マケドニア朝(マケドニアちょう)

[ビザンティン帝国]

ビザンティン帝国の最盛期を築いた王朝。 ギリシア北部のマケドニアに移住していたアルメニア系農民出身のバシレイオスが 腕っ節を頼りにのし上がり、クーデターで皇帝ミカエル3世を倒して興した。 この頃からギリシアでも貴族達が姓を持つようになったが、 マケドニア朝皇帝は卑賤の出身のため、姓を持っていない。 その後手腕に優れた皇帝が続き、 小アジア・シリア北部から南イタリアまで支配する大帝国となった。 領土面積はユスティニアヌス時代の方が広かったが、 マケドニア朝時代は皇帝が強力な支配権と求心力を持ち、政情が安定していた。 このマケドニア朝時代は実力主義から血統重視へと 社会が移行する過渡期であったが、 うまくバランスがとれて有力貴族を 血縁関係に取り込めたことが大きく寄与したものと思われる。 また、テマ制によって地方分権が進んでいたが、皇帝への忠誠心を維持できたため、 帝国の躍進に貢献できた (この時代のテマ制は世界史上有数の地方分権の成功例であろう) 。 しかし、ビザンティン帝国最強の皇帝と言われる「ブルガロクトノス (ブルガリア人殺し) 」バシレイオス2世の死後、 能力に欠ける皇帝が続き、大貴族の伸張、財政の悪化、 外敵の侵略に悩まされるようになった。 最後の女帝テオドラの死によってマケドニア朝の血統は断絶したが、 その後もビザンティン帝国の衰退は止まらなかった。

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