ディアドコイ戦争(ディアドコイせんそう)

[ギリシア−古代ギリシア]

ディアドコイとは後継者の意味。 若くして死去したアレクサンドロス大王の 後継者の地位を巡っての一連の戦争の総称である。 アレクサンドロス大王にはペルシアの姫であった正室との間に息子がいたが、 大王が余りにも若くして死んだため子供は幼く、王の仕事は出来なかった。 しばらくは大王の親戚が跡を継ぐこととなったが、 すぐに身内の権力争いが始まり、その最中大王の息子も殺されてしまった。 そうすると、最早大王に従った実力のある将軍達はマケドニア王家を見限り、 自分が大王の後継者となるべく戦いを始めた。 結果として後継者レースに勝ち残り、 国家成立に至ったのはセレウコス朝シリア、プトレマイオス朝エジプト、 アンティゴノス朝マケドニア、アッタロス朝ペルガモン等である (後ろの2者はかなり後になって成立)。 この内、最も面積が広大だったのはセレウコス朝であるが、 最も文化的に発展し、時代の主役となったのはプトレマイオス朝である。 何れの国も、創業者はそれなりに優秀であったが、 時が経つとオリエントの専制君主にドップリ漬かって腐敗し、 勢力が衰えた。 そして、上記4ヶ国は大王の理想を失った上で、 全てローマによって滅ぼされた。

見出しのページに戻る
歴史小事典+歴史世界地図に戻る