアにとっては考えられない
ことでした。第一に、男の人を知らないのに身ごもるという
ことです。第2には、その支配の終わることのない方が自分
から生まれるということです。マリアは「どうしてそんなこ
とがあり得ましょうか」と言いました。
 天使は「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを
包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
あなたの親類のエリザベトも不妊の女と言われていたのに、
もう六か月になっている。神に出来ない事は何一つない」と
告げました。
 確かに人間マリアにとって、自分の上にこの御告げが実現
成就するとは考えられないことでした。しかし天使は、この
出来事はすべて神の恵みの御業であり、神の聖霊による再創
造という比類のない御業であることを告げました。「神に出
来ない事は何一つない」という言葉はかつてアブラハムも聞
き、神の約束の言葉を信じ、この言葉のもとに自己を置いて
生きました。「神の言葉は必ずなる」と信じて生きることこ
そ神の民のありようでした。マリアは自分では考えられない
ことですが、神の御心と御言葉が自分の上に成就することを
信じ、自分を神の言葉のもとに差し出したのであります。
 われらも、神のわたしたちへの言葉が実現成就することを
信じ、その言葉のもとに自己を置いて生きましょう。