話題の環境ホルモンについて
京都栄養士専門学校
助教授 北村 新蔵
【はじめに】
1996年1月、アメリカ合衆国副大統領アル・ゴアは、その序の中で次のように述べている。
「一昨年の話だが、すでに古典となっているレイチェル・カーソン著『沈黙の春』の30周年記念版に−−−−中略−−−−まさ
かそのわずか1年後に、この名著の志を継ぐ書物にも文章を寄せることになろうとは、思いもよらなかった。
レイチェル・カーソン女史が声を大にして呼びかけてくれていたおかげで、私たちは米国民の生命を守るために新たな政策を展観
することができた。
『奪われし未来』は、カーソン女史が30年前に取り上げたのと同じくらい深刻な問題を提起しており、これには国民一人ひとり
が答えてゆかねばならないだろう。」
この中で述べている『奪われし未来』(Our Stolen Future)は、シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキー、ジョン・ピータ
ソン・マイヤーズの3人の共著という形で1996年に出版された。
そして、この書物をきっかけとして、前述のカーソンの名著『沈黙の春』と同様に、いわゆる「環境ホルモン」(内分泌撹乱化学物
質)という言葉が世界を席巻することになった。
その第一章 前兆の中で、1952年フロリダ湾岸のハクトウワシ、1950年代後半イギリスのカワウソ、1960年代なかばミ
シガン湖のミンク、1970年オンタリオ湖のセグロカモメ、1970年初頭南カリフォルニア・チャネル諸島のセイヨウカモメ、
1980年代フロリダ・アポプカ湖のアリゲータ、1988年北ヨーロッパのアザラシ、1990年代初頭地中海のシマイルカ、そ
して、1992年デンマーク・コペンハーゲンのヒトの精子の事例等を挙げて警告しているのです。
環境中のある種の化学物質は、生物の体内にはいるとホルモンになりすまして内分泌をかき乱し、その結果、生殖や成長そして免疫
系統に深刻な異常をもたらすことが明らかになった。
つがい行動をしなくなったハクトウワシ、メス同士で巣作りをするカモメ、ペニスが極端に小さくなって交尾できなくなったアリゲ
ータや雌雄同体のコイ科の魚.....。
この様に、野生生物を脅かしている環境ホルモンが、人間に全く無関係であるとは思えない。
そのため、人類の未来もまた、危機に瀕しているのではないか。環境ホルモンの疑いがあるとされている物資は、現在約70種程度
は知られています。
その代表格は、PCB、DDT、ダイオキシンなどである。
【ホルモンとは】
ホルモンとは、極微量で、生物の内部環境のホメオスタシスを維持するために働く、生理化学的に活性のある化学物質の一群をいいま
す。
ホルモンの機能としては、成長、分化、発育、生殖機能、糖脂質代謝、電解質平衡、神経、免疫系の発育や機能などに深く関わってい
ます。
近年になって、急速にホルモンに関する知見が増大して、神経系、内分泌系、免疫系が一体となって、生体のホメオスタシスの維持に
関与していることが明らかになってきました。
このことは、環境ホルモンが内分泌系の情報伝達をかき乱すだけでなく、他の系である免疫系や神経系の正常な機能にも影響を与えて
いることを意味しています。
【環境ホルモンの作用メカニズム】
図−1に環境ホルモンの作用メカニズムと思われている模式図を示しました。
本来のホルモンは前述したように、生体のホメオスタシス環境を維持するため、可逆的に作用するのに対して、(a)や(b)のよう
に、化学的構造が比較的似ているため、本来のホルモンの真似をしてホルモン受容体に強く結合し、余計な情報を生体に与えてしまっ
たり、本来のホルモンの作用を受けられなくしてしまう、つまりホメオスタシスを崩してしまうことになる。
【環境ホルモンと疑われている化学物質】
表−1に、内分泌撹乱作用が考えられている物質を示しました。
表−1:内分泌かく乱作用が考えられている物
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
アルキルフェノール
アルキルフェノールエトキシレート類
ビスフェノールA
ダイオキシン類
DDTおよびその代謝物
DEHA(フタル酸ジ2−エチルヘキシル)
フタル酸エステル
トリブチルスズ
塩素化炭化水素類
有機金属
植物エストロゲン
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これらの物質は、ダイオキシ類、トリブチルスズやDDTのように、以前から問題になっていた化学物質もあれば、ここにきて新し
く脚光を浴びてきた化学物質もあります。
ポリカーボネート樹脂からの溶出で問題になっているビスフェノールAや高分子物質の充填剤として利用されているフタル酸エステ
ル等が新たに問題となってきました。
これらの物質は先にも述べたように、その型が従来のホルモンと似ており、間違ってホルモン受容体と結合し、誤った作用を引き起
こすことになります。
【PC(ポリカーボネート)プラスチックからの溶出について】
学校給食で使われているポリカーボネート樹脂製の食器から、環境ホルモンとされているビスフェノールAが、溶出しているのでは
ないかという可能性が指摘されました。
ポリカーボネートは、「丈夫で、美しく、軽い」と三拍子そろった学校給食用食器材料として脚光を浴びてきました。
また、学校給食を行っている公立の小、中学校の約40.1%が使用しているとの報告が文部省の調査でわかっています。
ビスフェノールAの化学構造式は、図ー2に示したとおりで、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、防カビ
剤、抗酸化剤、染料、さらに、歯科材料の詰め物等に用いられています。
ビスフェノールAを含んだ餌を食べたラットの分娩回数が減ったり、人の乳ガン細胞の培養液に加えると細胞が増殖するなど、女性
ホルモンのような働きをすることが確認されています。
【終わりに】
今まで述べてきました環境ホルモンとされている合成化学物質は、人類の快適な生活を支える夢の物質として登場してきました。
しかし、その夢の物質が人類や野生生物を含めた生態系を乱しているのは、事実のようです。
それは、一歩使い方を誤るとゆっくりと人類の存続にまで影響を与え兼ねないようなもろ刃の剣となってしまいます。
私たちは、私たちの回りの自然の状況を素直な目で観察し、我々の子孫に対して持続可能な、よりよい環境を保っていくように努め
なければならないと思われます。
参考文献
1)化学、Vol.53 No.7(1998)、化学同人
2)環境ホルモン&ダイオキシン(別冊化学)、化学同人、1998
3)奪われし未来、シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキー、ジョン・ピーターソン・マイヤーズ、翔泳社、1997
4)メス化する自然、デボラ・キャドバリー、集英社、1998
5)
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