[ヨーロッパ−中世]
ブルゴーニュ公国の全盛期を築いた公。
父ジャン1世は百年戦争の最中王太子シャルルの部下によって殺害され、
跡を継いだフィリップはイングランドと同盟し王太子と戦った。
しかしイングランド王ヘンリー5世が早世し王太子が盛り返し、
ランスで即位するまで持ち直した。
フィリップは逆転の切っ掛けとなったジャンヌ=ダルクを捕らえ
イングランドに引き渡すなどしたものの挽回はならず、
義弟リッシュモン元帥の仲介もありフランス王となったシャルルと和解した。
その後は専らフランスの外に領土を拡大し、
経済的に豊かなネーデルランド方面に「国家」と言っても良い勢力を築いた。
その結果フランスの一部とベルギー半分であった公国領は
オランダ・ベルギーを合わせた領土に倍増し、
経済力ではフランス王にすら匹敵する勢力となった。
また本拠地もそれに合わせて本来のブルゴーニュからブリュッセルに移し、
ほぼ「ネーデルランドの独立国家」と化した。
同時に金羊毛騎士団を創設し
(これは今日でもスペインとオーストリアに残っている)
騎士道文化が隆盛を迎え、絵画のファン=エイク兄弟などの芸術も栄えた。
(北方ルネサンスと呼ばれる。)
しかし晩年はフランス王シャルルと王太子ルイの内乱、
次いで即位したルイ11世の強引な王権拡大に悩まされた。
フィリップ善良公は一般にはジャンヌ=ダルクを捕らえた公として有名であるが、
寧ろ本領を発揮したのはフランス王との和解後であろう。
「ブルゴーニュ公」を「ブルゴーニュ公国」にしたなかなかのやり手である。