ムハンマド

[中東−中世]

イスラム教の開祖。英語訛りでマホメットとも言う。 アラビア半島のメッカの名門の生まれで、当初は豪商として暮らしていた。 当時のメッカはキリスト教の影響が強く、後のイスラム教の思想の根幹となったようである。 洞窟で度々瞑想に耽っていて、40歳くらいの頃ついに天啓を授かった。 最も、ムハンマドの場合宗教に対しても当初から政治的思惑が強かったようである。 啓示を受けたムハンマドは、当時のメッカの主流であった多神教の排斥を始め、 逆にメッカを追放された。 しかし、追放されたムハンマドとその同志は、 紛争に悩んでいたメディナに仲裁者として迎えられた。 これがヒジュラと呼ばれ、イスラム暦の元年である。 メディナで宗教国家を建設したムハンマドは、 メッカの侵攻を撃退し、逆にメッカを征服、 メッカの神殿の偶像を破壊してイスラムの名の下にアラビア半島を事実上統一した。 ムハンマド自身はその直後に病没したが、 イスラム教国家は後継者であるカリフの下でさらに支配地を広げることになる。 しかし、自らが築いたイスラム教がアラブ人の範疇を超え、 むしろ異民族が躍進の立役者になるとはムハンマド自身も思わなかったであろう。 尚、ムハンマドの子供の内長じたのは娘のファティマのみで、 シーア派がファティマの婿アリーを信奉しているのはそのためである。

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