

志津:ホームページの管理プログラムが壊れていたにせよ、更新が遅れがちであったことは事実ですよね。
木村:すみません。読者の皆様には大変失礼し、申し訳ありませんでした。
志津:この数ヶ月、何をなさっていたのですか。
木村:私は、この3ヶ月間に5ヶ所、農家の代表者や農業団体・公務員の方に研修・講演を行いました。
志津:課題は何でしたか。
木村:与えられたテーマは、全てほぼ同じで、「水田農業の現況と今後の方向」に関するものでした。そのため、できるだけ地域に関わるデーターを集め、分析し、また、アベノミクスの農業に関わる成長戦略を整理し、現状の危機的な状況と成長戦略のねらいを取り纏めました。研修・講演地域が異なるため、そのデーター分析には時間がかかりました。残日談義のことが、大変気になっていました。すみません。
志津:わかりました。アベノミクスの農業成長戦略については、わかりやすくまとめていただけませんか。
木村:その前に、勝手ですが、最近の研修・講演で感じたことについて、話させて下さい。非常に重要だと思いますので。
志津:わかりました。では、あなたは研修・講演で、何を強調されたのでしょうか。そのポイントからお話下さい。
木村:共通して特に強調したのは、次の5点です(ほぼ都府県農業の姿)。
まず第1点は、水田地帯においては、男基幹的農業従事者のうち40歳未満の者はわずかで5%未満にすぎず、逆に65歳以上が60%以上を占めているということ、そして、1集落での男40歳未満基幹的農業従事者はせいぜい0.5人前後であること。すなわち、農業労働力の高齢化が顕著であり、1集落単位でみた場合、農家での農業はもちろんのこと、明日の集落の担い手となる農業従事者は皆無に等しいと言うことです。
第2点は、そうした状況の中で、現代は、戦後の稲作農業を築いてきた人達の世代交代が本格的に展開する時期に入ったこと。しかし、販売農家の後継者の有無について見ると、男で同居後継者がいる農家は4割程度であり、特に同居後継者のうち農業に専従(年間150日以上農業従事)している者は、皆無に等しい。逆に、同居後継者であってもほとんど農業に従事しない者が多く、これに他出後継者、後継者無しを加えると販売農家の8割以上となる。ここから言えることは、すでに水田農業での世代交代は失敗しているとみてよく、今後も農業の継承は難しい状況にあるということです。
第3点、平成23年より農業者戸別所得補償制度が本格的に実施されました。23年度水田作経営における農業所得に占める所得補償(米所得補償・水田活用補償・畑作物補償)をみると、全体平均では69%、作付規模15ha以上の経営では87%であり、もはや所得補償が前提となって水田作経営が存在しているとみてよい。例えば、作付面積15ha以上では農業所得が1,407万円で家計費590万円を大きく上回っているものの、所得補償額を引いた農業所得は184万円で家計費を賄えない状況にあること。もちろん、所得補償額を差し引いた農業所得は、いずれの作付規模階層でも家計費を大きく下回っていることです。
第4点、米60kg当たり生産費を米作付規模別でみると平均が16,408円、作付が拡大するにつれ減少するものの、15ha以上でも1万円を切ることができない(10,959円)ということです。
第5点、こうした状況の中で、農業を成長産業にするため、アベノミクス:農業成長戦略が示された。ここで最も注目すべき戦略は、土地改革です。具体的には、各県に農地中間管理機構を設け、地域内の農地の相当部分を借り受け、農地を準公有状態にし、生産性向上のために大区画化等の農地整備や農業水利施設の整備を行った上で、法人経営、大規模家族経営、企業、新規就農者等の担い手に貸し付ける、としていることです。そして、今後、10年間で担い手のコメの生産コストを現状全国平均から4割削減し(9,845円)、法人経営体数を2010年比4倍の5万法人にするとしていることです。
志津:すごいことになっていますね、現状は。質問していいですか。
木村:どうぞ。
志津:まず、第1点についてですが、集落には、もはや若い農業者はいない、と言っていいのですね。こんな状態で自然災害にでも遭えば復旧は難しいですね。また、集落を単位にして将来を考えても現状からは積極的な展望は難しいですね。
木村:そのとおりです。かつて千葉県のある兼業農家の集落で水田の基盤整備を行い、集落営農で水田農業を行いましたが、やがて高齢化には勝てず、集落営農は解散し、酪農家に草地用地として貸し付けました。しかし、その酪農家も高齢化し、水田が各農家に返され、荒廃農地となりました。
志津:ということは、現時点でみた場合、農家単位にみても、集落単位で集落営農を考えてみても、将来はない、と見た方がよろしいですね。農家の場合、後継者もいないのですから。農家や集落ではなく、数集落を単位として農業振興を考えないといけないと言うことですね。
木村:まさに、その通りです。1集落位いの水田規模では、水田を荒らさない目的での営農はできても、現状の稲作原価を4割削減することはできず、経営としては難しいですね。
志津:でも、どこの県でも集落営農の推進に積極的ですよね、それでよいのでしょうか。
木村:まず、集落営農を地域振興の第1歩として持ち出すのはよいでしょうが、それで現状の課題を切り抜けられると思ったら大間違いですね。
志津:わかりました。次に、第2点についてですが、後継者がいない、後継者がいても多くが他出後継者か、あるいは農業に積極的に従事していない、ということですが、そうした農家の農地は、将来、どうなるのでしょうか。
木村:いい質問ですね。現状だと、多くの農地が粗放に利用されるか、あるいは不作付け地→耕作放棄地となるでしょうね。食料自給率の向上等は不可能でしょうね。もちろん、TPPにも対応できません。
志津:TPPへの対応は無理でしょうが、農家の水田営農は退職者によって地域では維持できるのではないでしょうか。
木村:かって、否、今でもそうですが、一般には“後継者が兼業していても、60歳で退職して家を継ぎ、農業を続ける”ということですが、私の見る限り、そうとも言えませんよ。
志津:どういうことですか、60歳で退職しても家に帰って農業をやらないのですか。
木村:そうです。二つの事例を紹介しましょう。一つは、私の教え子が、今年4月、60歳で公務員を退職しました。彼の家は農家でした。彼は再就職せず、家に入りました。その彼が、最近、新米を持って私のうちに遊びに来ました。私は、“勤めている時はストレスもあったでしょうが、自然の下での稲作、健康的でおもしろいでしょう?”、と問うてみました。すると彼曰く、“水田は貸しました、もうお米30キロを運ぶのでも骨が折れます、もう無理ですね。この米は水田を貸した農家が持ってきてくれた米です。彼が作れなくなったらどうすればよいでしょうね。水田を返されても困りますよ”。
もう一つは、昨年11月に満60歳で農業団体を退職した知り合いの話です。“退職して地元に帰ってみると同級生は誰もいない。退職しても何らかの再就職を見つけ、依然として外で働き、農業には帰っていません。退職したらみんなで農業しようと言っていましたが、現実は私一人でした。それでも農業をやろうと思ったのですが、次から次へとムラの役を押しつけられ、大変です。実際に農業できるのは70歳後半からでしょうね。それまで農業があればと言うことですがね”とのことでした。
志津:“兼業農家も退職すれば農業をする”という期待は、はずれたと言うことですね。
木村:すべてがそうではないでしょうが、こうしたこともあちことで見られると言うことです。
志津:わかりました。第3点についてですが、水田作農業は所得補償が前提で成り立っているということは、極端なことを言えば、全ての経営が生活保護経営ということですか、農家の皆さんには失礼だと思いますが。
木村:そういわれてもしかたありませんね。平成22年モデル的に農業者戸別所得補償制度が導入された時、山形県のある専業稲作農家は、「おれらは生活保護世帯ではない」といい、そんなお金があれば「生産振興に助成して欲しい」と言っていました。それから、言い忘れましたが、水田作付規模15ha以上の経営では、23年の場合、経済余剰(可処分所得-家計費)が791万円もあり、生活保護どころか、貯金が8百万円弱できています。税金での所得補償によって貯金が8百万円弱おこなわれているとすれば、どう考えたらよろしいでしょうかね。
志津:今後もさらに所得補償制度が拡大されるとなると、そのあり方も根本的に見直さないといけなくなるでしょうね。第4点についてですが、稲作15ha以上でも米60kg当たり生産コストが1万円を切れないとすれば、TPP対応は難しいでしょうね。農業成長戦略でコスト4割削減と言っても、単純に面積を集積しても9,845円は難しいでしょうね。現状では所得補償してもTPPに対応できない。
木村:そういうことになりますね。だから農業成長戦略では、圃場大区画化等農地整備を農家・土地改良区におまかせではなく、国がやるということです。もちろん、農地整備だけではなく新たな機械化体系、省力技術体系も導入されることになるでしょうね。しかし、農地中間管理機構がうまく動かない場合、農家レベルでの生産コストの削減は難しくなると思います。
志津:最後、第5点についてですが、第1点から第4点をそうだとした場合、日本農業の再生を図ろうとすれば、加えてTPPへの対応を考えれば、どのようなやり方をするかは別として、もう限界に来ている日本農業では、土地改革をやらねばならない状況にきているとみてよろしいのでしょうね。その場合、アベノミクス農業成長戦略での土地改革は、実際にうまく行えるのでしょうか。
木村:水田農業の現況をみた場合、先に述べたとおり、土地改革は行わねばならない状況にきている、と思います。私は、2009年に農地法が改正され、制約が付いているものの企業の農業参入が解禁され、この時点から土地改革は始まったとみています。その後政府は、どんなやり方で土地改革を進めるか、私は注目していました。私は、災害復興地で漁業特区が許可されたので、農業特区を設けて、土地改革が進められるのではないか、そうでなければ、農地に対する税制度(相続税・宅地並み課税等)の改正で進めるのではないか、と思っていました。準公有化で土地改革が提起されるとは思っていませんでした。
ただ現状で土地改革が、成長戦略で描かれたようにうまくいくかとなると、難しいでしょうね。安倍内閣が本腰を入れてやるかどうか。参議院選挙で圧勝したものの、はたして実行できるか。そうとう難航すると思いますよ、実際やるとなると。
志津:そうした話を農業者の代表や農業団体・公務員の方々にされたわけですが、反応はどうだったのですか。
木村:一言でいえば、会場は、“あ!そうですか”といった感じで、別に質問もなく、危機感も感じられませんでした。私一人が“大変だ!、大変だ!”と言っているようで、一人相撲を取っているようでした。いいのでしょうかね。
志津:それは、残念でしたね。おそらく、あなたに質問しづらかったからではないでしょうか。遠慮されたのではないでしょうか。あるいは、もうしかたないというあきらめがあるのではないでしょうか。
木村:そうだとよろしいのですが。ただ私は、終わった後、懇親会にも出席しました。しかし、そこでも質問もなく、話題にもなりませんでした。“今日の話、どうでしたか?”と感想を聞いてみても、“そうですね!”で話は終わり、他人事でした。その時、私は、農家の代表、団体の責任者の方々、「大丈夫かな!」と思いました。
志津:危機感が現場にはなかった、話しても危機感が生まれてこなかった。そのこと自体、大変危機的状況と言えますよね。
木村:全くその通りです。空振り→三振→退場、“よくわかった、あっちに行ってくれ!といった感じで帰りました。
志津:それは誠に残念でしたね。その状況について、どう思いましたか。
木村:こうした現状について、農政を行っている知り合いに「どう考えたらよいか」、メールで聞いて見ました。そうしたら、「市町村では人が減らされており、日々の与えられた仕事をこなすのが精一杯、あまり仕事を増やしたくない、大変だ、大変だと言って、仕事を増やさないでくれ!」というのが本音でしょう、とのことでした。
志津:なるほど、それが現実でしょうね。でも困ったものですね。
木村:最近、公務員の知り合いから「危機感を感じられないとは、具体的にどういうことか、教えて欲しい、危機感って何ですか、それがわからないと改善できません」というメールがありました。
志津:その人もよく理解されていないようですね、ことの重大さを。もしかしたら、その人も、危機感を感じていないかもしれませんよ。あなたは、どんな回答をしましたか、個人的に興味がありますね。
木村:名誉のために言っておきますが、その人は、熱心に危機感を持って農政に取り組んでいますよ。
志津:で、メールの返事は?、差し支えなければ教えて下さい。
木村:私は、次のようなメールを送りました。
「“危機感を感じられない”というのは、具体的には、“何か大変なことが起きそうだ、起きつつある、いや、現に起きている”と思い、“自分はそれに対して関わりがあり、何かせねばならない”と不安に思い、その解決を自分一人ではなく、身近なところから行っていこうとする感情だと思います。ただこの場合、自分自身の仕事に、直接関係ないと思った事象については、そこで何かが起きようとしていても、あるいは何かが起きていても、無関心となり、危機感は起こりません。特に、現在のような仕事が細分化されている社会では、社会で起きている変化と自分との関わりが曖昧で直接的ではなくなり、どうしても社会の変化には無関心になり、日常の細分化した仕事に追われることになります。人は、常に仕事に対して社会全体との関わりに関心を持ち、社会的責務・責任を持っていないと、変化には無頓着となり、危機感は起きて来ないと思います。実は、そこが、問題の本質だと思います。」
志津:なるほど。危機感を感じない人は、変化すなわちあなたの主張に対して、自分は、直接には関係ないとし、忙しさを理由に何も感じようとせず、従って不安も感じない、その結果、質問も出ない、と言うことですね。感じないのは、日常の細分化した仕事に追われ、変化には無関心だと言うことですね。
木村:その通りです。もう一つ重要なことは、農家の代表者にしても、公務員にしても、団体職員にしても、彼らには社会的責務・責任があるはず、それを持っている人なら危機感は感じられると思いますが。
志津:そうですね。常日頃から社会的責務・責任を常に自覚していれば、たとえどんなに忙しくても、先ほどのお話なら危機感を持たれると思いますね。それがなかったということは、自分の仕事に対し、常に社会的責務・責任を自覚して取り組んでおられないということですね。
木村:そうは思いたくありませんが、残念ながらそうだと思います。
志津:もしそうだとすれば、これからの水田農業は、どうなるでしょうか。ますます、衰退を余儀なくされることになりますね。では、どうすればよいのでしょうか。
木村:そのことについては、あらためて述べたいと思います。今日は、水田農業の厳しい現実と危機感が見られない地域の現状をご理解いただきたいと思います。
志津:次回もよろしくお願いします。
