パリ=コミューン

[ヨーロッパ−近代]

普仏戦争の講和に反対した市民によって成立した政権。 世界初のプロレタリア独裁政権として知られる。 普仏戦争の最中皇帝ナポレオン3世が捕虜となり 怒ったパリ市民によってナポレオンは廃位され臨時政府が設立されたが、 臨時政府も敗勢を覆すことは出来ず アルザス・ロレーヌの割譲と賠償金の支払いを条件に講和した。 しかしパリ市民はこれに怒り臨時政府をパリから追い出し、 急進派である革命派が権力を握った。 革命派はコミューン議会の議員選挙を行い、 赤旗を立ててプロレタリア独裁のコミューンの成立を宣言した。 だが実際にはコミューン内部は共産主義者以外に タカ派軍人や無政府主義者がいてまとまりを欠き、 さらにヴェルサイユに逃れていた臨時政府がプロイセンの協力の下兵力を集め パリを攻撃してきた。 統制を欠いたコミューンは臨時政府軍に敵わず瞬く間に鎮圧され、 指導者や兵士は処刑され多くの市民も巻き添えで虐殺された。 こうしてコミューンは短期間で消滅し 勝ち残った臨時政府が後に第三共和政として長期政権を築くことになった。

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