フリードリヒ1世
[ヨーロッパ−中世・近世]
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英雄とも呼ばれる中世の神聖ローマ帝国皇帝。
ホーエンシュタウフェン朝の2人目のドイツ王で最初の皇帝。
身体的特徴からバルバロッサ (赤髭) の異名を持つ。
先代のコンラートは伯父で息子もいたのだが、
手腕を買ってバルバロッサを後継者とした。
ドイツ王に即位すると宿敵ヴェルフ家を始めとする有力諸侯を懐柔して
イタリア遠征に乗り出し、先代が果たせなかった皇帝への即位を果たした。
その後も教皇や北イタリア諸侯と度々対立してイタリア遠征を繰り返した。
バルバロッサは軍事手腕には長けていたものの、
ドイツ・イタリアの諸侯の対立を抑えられず、果々しい成果は得られなかった。
晩年はシチリア王女と息子ハインリヒを結婚させる程度で
専らドイツ経営に力を注ぎ、自家の勢力を拡大させた。
最後にサラディンによるエルサレム陥落を受け、
十字軍に総司令官として参加したが、途中小アジアで水死した。
発作によるものとも暗殺とも言われている。
彼は中世騎士道の代表選手のように扱われているものの、
生前その名声程の治績は挙げられなかった。
しかし、その政策は息子ハインリヒによって受け継がれ、
神聖ローマ帝国は新たな局面を迎えることとなる。
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初代プロイセン王。
専ら文化面での功績が中心で、政治・軍事では大した成果は残さなかった。
しかし、ブランデンブルク選帝侯として対フランス戦争で
オーストリアに協力したため、プロイセン王の称号を認められた。
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