フェリペ2世

[ヨーロッパ−近世]

ハプスブルク家出身のスペイン王。 スペインの最盛期を築いたが衰退も招いた。 スペイン王兼神聖ローマ皇帝のカルロス (カール5世) とポルトガル王女の息子として生また。 王子時代にフィリピンの命名元となっている。 父の退位後広大過ぎる領土は分割され、 フェリペはスペイン王として叔父が継いだオーストリアと神聖ローマ帝位を除く スペイン・南イタリア・ネーデルラントと広大な植民地を相続した。 ただし即位時点で父の代の戦争の影響で莫大な借金も受け継ぎ、 在位中に4回破産宣告を行っている。 広大な領土を統治するため首都をマドリードに定め、 各地に置いた副王を通じて中央集権体制を固めた。 ただしあまりにも厳格なカトリックであったため、 ネーデルラントや改宗モーロ人であるモリスコの反乱を招いた。 対外的にはレパントの海戦でオスマン帝国を破って西地中海の制海権を握り、 母の血縁からポルトガルとその植民地を併合して文字通りの日の沈まぬ帝国を築いた。 しかしネーデルラント独立派との戦争は長引き、 さらにそれを支援したイギリスに対しアルマダの海戦で敗れたこと、 さらにそれ以上に相次ぐ戦争で海外植民地の富をもってしても維持できないほど 赤字が膨らんだことで国家の衰退を招いた。
フェリペは英雄的に国家を拡大させた父の跡を継ぎ、 父と同じように西欧の覇権を握った。 しかし増大する軍事費を中心とした国庫支出を維持できず、 またイギリスに軍事的に敗北したこともありスペインを衰退させることとなった。 自身の代で衰退を招いただけでなく、 厳格過ぎるカトリックで父と比べても人徳に欠けること、 自身はマドリードに止まって各地に命令したため合理的ではあるが華に欠けることで 後世の人気はない。 エリザベスが出演する映画の悪役にしかならないのが現在の世間一般の評価である。 国家の状況を考えれば半分は仕方ないことだが、 方針転換できなかったことと不寛容さがあるので半分は自業自得であろう。

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