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 週日すけっち 
8.1
戦中派の夏

戦中派にとって八月は重苦しい月です。
二十年三月十九日の名古屋空襲で家を失い、一宮に転居し、七月末の一宮空襲は免れましたが転校してきた国民学校は全焼。
隣の学校へ通っていました。子供心にも、どうしようもない閉塞感がありました。
土地にもなじめない内に夏を迎え、終戦の十五日は、昼過ぎ、隣の家から聞こえてきた「何かの放送」が周囲の雰囲気を変えたように思います。
それから後、永い間重圧に耐える年月が始まりました。その後遺症は今も続いています。
これは生涯消えることは無いでしよう。

8.3
ヤングの意見はクール


この所の、靖国やら外務省人事やらにはウンザリ。
靖国や教科書問題を関連掲示板に意見を書くと、反撥やら攻撃やらでウンザリするので一切書いていません。
今日の新聞の投稿欄(ヤングの意見)を読むと高校生くらいになれば、ちょっと調べれば、何故こうまで
新聞が靖国、教科書問題を書き立て、総理が参拝を強行するのか疑問を持つのが当然です。
疑問に思う若者は、日本が過去、中国、韓国、その他、周辺諸国に何をしたのかを調べます。
今まで、親からも、誰にも教えられなかった事柄を知る事になります。若者は純粋に判断します。
大人は歴史認識の違いとか、人は死ねば誰もが同じように公平に神仏になるとか、戦争責任は国際条約で解決済みとか、色々言い訳を並べます。
その点、若者はある意味で公平に事実を眺め判断します。そして自分の意見を述べます。
今まで、ウヤムヤにしてきた事実が情報化時代では殆ど、すべてが公表され知る事が出来ます。
隠す事は出来ません。
靖国や国立墓苑問題などが、戦後五十六年経った現在まで、ズルズルと、色々な、しがらみで成り行き任せにされてきた事が、総理の参拝強行(まだわかりませんが)で国際問題になれば、それも痛みを伴ったショック療法で止むを得ないでしょう。
そこで、今頃になって、日本人も戦後処理が、いかにウヤムヤにされてきたかが分かるでしょう。
原爆や空襲による被害ばかりを強調して、自らの過去の過ちを覆い隠そうとする、ずるい考えを持った一部の意見に惑わされてはいけません。
マスコミも、やっと靖国、国立墓苑問題について意見を書き始めたのは、遅いとは云え良い方向だと思います。
いつまで、この問題を引き摺っていくのでしょうか。
いい加減に国際的にも通用するハッキリした形にしなければ、国の為に殉じた多くの戦没者は納得をしないでしょう。

8.7
Win98から2000への転換

既にOfiiceXPは発売されていますが、まもなくWinXPも発売されます。
ただし、かなりのユーザー制限がありハード本体(2台まで)の登録をしないと起動しません。
今までのようにCDとIDナンバーがあれば、かなり多くの人がコピー使用していた状況は無くなるといわれます。
確かにバージョンアップが進みOSやアプリケーションも多機能になりました。使いこなせるかどうかは別にして・・。
ただ、ハードによっては対応しない物もあるので新機種に買い換えなければならない事もあります。
旧機種の場合、添付されていたドライバーもバージョンアップされなくなり使えなくなります。、
今は、かなり安くなった新機種に変えたほうが添付ドライバーやソフトを別途購入するより安上がりという事になります。
それほど、パソコン本体を始め周辺機器に到るまで激しい機能アップと値下がりでユーザーは助かりますが、メーカーは採算割れで業績悪化生産中止という事態です。
ユーザーにとっては少ないコストで色々な事が出来ます。
これはチャンスです。やる気があるかどうかが問題です。
企業内では付いて行けない人達が真っ先にリストラ対象です。
割増退職金を一時貰って退職しても再就職の道はあるのでしょうか。
仕事が出来ないからこそ、リストラされるので、これから後、何が出来るのでしょう。
会社分割が進み今日は一流大企業社員があすは小企業社員になる時代です。
サラリーマンも一自営業者の感覚がないと、何時、失業するかもしれない時代になりました。
それだけに、絶えず時代を先取りする感覚が必要になります。今までの学歴社会、受験戦争に育った若者達は戸惑うでしょう。
構造改革はそこまで要求されます。時代錯誤の既得権益にしがみつく輩は排斥されなければなりません。
そうでなければ世代間の交流は途切れてしまうでしょう。能力に応じた世代毎の役割を認識しないと、唯生きているだけの高齢者は邪魔者扱いされかねません。
年代それぞれの立場役割を認識しなければいけないでしょう。

8.12
盆踊りが終わった


怪しげな天候の合間を縫って10、11の盆踊りが終わりました。
昨年は地区役員でもあり、盆踊りの設営から当日、後片付けまでをビデオ撮影。
その間隙を縫って踊りもやりました。
私の踊り歴は、あまり地元には知られていなかったので「アレ・・」と思った人がかなりいたようです。
今年は、どうせ知られたなら、地元の民踊グループに協力して、より良くしようと、六月から練習にも参加。12曲ほどを選定。プログラムも作りました。
今までは、司会者任せの行き当たりバッタリの進行だったのでバタバタしていました。
今回は初日はスケジュール通りでしたが、二日目は壊されました。来年はもっとしっかり調整する必要があります。
進行係りが踊りに精通していないと駄目です。
タイムスケジュールは、どのようにでもなりますが、踊りの習得は簡単ではありません。
3年、5年やっても綺麗には踊れません。
盆踊りは、当日参加の人は行き当たりバッタリ我流でも良いのですが、有る程度、踊れるメンバーいて、お手本を示さなくてはいけません。
そこまで踊れる人を揃えるのが大変です。矢張り年間を通じて稽古をしておく事が必要です。
来年は地区役員の実務的な仕事からからは離れますから、レクレーションや学習など、文化面で活動したいと思います。
これほど多く踊ったのは10年振り位です。
「よさこいソーラン」のシニアグループが出来れば、それに参加するのも良いなと思っています。

8.13
靖国参拝中止、国立墓苑設置の明言


あるサイトの掲示板には時々意見を書いています。
掲示板は記録には残らないし、反対意見の妨害を受ける事も考えられます。
その為でしょう。匿名が殆どです。
まさか身に危険が及ぶことは無いでしょうが、皆無とは言い切れません。
そこで、今の心境を記録に残す為、ここに書きます。
八月十五日、総理が靖国参拝をすると言っています。軍恩連盟、遺族会、神道連盟など、色々な団体への約束や、その圧力と、自らの認識不足が混乱をもたらしています。
ここまで大きな問題になるとは思っていなかったのでしょう。考えが単純過ぎたと私は思います。
単なるセンチメンタリズムで公言した事が、これほど大きな問題を孕んでいたとは知らなかったのでしょう。
もう、こういった大きな問題になれば靖国参拝は出来ないでしょうし、してはいけないと思います。
一旦、中止して国立墓苑の設置を明言し、靖国神社は行きたい人が自由に行けばよい普通の神社として、そのままにすれば良いのです。
私個人は、靖国神社も護国神社も一切参拝する気はありません。それが個人の信教の自由です。
国民全体の意思だと思い込んだのが間違いなのです。
靖国神社の要請を受け、簡単に留守名簿から遺族の了解も無く名簿を提出した厚生省の事務的な対応もいい加減なものだと思います。
A級戦犯まで同じような対応をした無神経さにも呆れます。国民の知らない所で、一部の政治家と団体、役所が処理した事が、今になって国民が知る事になり大問題になったのです。
全ての軍人、軍属などを名誉の戦死という美名のもとに祀ってあるんだという錯覚を遺族に与えた、やり方が国民の総意だという、すり替えにしたのです。
私も戦後四十三年、そうだろうと思っていました。
名誉の戦死とは程遠い惨めな最期を遂げた人達が如何に多い事か。
戦争指導者を始め、軍上層部は死ななくてもよかった、多くの兵隊や住民(近隣諸国民も)を死なせたのです。
見殺しにした人物と、殺された人達を一緒にして、参拝しろとは許される事ではありません。
それを認めると言う人達は、それぞれ勝手に参拝すれば宜しい。
殺された人達を始め、引き取り手の無い、無名の収集された遺骨を含め国立墓苑を設置すべきです。
総理は、それを明言した上で、自分の行動を考えるべきでしょう。
靖国問題を解決する事は大きな業績になると思います。
勇気を以って英断される事を望んで止みません。

8.15
敗戦の日


昨日、一昨日と「NHKスペシャル。特攻、捕虜」の二つの番組がありました。
いずれも生と死の問題です。前者は終戦が告げられた後、出撃した特攻隊の事。後者は捕虜になって生還された人達の、その後の生き方。
日本人とは何かを問いかけるものです。死ぬ気は無くても生きて行くことが許されない立場。
捕虜になって帰った場合日本人社会では「生き恥を晒した情けない人間」として家族までもが非難される国民性。
フランクギブニーさんは、日本人は、
ブレーキメカニズムの効かないのは悲劇的な欠陥だと言われる。
それにしても、アメリカは情報を大切に記録保存、公開し多くの人に考える機会を与えるのに対し、日本は記録の隠蔽、抹消、廃棄などで闇に葬る傾向が多く見られます。
情報公開にしても制限が多すぎます。後ろめたいものが有るのかと疑われても仕方ないでしょう。
外務省の役人が公金を流用し停職一年だという。
明らかに横領(刑事事件)です。民間企業では決して許されない事です。
年若くして死んで行った、特攻始め多くの人達。放送では城山三郎さんが
「早く散る花は美しくても残った枯れ木の苦しみの年月はあまりに永い」
と言われました。
私も、父の出征までは恵まれた環境でしたが、空襲、敗戦、父の戦死以降は、全てが自己判断の人生で、時々、気まぐれのように僅かに花が咲くことはありますが納得のいく咲き方は中々しません。
捕虜になり生還された方が、その思いを日記に四ページ書き、その後は空白のまま遂に書き込まれませんでした。
私は、昭和二十年以後の自分の環境を書く気持ちにはなれずに来ました。今も書こうとは思いません。
頭に浮かぶのは家族が揃って暮らした頃の、名古屋市東区葵町と名古屋市中心部や千種区の風景です。
前述の
「早く散る花は美しいが残った枯れ木の苦しみの年月は、あまりに永い」と言うのは実感です。
話し合える両親の無い五十五年は本当に永い年月です。
こういうことが二度と無い時代であって欲しいと思います。

8.16
あいち・平和と戦争展


昨日朝、この地方のニュースで、以前「名古屋空襲を掘り起こす」集会で資料を頂いた高木傭太郎さんが、開催中の「あいち・平和と戦争展」展示の空襲資料の話をしておられたので、今日は、会場「名古屋中小企業センター」へ行って、お会いし、色々話してきました。
盆休みも終わったので空いているだろうかと思っていましたが、かなり大勢の人が見に来ていました。
今年は靖国問題が大きな話題になり、太平洋戦争とは何だったのか、戦争責任とは、どういう事なのか、知らなかったでは済まされないと思う人が増えたように思います。
私は、戦争の実態の多くの事を十数年から知りましたが、今、これほど多くの人達が関心を持つと言う事は、戦争の事を知らなかった人が、かなり多く居るという事でしょう。
「教えられなかったから知らない」では済まなくなっているのです。今の、親世代の責任です。
今、若い人(中高校生以上)は戦争とは何であったかを知ろうとしています。知らせるべきです。
又、メデイアによって知ることが出来ます。
ウヤムヤに言い逃れてきた指導者と言われる人達は若い人達にその本質を見抜かれるでしょう。
昨夜の「NHKスペシャル」で城山三郎、沢地久江、岡本行夫さんを交え若者達と二時間近くの討論がなされました。
肝心なのは、当事者が責任感を確立することが必要であり、それがなされていない社会構成が世相をおかしくしている原因ではないかという意見でした。
言うべきことを言ず責任転嫁をする横並び体質がモラルを低下させているのです。これでは教育になりません。
親の世代がしっかりしなければいけません。
物事の本質を確かめようという考えが現れ始めた事は良い傾向だと思います。

8.21
さて、これからは


一時、人で溢れていたパソコンショップが閑散気味。
買う人は、もう買ってしまったんでしょう。値段も大幅ダウン。
30GのHDDが¥10000以下。メモリーも128Mが¥2000以下。
富士通も生産中止で合理化再建策の発表。一時のパソコンブームが嘘のよう。
もう次の段階に来たのでしょう。ハードもソフトも東南アジア(インド、シンガポールなど英語圏)が日本よりハイレベルだという。
日本は大丈夫でしょうか。能力の伴わない学歴社会の弊害の表われでしょう。
インターネットも、まだ文と画像(これも不十分)の表示くらいで止まっています。
アマチュアの情報は貧弱ですから中々レベルアップは難しいし限界があります。情報収集には行動力が伴います。伝達の方法も考えなければなりません。
ハードの能力は、特殊な事でなければ充分な機能があります。もう、この先は人間性が問われるので難しい事になります。
所詮、ハードはハード。便利な機械でしかありません。これから、どういう方向に行こうかと考えています。

8.28
にっぽんど真ん中祭り


「にっぽんど真ん中祭り」が、24日の前夜祭を皮切りに開催されました。
気侭に出掛けようかと思っていましたが、当地に今年発足した「舞夢踊華」という、よさこいソーランチームから「映像取材をして貰えませんか」というアポイントがあったので、体力とスケジュールの合間を縫って出掛けました。
今年は会場が8箇所になって、それぞれへ移動演舞をするというのと、パレードが、過去の広小路二夜が、25日午後1.30〜4.30迄の大津通り大パレードになったので取材は限定されました。
「舞夢踊華」は前夜祭久屋メイン会場。25日、鶴舞公園、金山駅前の3箇所を取材しました。
「舞夢踊華」はパレードには参加しませんでしたが「ど祭り」のメイン行事は何と言ってもパレードですから、炎天下180分の内、90分で取材中断。
3.30分からの鶴舞会場に向かいました。演舞の後、金山へ地下鉄で移動。6.00迄取材、私の取材は終わりました。
早速、キャプチャー画像処理アップしました。
パレードが2日あれば、26日も行くつもりでしたが、25日1回限りだったのと、26日は地元公民館会議出席が夜あったので、残念ながらフィナーレは取材出来ませんでした。昨年は、終わりまで久屋に居たんですが・・。
若いパワーの中にいるとエネルギーが貰えます。「さくら道マラソン」もそうなんですが、別にお礼が貰えるわけでもなし、サポートには多少出費が掛かるくらいなんですが、何か元気が貰えます。
無理して付き合う事はないんですが、これからの人達に喜んで貰えれば、それも未来への励みになるかと出掛けて行きます。
「間に合わなくなったらご免よ」と思いながら、やれる間は応援しようと煽てられて出掛けます。

8.31
今年の夏は


今年の夏は例年になく、よく動きました。
6月末から暑さが始まり「本町フェスタ」の「よさこいソーランパレード」は蒸し蒸しの状態。
例年、雨に祟られる青年の家の盆踊りも、珍しく晴れ。七夕祭りも晴れ。
地元連区の盆踊りも総て晴れ。盆踊りが、たっぷり出来ました。
終戦(敗戦)の日を中心に、毎年、心痛む数日間。
これは、終生、引き摺ったままです。私の人生を変えた解決しない課題です。
自分は踊れませんが「にっぽんど真中祭り」への一宮チーム「舞夢踊華」への関心もあり、イベント終了まで側面から関わることになりましたが無事終了し、この夏の行事は一段落したようです。
雨も殆ど降らず、猛暑の季節でしたが何とか通り抜けたかなと思います。
9月は、行事も少なく、夏の疲労回復と次の段階への充電です。
しばらく、プログラムから離れていましたが、関連サイトを見ると一段とレベルが上がっている様子。
ハードの機能は充分ですが、人の能力は簡単には向上しません。
IT不況でもIBMはSEを10000人採用するという。それほど人的能力は充足されていないという事です。
人は、一旦、楽をしてしまうと、面倒な事はしたくないと逃げるのですが、もうそれは許されないでしょう。
じっくり腰を据えて、努力を続けるしか、将来の展望は開けないでしょう。もう後ずさりは出来ないのです。


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