聖書のメッセージ


2015年07月12日(日曜)

聖霊降臨節第8主日礼拝
北千住教会 持田嗣生牧師

「キリストの時に生きる」
聖書 ヨハネ7章1−9節


------------------------------------------------
   そこでイエスは彼らに言われた。「わたしの時は
 まだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつ
 でも来ているのです。世はあなたがたを憎むことは
 できません。しかしわたしを憎んでいます。わたし
 が、世について、その行いが悪いことをあかしする
 からです。あなたがたは祭りに上って行きなさい。
 わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がま
 だ満ちていないからです。」
               ヨハネ7章6-8節 聖書・新改訳
------------------------------------------------

 
 6章では、自分たちの欲求を主イエスに求める群衆、主イ
エスの命を狙うユダヤ大たち、主イエスに生き方を学ぼうと
する多くの弟子たちが登場して来ました。しかし主イエスが、
ご自分が与えようとしておられる救いについて語られると、
その意味が分からず主のもとから離れ去って行きました。
 そうした中で「仮庵の祭り」が近づくと肉身の兄弟たちが、
ユダヤへ行って自分を公にし、ユダヤ人の救いの業を成すべ
きだと進言したのでした。「仮庵の祭り」は、ぶどう、オリ
ーブ、イチジクなどの収穫を感謝し、奴隷の地エジプトから
解放されて、約束のカナンの地に向かって、仮庵で生活しな
がら旅をしたことを記念するお祭りでした。それゆえこのお
祭りはユダヤ大がローマからの解放を願う期待や熱気の醸成
される時でした。それで肉親の兄弟たちはこの時に、ユダヤ
へ行って自分を公にするようにと進言したのであります。
 5節には「兄弟たちもイエスを信じていなかったからであ
る」とあります。先の登場大物たち同様、主イエスが神から
遣わされ、十字架にかかり殺され、復活して膿いの御業をな
し、聖霊を授与し、ご自分並びに父なる神との交わりに与ら
せるお方であるとは信じていなかったのであります。主イエ
スをユダヤ人の政治的解放者として期待していたようです。
 そうした中で、主イエスは上記の神の御業の成される時は
まだ来ていないと告げ、そして「あなた方の時はいっでも来
ている」と言われました。この世ではいつでも人々の考え、
欲求、そして計画によって全ての営みが展開されていますし、
それはいつでもこの世と同質なので何も新しいことではあり
ません。この世の秩序はまさに「あなた方の時」だと言われ
るのであります。しかし主イエスが「わたしの時」と言われ
る時は、神が新たにイエス・キリストにおける働きによって
この世に来たらせられる新しい時、新しい秩序です。当時、
主はその時はまだ来ていないと言っておられました。
 さて、主イエスが「わたしの時」と言われた時は、主イエ
ス・キリストの十字架の死と復活により殯いの御業がなされ、
主の御霊の授与によって、イエス・キリストの交わり並びに
父なる神との交わりに道が開かれることによってわたしたち
の世界に到来したのであります。
 今年はAD(主の年)2015年です。主イエスが「わたしの
時」と言われた時が到来して2015年目となっています。今わ
たしたちは、わたしたちの思いや業によって生きるというわ
たしたちの時」を生きるのではなく、主が「わたしの時」と
言われた主の恵み時の中で、主が備えて下さった恵みの道を、
互いに祈り合い励まし合いつつ歩ませていただきましょう。