紀元1206年頃の世界

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解説

この年、チンギス=ハーンが全モンゴル高原の統一ハーンとして即位し、 モンゴルの世界へ向けた怒涛の進撃が始まります。 もう一つ大きな動きとして、ゴール朝のゴーリーが暗殺され、 インドでデリー=スルタン朝が興ります。
第四回十字軍はヴェネチアを始めとするイタリア商人との関係で 内部が割れていたビザンツ帝国を滅ぼし、 ラテン帝国 (LatinEmpire) を建国しました。 一方、ビザンツ帝国の残党も勢力争いやルーム=セルジューク朝との対立がありますが、 やがて英主テオドルスのニケーア帝国 (NicaeaEmpire) の下にまとまります。 ニケーア帝国の勢力を受け継いだ梟雄ミカエル8世が、 ビザンツ帝国の再興を果たすことになります。
西ヨーロッパでは、神聖ローマ帝国 (HolyRomanEmpire) がシチリアを併合しました。 しかし、教皇の介入によって国内が乱れています。 この混乱は、やがてホーエンシュタウフェン朝の没落と大空位時代、 ハプスブルグ家の勃興を引き起こすことになります。
フランス王国 (FranceKingdom) は、カペー朝の「尊厳王」フィリップ2世の下、着実に勢力を広げています。 (実際にはこの時代の王家は上の地図ほどの領土すらありませんでした。)
一方、イングランド王国 (EnglandKingdom) は、プランタジネット朝の「欠地王」ジョンの代で、 勢力が大きく後退することになります。
ルーシ (Rusi) では、キエフ公国を中心にビザンツに倣った文化が栄えています。 相変わらずキプチャク平原の遊牧民と小競り合いを繰り返しています。
アフリカでは、ムワッヒド朝 (MuwahhidDynasty) の勢力が衰え始めました。キリスト教徒や国内の対立勢力に悩まされ始めています。
そして英雄サラディンがエジプトに建国した アイユーブ朝 (AyyubDynasty) ですが、サラディンの息子達には才無く、弟のアル=アーディルが治めています。 サラディンの代には主に外交で活躍したアル=アーディルは、 やはり外交によって勢力を保ちました。
ルームセルジューク朝 (RumSeljuqDynasty) はニケーア帝国との小競り合いを続けています。
アッバース朝 (AbbasDynasty) はホラズムと組んで勢力を保っています。
ホラズム朝 (KhorazmDynasty) は、周辺のゴール朝やカラ=キタイ、その他無数の諸侯を打ち破り、 中央アジアからペルシア一帯の覇権を確立しています。 この僅か14年後に破局が訪れようとは誰が想像し得たでしょうか。
ゴール朝 (GhorDynasty) は、プリトビラージャを始めとするインドの諸王を破り、 北インドの大部分を征服しましたが、ホラズム朝に押され気味です。 さらにこの年、ゴーリーことシバーフ=ウッディーン=ムハンマドが暗殺されました。 インドのデリーでは配下のマムルーク(白人、主にトルコ系の軍人奴隷) のクトゥブ=ウッディーン=アイバクが独立し、いわゆる奴隷王朝を興しました。 この王朝は、初代のアイバク、イルトゥミシュ、 バルバンの3人のスルタンがマムルーク出身であるためこう呼ばれていますが、 アイバクは追い詰められたゴール朝から領土を譲り受けましたが、 インド以外の統治を断念し、以後300年続くデリー=スルタン朝の基盤を築きました。 それ以外のインド (India) は、相変わらず諸国が分裂し、対立しています。
カラ=キタイ朝 (KaraKhitai) はホラズムに押されて勢力が落ちています。
モンゴル高原では、この年最大の事件が起こりました。 チンギス=ハーンがモンゴル高原を統一し、 モンゴルウルス (MongolUlus) の大ハーンとして即位しました。 最早この勢いは誰にも止められないことがやがて明らかになります。
女真族の金 (Jin) は、 対モンゴル政策に失敗し、統一モンゴルの最大の標的にされてしまいました。 南宋にはまだ勝てますが、やがてモンゴルに滅ぼされる運命にあります。 西夏 (WesternXia) は金に服属しているため、 モンゴルの餌食にされてしまいます。 西夏もまた対モンゴル政策の失敗によって滅亡する運命です。
南宋 (SouthernSong) は金に対する報復行動のタイミングを間違え、領土拡張はなりませんでした。 国内では史弥遠の独裁政治が始まっています。
朝鮮半島の高麗 (Koryu) は、崔忠献が武人政権を興しました。この状況は隣の日本と似ています。
日本 (Japan) では、鎌倉幕府の3代目実朝の時代です。 しかし、実権は着実に執権北条氏の下へ移りつつあります。
東南アジアでは カンボジア王国 (Cambodia) やパガン朝等の国が分立していました。が、あまり詳しいことは伝わっていません。
アメリカ大陸ではマヤ帝国 (Maya) が繁栄しています。さすがにここはモンゴルとはほぼ無関係です。

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