[中国−後漢末]
後漢末の奸雄。字は仲潁。
若い頃から国境警備の任に就き、
武勇に優れ西方の異民族の信望を集めていた。
大将軍何進と宦官の対立で中央が混乱している中上洛し、
何進と宦官が共倒れになった上
幼い皇帝とその弟を手に入れたことで権力を手中にする。
少帝劉弁を廃し弟劉協を帝位に就け、逆らう者を虐殺し、
暴虐の限りを尽くした。
多くの諸侯が連合して董卓に立ち向かったが、
連合がまとまらず瓦解した。
その間都洛陽を略奪しながら焼き尽くし、
自分の本拠地に近い長安に都を移した。
ここでも彼の暴虐は止まらなかったが、
司徒王允や部下の呂布によるクーデターによって一族もろとも殺される。
彼は後漢王朝に止めを刺し次の時代をつくった人物である。
その非道は三国志人気もあって暴君の代表となっている。
彼は権力をどのように考えていたのだろうか。
恐怖だけで支配できると考えていたのだろうか、
それとも先のことは一切考えていなかったのだろうか。