2ストロークディーゼルエンジンの幽愁
鉱山近くの湯田ダムは11年の歳月をかけて完成したアーチダムだ。
水没戸数600戸、道路の架け替え39qに及ぶことから、
その対策に幾多の年月がかかったという。
鉱山道路を下ると、
すぐにレールが朽ちている。
鉱床図には無いが運搬用の軌道があったようだ。
鋼製の設備も豪雪により破壊されている。
昭和16年9月には鉄鉱石の特需もあり、
従業員は600名に及んだという。
鉱車の車軸が残っている。
最盛期には年間1万〜5.5万tの鉄鉱石の生産があった。
本坑で生産されたのは低鱗鉄鉱石である。
低鱗鉄鉱石はリン(P)成分が少ない鉄鉱石。
鉄鉱石にリンが含まれると低温時に脆くなる。
リンの成分は低温脆性を引き起こす有害物質となる。
遥か下方の平場には多くの遺構が残存している。
当時の鉄鉱石からの製鉄は原料を高炉内にて熱風を利用し、
まず溶けた銑鉄(せんてつ)と鉱滓(こうさい)に分離させる。
銑鉄は炭素とか硫黄の含有を調整して、
粘りを持たせてから圧延加工する。
つまり高炉で製銑し、成分調整=製鋼した後、形を整える圧延が工程となる。
これはレシーバータンク。
レシプロコンプレッサーのピストンが分速250往復することで発生する 「脈動」
つまり不規則な振動を下流の機器に伝えないためのクッションが主目的である。
巨大なコンプレッサーも残る。
コンプレッサーは周辺の空気を吸い込み圧縮して吐出する装置だ。
約1/8に圧縮された空気は元に戻ろうとするエネルギーを蓄えている。
コンプレッサー自体を駆動するのはこの巨大な2ストロークディーゼルエンジンだ。
4ストロークは吸気→圧縮→爆発→排気をクランクシャフト2回転の間で行うのに対し、
2ストロークは吸気/圧縮を1行程で、爆発/排気を次の1行程で行うため、
クランクシャフト1回転で2行程が進み高出力が得られる。
ガソリンエンジンの2ストロークは爆発後の排気と未燃焼ガスが構造上、混じることとなり、
燃費や排気ガスの汚れに繋がる。
対して圧縮だけで爆発するディーゼル機関は燃料の無駄もなく、
騒音や振動の点を除けば大型船や産業機器には2ストロークディーゼルエンジンが採用される。
ディーゼル機関とコンプレッサーの接続部にはクロスヘッドが採用されている。
クロスヘッドは連結棒とピストンを用いて、
側圧(横方向への圧力)を無くすことでスムーズな運動に貢献する装置だ。
マウスon クロスヘッド
これは冒頭で解説したウォーシントンポンプだ。
コンプレッサーの圧縮空気を利用してピストンを摺動、
坑道内の溜まった地下水を排出するポンプである。
コンプレッサーには危険な圧力に達した時の安全弁が装着されている。
圧力開閉式ではなく、圧力調整式のアンローダー弁による制御のようだ。
低回転時や規定値を超えたときは弁が開いて低圧に、
運転状態時には弁を閉じて設定圧を保持する。
設定圧になるとモーターを電気的に停止する圧力開閉式に対して、
圧力調整弁からバルブを介して、設定圧以上に昇圧しないように、
吸気側バルブを強制的に開きモーターは停止させないのがアンローダ式だ。
これは起動抵抗器、DCモーターの始動時は電圧が低い。
いきなりの定格電圧では回転数を上昇させようと大電流が流れるため、
少しずつ回転数を上げる目的の始動時コントローラーだ。
富士電機(株)製の制御盤が残る。
「古河電気工業」=fと、ドイツの「シーメンス社」=Sの技術提携により設立された、
その証の銘板だ。
これは高圧電流を遮断することができる油入開閉器だ。
電流が流れている状態で急に遮断すると開閉器内部の接触部分でアークが発生する。
この接触子のアークを消すために油中で遮断するのである。
マウスon 油入開閉器
電流計には未だ封入されたグリセリンが残る。
メータ内にグリセリンを満たすことで針の動きが緩速となり、
針折れを防止するのである。
終戦後も鉄鉱石の生産は好調で、
昭和21年にも7,700t/年を出鉱、
昭和27年からは銅鉱石の生産をも開始する。
湯田ダムの建設期、昭和33年から38年までは、
遠平鉱床を中心に操業上支障が発生、
鉄鉱石部門は休山せざるを得なくなる。
鉄鉱石に代わったのが銅鉱床であった。
昭和36年11月には浮遊選鉱工場(20t/日)を整備し、
銅建値の向上も相まって生産が高まることとなる。
ところが昭和50年代に入ると、貿易自由化の余波もあり、
銅価格は下落、採鉱は中止となる。
その後昭和51年5月3日、6,442tの生産を最後に鉄鋼分野も閉山を迎える。
戻る