聖書のメッセージ


2015年06月21日(日曜)

聖霊降臨節第5主日礼拝
北千住教会 持田嗣生牧師

「贖いのためのキリストの死」
聖書 ヨハネ6章52−59節


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   イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、
 あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またそ
 の血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのち
 はありません。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲
 む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終
 わりの日にその人をよみがえらせます。
           ヨハネ6章53−54節 聖書・新改訳
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 五千人の給食の後、イエスは繰り返し「ご自分が天から下
って来た命のパンである」と語って来られました。そしてそ
のパンとは、世のいのちのためのわたしの肉です、と語られ
ました(51節)。ユダヤ人たちはイエスのこの言葉の意味が分
からず、どのようにしてイエスの体を食べるのか、と語り合
いました。するとイエスは「人の子の肉を食べ、またその血
を飲まなければ、あなたがたの内に命はない」と言い、その
ことによる以外には罪の赦しと永遠の命に与ることは出来な
いことを告げられました。
 ところで、この主イエスの言葉はユダヤ人の存在と営みに
とって決定的な意味を持っている出来事を想起させる言葉で
した。イスラエルの民がエジプトで奴隷状態にあった時、神
は彼らの叫びを聞き、モーセを指導者に立ててエジプトから
の脱出と約束のカナンの地に導かれるのですが、その時エジ
プトの王は心をかたくし、イスラエルを解放しませんでした。
そうした中で神は、死の使いを遣わし、小羊の血を鴨居と両
方の柱に塗った家は過ぎ越すけれども、血の塗られていない
家ではすべて長子が殺されると告げられました。その時が到
来し、小羊の血の塗られていたイスラエルの家は長子の死を
免れましたが、小羊の血の塗られていないエジプト人の家の
長子はすべて殺されました。こうした事態でエジプトが混乱
している時にイスラエルの民は脱出したのでした。
 このことを記念し、イスラエの民は毎年、自分かちの罪の
身代わりとして小羊を殺して神にささげ、その肉を食べる過
ぎ越しの祭りを守っていたのです。
 こうした歴史的経緯の中で、主イエスは、すべての大に罪
の赦しと永遠の命を与るために神から遣わされ、ご自分が十
字架の死を引き受けると告げられたのであります。55節には
 「わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲物」
とありますが、この「まことの」は「真正の」の意味で、罪
の赦しと永遠の命を与えるためにイエスの肉と血が比類のな
いものであることを告げています。
 56節では「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わ
たしの内のとどまり、わたしも彼の内にとどまります」と、
永遠の命についての説明がなされています。「とどまる」は
 「いる」「生きる」等の意味があり、「わたしにつながっ
ていなさい」「わたしの愛の内にいなさい」とあるように、
交わりを意味する言葉です。イエス・キリストの贖いの御業
に与ることにおいてのみ、罪が赦され、主イエス・キリスト
との交わり、また父なる神との交わりに与って生きる者、す
なわち永遠の命に生きる者とされることが告げられています。