名古屋の中心恵方・大須界隈散策



祭・町並み探険学の行動開始はまず地元を見つめる意義もあり節分祭が行われる太須を中心にした史跡めぐりコースからスタートした。


2月3日、節分の日。夜半から降り積もった雪を気にしながら集合場所の若宮大通りの「からくり時計」前に急ぐ。参加者は木村、黒瀬、長崎、小島、長野、川井、柴田の7名。


今日のコースは名古屋の最大商店街、大須を主とした見開探訪記
清浄寺⇒三輪神社⇒万松寺⇒春日神社⇒大須観音=富士浅間神社=陽秀院


時代の変遷と伴に地域の文化、伝承など変化していくのは何時の時代も同じ。

車社会が中心の現在、大規模商店の進出により地域の様相は一変する。だがここ大須・万松寺商店街だけは何時訪れても活気があり元がある。市内に数ある商店街において最高なる盛況ぷりである。:なぜだ!
最初に訪れた所は通り沿いにある

清浄寺』元禄13年に創建された地蔵尊矢場地蔵と呼ばれ縁日は8月24日。従来の賑わいは今では見られないとの事。
以前は境内が広く小林城趾や剣豪の隠居地などが在ったと言われるが戦禍にて焼失、:今ではその名残りは何処も見られない残念である。


境内の片隅にある芭蕉の二句


人も見ぬ春や鏡の裏の梅
盆過ぎて宵闇くらしむしの声

後日談・最近大阪の古書店から長年謎とされてきた松尾芭蕉の「奥の細道」の直筆本が発見されたと新間報道。天才俳人は「思いつくまますらすらと詠んだ」と思いきや一句に何度も推敵、修正した紙がなんと74箇所にも。俳聖、芭蕉が句に懸けた気負いを感じる。
何故か手をかざした境内にある石灯館の年号は文久二年とかすかに読める。西暦1862年、今から134年前の灯麓となる


『小林城趾』城主は牧長清、信長の妹一柴田勝家の妻の姉一をめとる。夫人は小林殿と呼ばれれ住民に慕われたと言われた。しかし城主が死去後廃城(1688−1704)となり、元禄年間にこの地に清浄寺を建立されたと言われた。
牧長清は大和の三輪明神から勧請したとされる三輪神社へと向かう。


『三輸神社』の鳥居に歴代藩主も崇敬しただけに王つ葉葵紋が見える。
は幸宮社が祀られている。・:・・猿田彦社:猿田彦命社::‘・秋葉社:火其土之.命社・天王社:須佐之男命社
大勢の賑わいの中でこの地での境内の静かな雰囲気が安らぎを感じさせる。何故か気に入ってのんびりしていて、気が付いたら仲間の姿がない。又別の機会にじっくりと視てみたい。


三輪神社の斜め前にある三階建ての家屋がいやに印象深く後日、数度訪れてスケッチした。


戦後まもなくの建物で1階だけ借りて麺類の店(きし仙)を経営しいるとのこと。この地に来たら是非この店で「きしめん」を食してほしい一度だけこの店できしめんを食した店内には有名人の色紙や新聞の切り抜きが掲げられている。めん通には結構、名の通ったお店らしい。


『万松寺』1540年(天文9年)信長の父である信秀が創建した織田家の菩是寺。この地は何度か訪れたが建物を清りながらお墓までゆつくり見聞。身替わり不動尊、白雪稲荷、御深井観音が祀られて、賑わいの中心地となっている。
多くの人が期待して上を見上げていたカラクリ劇も降雪の為か?カラブリに


『春日神社』奈良の春日大社に模造した神社。天児屋根命(アメノコヤネノミコト)を祭神とした典型的な春日作りの社殿。創建は949年(天歴3年)と古く(当時の境内の敷地は広大なる神社で遣各か富まで見渡すことが出来たと言われるなど皆それぞれ甘酒を頂いての探訪。あまりの熱心さ?に宮司さんからいろいろ神社やこの地域について説明を聞く。境内の石灯篭の字句の謂れにいたり聞かされ驚いたり感心したりの神社参りでした。
途中繋華街を散策しながら『富士浅間神社、大光院、陽秀院』を見学しながら昼食自由散策とし各自の行動とした。

名古屋市の節分の恵方のお寺はこの地を中心に右周りに順次に引き継ぐという。中心に当たる大須観音は毎年節分が実施される。


大須観音名古屋市の観光10か所の1つである観音様。真福寺(寺号)宝生院(院号)其言宗智山派の寺院。
今から380年前、名古屋の地も徳川の時代、家康の命により当時全国有数なる賑わいを誇った清洲の町をそのままそっくり移すことにより出来あがつたのが名古屋の町作りは有名な話である。
また、大須の地名も尾張国中島郡大須郷(現在の岐阜県羽島市)の大須から慶長17年に拝借した地名。「おおす」とは州、すなわち木曽川と長良川の合流により出来た古来からの地質名。その規模が大きい砂州から「おおす」と呼んだ。


余談であるが仕事で長良川の水質調査で時々この地域を訪ねる機会がある。
その度に以前訪れた大須観音、宝生院のことで頭をかすめる。とにかく、この地点一帯はどこまでも広大で富沃なる農地帯でのどかである。
名古屋の町並みの原点が清洲にあり、大須の本家がこの砂州地帯にあった事を名古屋の多く市民特に若い人達に知っておいてもらいたい。

柴田良成


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