シャルル6世

[ヨーロッパ−中世]

中世のフランス王。 「親愛王」と呼ばれるが、もう一つのあだ名「狂王」として有名である。 父シャルル5世が若くして死去したため、若年で即位した。 長じて親政を開始したが、シャルルは精神的に弱く、 遠征中に裏切りの暗示を受けたり事故で火傷を負ったりした挙句 発狂してしまった。 そのため王として政務を執ることが不可能となり、 親族がブルゴーニュ公を中心とするブルゴーニュ派と オルレアン公を中心としてシャルルを支えるアルマニャック派に別れ 内乱状態となった。 そこをイングランド王ヘンリー5世につけ込まれ、 北部の領土を奪われた挙句ヘンリーに王位継承を認めることとなった。 実際にはヘンリーがシャルルより僅かに早く没したため即位はしなかったが、 フランスのアルマニャック派は劣勢に追い込まれることとなった。 シャルル6世の息子シャルル7世が失地を回復するのは6世の死後31年 経ってからであった。 さらにほとんど独立国と化したブルゴーニュ派との対立が終わるのは さらに後のことである。
シャルル6世は百年戦争で父5世が得た優位を反故にした王であったが、 本人にはどうしようもない病の所為であるため同情の余地はある。

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