ハインリヒ6世

[ヨーロッパ−中世]

ホーエンシュタウフェン朝の神聖ローマ帝国皇帝・両シチリア王。 父フリードリヒ1世のイタリア政策の一環で、両シチリア王女コスタンツァ (コンスタンツェ) と政略結婚した。 ちなみにコスタンツァの方が10歳位年上であったらしい。 父の死後皇帝となり、また両シチリア王グリエルモ2世の死去により、 コスタンツァの夫であるハインリヒに王位継承権が巡ってきた。 しかし、シチリアは外国人の王を嫌い、先代の従弟のタンクレーディを王とした。 伝統的にヴェルフ家のハインリヒ獅子公と争っていた上、 シチリア側をイングランド王リチャードや教皇も支持したため、 窮地に追い込まれる。 しかし、リチャードは十字軍でハインリヒ獅子公と対立して帰路に捉えられ、 身柄はハインリヒ獅子公と和解したハインリヒ6世に引き渡された。 またライバルのタンクレーディも病死したため、 シチリアに遠征し、これを征服してしまった。 さらに地中海に覇権を広げ、ビザンツ帝国征服も考えていたらしいが、 突如病没した。 強力な皇帝の出現を嫌ったドイツ諸侯による暗殺とも言われている。 彼の死後、息子は幼少であったためシチリア王位のみを得、 皇帝位は聖職に就いていた弟フィリップが還俗して継いだが、 ヴェルフ家と再び対立し、権力は弱まった。

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