第1回法廷(2007年1月25日) - 新勤評反対訴訟

1・25第1回裁判・報告集会報告

傍聴席があふれる中!
「評価・育成システム」による教育の破壊・危機を訴える
新勤評反対訴訟第1回法廷が開かれました

第1回裁判報告

1月25日、「新勤評反対訴訟」の法廷が開始されました。当日は、原告24名を含めて何と135名もの参加者。傍聴席は91席、20名もの方に座っていただけない事態になりました。事務局の不手際もあり、改めて傍聴参加者にお詫びと感謝を申し上げます。

支援者が見守る中、原告24名・原告側弁護士3名、それと向かい合って被告大阪府側の弁護士1名、府関係者(後の話では「評価・育成システム」の企画・担当者が含まれている)が着席。午前10時裁判官が入廷し、いよいよ開廷。

原告側弁論――被告側本案前の申し立てに反論、教育の危機を訴える

最初に原告側弁護士より、被告側が「答弁書」の中で示した「本案前の主張」――それは私たちの訴状の「請求の趣旨」、すなわち、第一に「自己申告票の提出義務のないことを確認する」こと、第二に2007年度以降の勤勉手当て額及び昇給について、自己申告票を提出しないことを不利益に評価されず「勤勉手当ての成績率の取扱いについての考え方」及び「府立の高等専門学校、高等学校等の職員及び府費負担教職員に係る勤務成績に応じた昇給の取扱いに関する要領」の当該項目の「適用をうけない地位を有することを確認する」ことの二点とも「不適法」であるとの主張、さらには府費負担職員については、「相手方当事者は、当該市教育委員会が属する市であって」大阪府ではない、という主張――に対する反論が示されました。

その反論は、まず被告の後者の主張については、府費負担職員の任命権者は大阪府であり、給与は大阪府が負担するものである以上、被告は大阪府であるということ、さらに前者については、被告は長野の勤務評定に関する最高裁の判例を引用し、「このような訴えについては、法令の規定が具体的に適用されて何らかの不利益が生じた場合に、これに関する訴訟のなかで事後的に争ったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がない限り、法律上の利益を認めることはできない」と主張していますが、不提出によって来年度から原告らの勤勉手当て、給与にまさに実損が出ようとしているのであるから当然の訴訟であるというものでした。

さて、弁論が終わった途端、裁判長から今日の法廷は、後に自分の担当する裁判が控えているので、30分で打ち切るとの突然の訴訟指揮。1時間の法廷を予想していた私たちもあっけに取られましたが、残念ながら訴訟指揮は裁判官の権限。抗議はさておき、原告側の陳述に入り、裁判の内実を取ることにしました。

原告陳述――「評価育成システム」が教職員の協働を破壊し、子どもたちに被害を与え、教育現場に危機をもたらすものであることを、職場の実情を踏まえ訴える

早速、二人の原告から職場の現状に根ざした「評価育成システム」に対する弾劾の陳述が行われました。裁判長に短時間を宣告され、多少の焦りを感じたであろうにも関わらず、両者の陳述とも、裁判長の制止にかかわらず自然と拍手が巻き起こる素晴らしいものでした(詳細は別記事 → 小学校教員陳述書要旨)。

最初に定時制に勤務する高校教員が陳述。彼が強調したのは、多人数の生徒が在籍する定時制の廃校について何の反論も示さず、府教委に唯々諾々と従う校長に評価されることへの不信感。職場の教職員、さらに定時制が持つ共同体性にシステムがもたらす破壊的作用。教員が目標管理されることにより、定時制生徒の自発的創造性を伸ばすのではなく生徒を操作対象としかみないようになる上意下達のシステムにほかならない、といった点でした。

「学校は一般企業とは異なります」と陳述を開始した小学校教員が強調したのは以下のような点でした。生活そのものが困難に置かれている地域で、しんどい立場の子どもたちに寄り添って自分は教育活動を行ってきたつもりである。こうした教育は教員が協力し共同で対応しなければとてもできるものではない。しかしシステムは教員をバラバラにし、自分の中だけで事柄を処理しよう、荒れたクラスは持ちたくないといった傾向を生み出している。学力テストの強調、同質性の強い職場は結局多様な子どもたち、困難を抱えた子どもたちを切り捨てることになるというものでした。

次回法廷は4月3日。システムが教育の条理に反し、教育を危機に陥れるものであることをさらに訴えよう

大阪府側は原告側弁護士の反論、二人の陳述に対して当日は一つのコメントさえしませんでした。

ところがここで法廷は終了。わずか30分。しかも裁判長が陳述はあと一回との指揮。私たちは、現場からの声を積み上げ、何とかこのシステムの教育への破壊的作用の暴露を法廷内外で強めていかねばならない、との思いを一層強くさせられました。

報告集会の報告

第1会法廷報告集会

法廷後、場所を変えて開催された報告集会についても会場溢れんばかりの原告・支援者に結集していただきました。

訴訟団事務局長の挨拶はこれへの感謝で始まり、集会が2回目、3回目の裁判に向けての準備であるとしました。

弁護団から各様の発言――新たな教育裁判を始める意気込み

集会の最初に私たちの裁判を支えていただく三人の弁護士から、三様の挨拶をいただきました。それらはいずれもこの裁判を支え、新たな教育裁判の範を創ろうとする意気込みに溢れたものでした。

冠木弁護士からは、この裁判は大阪府の「答弁書」がいうごとく「不適法」でも何でもなく、提出を義務づけられ、不提出で被害を受ける者にとっての何ら法律上問題のないものであること、また、「答弁書」については、準備書面で反論していくこと、さらにシステム下の教育現場の現状を一層収集し、押し出していくことの必要性が訴えられました。

武村弁護士からは、教育法の蓄積が兼子仁さん以来見えてこず、これまで教育・教育現場が何を大切に頑張ってきたのか、(子どもにとっても保護者にとっても)大事な価値は何なのか、また何が失われようとしているのか、何を失ってはいけないのか、その生の現状を理論化していくということ、裁判所で闘える理屈を(この裁判を通じて)再構築していくことの必要性が語られました。

最後に中島弁護士からは、教育の何たるかがわかっていない教育再生会議の報告が出たことを念頭に、教育のあり方はこうなのだということを(裁判で)主張できたらとの訴えがありました。

陳述者からの発言――「ぼくら」の主体性の確立を。個性的な集団こそが子どもを救う

次に、再度二人の陳述者から陳述の背景となった思いが語られました。

定時制の高校教員は、廃校を前にした自分の問題として陳述をすること、校長への不信、システムの上意下達性、そして創造性豊かな生徒を育てる教育は、何より教員の共同性、主体性に裏付けられたものであること、互いに語り合いながら「ぼくらの」主体性が確保されることの必要性を語り、あわせて「口頭陳述がいらんのはおかしい」と訴えました。

小学校の教員は、陳述をするのは当初気が重く、むしろ校長は柔らかな形で導入してきたので、数年先のことを語ればよいのかなと思っていたが、よく考えてみると足元の教職員の関係はじわじわ崩れ、新任と日々語らいながらの教育も崩れているのに気付いたと語りました。そしてこのシステムの一番の犠牲者が子どもとなること、個性的な教職員集団こそが子どもをすくい取ることができると指摘しました。

参加者からの声――すごい元気が出た。システム反対の声を一つに。子どものために頑張って

ついで参加者からの発言が続きました。原告の一人からはこれほどの支援者の結集にすごい元気をもらった。定年まで元気で闘えるとの発言。

さらに多くの教職員は評価システムに疑問を持っている。その声を何とか一つに、市民とのネットワークも広げてとの発言。

小学校の子どもを持つ保護者からは、本当に子どもが犠牲にならぬよう頑張ってほしいとの声援がありました。

事務局、団長より――裁判の全国的意義と今後の方向性、さらなる支援を

最後に事務局から裁判の全国的意義が強調されました。それは、教員評価制度が給与反映されている、されようとしているのは東京、大阪だけである。すなわち他の道府県の教育委員会も組合もこの裁判の動向を見守っているということです。さらに教育再生会議も教員に対する「メリハリのきいた給与」を示すことで、教育の国家化を進めようとしている時、それに対する抵抗の意味を持つということです。

また、裁判の今後の方向性として、第2次、第3次の行政訴訟と、すでに自己申告票を出してしまった人についてもその精神的苦痛に対する補償を求める民事訴訟を考えていること、さらに3月中、下旬には保護者・市民にも関心を広げてもらうために集会を開催することを提起しました。

集会は最後に訴訟団長の挨拶、すなわち、徐々にではあるが私たちの主張が教職員の間に支持を広げている、多くの支援者の参加を受けて勝利的に発展している、さらなる支援を受けて闘争の意義を広めたいとの挨拶で締め括られました。当初の予想をはるかに上回る支援者の参加を受け、訴訟原告団は大きな勇気を与えられました。第1回裁判そして報告集会は大成功裡に終了したことを報告します。