タンチョウ撮影について


タンチョウの撮影を始めてこの稿を起こしている時点ですでに11年を経過しました。
初めのうちは右も左もわからず多くの方にご教示をいただくばかりでしたが、十年を経過してようやく自分なりの撮影スタイルを作り上げることができたような気がしています。
そこで、すでに撮影ベテランの方々である諸先輩は別としてこれからタンチョウ撮影を始めようとされている方々に多少のヒントとなればと考え、私なりに感じた注意点などを書き記してみたいと思います。
ここで述べますのは主として厳冬期(1~2月)のタンチョウ撮影についてです。
撮影に赴く上での服装、装備、および撮影マナーなどについて簡単にまとめました。
1.服装
タンチョウの越冬地となる鶴居村・阿寒町が位置する道東太平洋側の1~2月の平均気温は-5~6℃で最低気温の平均は-10℃ほど、最高気温の平均は0~-2℃ほどです。ただ、これはあくまで道東全地域を均した平均値でしかなく個別の地点ごとには大きな差があります。
例えば、東京などで見るTVでの天気予報で多くの人が指標とするのは釧路の天気や気温だと思いますが、これで鶴居・阿寒の気温の目安にすることは撮影の場合非常に危険です。特に早朝撮影がメインになるタンチョウ撮影の場合は…。なぜなら内陸に位置する鶴居・阿寒ともに海岸沿いにある釧路市街よりも2~3℃気温が低くなることが多いからです。特に朝の最低気温は釧路市街とは5~6℃の開きがあることも珍しくありません。前夜よく晴れて放射冷却が起こる朝などはこの傾向が顕著で、釧路市街の朝7時の気温が-14℃の日に鶴居村音羽橋では-22℃ということも往々にしてあります。
従って、言うまでもないことですが防寒装備には万全を期す必要があります。
近年「暖冬」という言葉が多く聞かれるようになりましたが、東京や大阪と言った「内地」から比べると想像もつかないくらいの朝の寒さを覚悟しておかねばなりません。寒さ対策を怠ると一歩間違えば命に係わることにもなりかねませんので。これは決して脅しでも大げさでもありません。
さてまずは服装ですが、インナーはあまり神経質になる必要はないと思います。最近はヒートテックのいいものも出て来ていますが、私の経験から言えばあえてそれを用いずとも普段用の下着でも充分対処できます。問題はその上です。
まずは下半身。
寒さは足元から来ますので、下半身をガッチリ防寒しておかないといくら上半身を着ぶくれしても無意味です。
パンツの上にはズボン下としてタイツは必須。これはヒートテックのものを用いた方がいいです。タンチョウ撮影の場合は二泊以上にわたる場合が多いですから必ず二着以上用意し、宿で交換するようにしてください。その上にズボンを履き、一番上にオーバーズボン。このオーバーズボンがカギで、都会で普通に販売されている通常の防寒用オーバーズボンでは日中の撮影時はさほど問題ありませんが、早朝の音羽橋撮影などでは多少心細いものがあります。-20℃近い場所に数時間立ち続けるわけですから…。これだけには少々お金をかけたほうがいいと思います。モンベルを初めとしてさまざまなメーカーから良いものが出ています。必ずしも価格の高いものを買う必要はありませんが、保温性と機動性を兼ね備えたものがいいですね。
靴下は重ね履き。三枚重ねにしている方もおられますが足首に負担がかかったり血行が悪くなったりすることもあるので二枚でとどめておいた方がいいかも。
通常の普段履きの靴下の上に厚手(毛糸など)の靴下と言うのが一般的ですが、近年は保温性に優れたものがあります。鶴居や阿寒のホテルの売店で販売しているものにスグレモノがありますから、とりあえずひと揃え用意したうえで現地で新たに調達しておくのもテかもしれません。これらは消耗品ですから。
靴は当然防寒靴もしくは長靴ですが、靴底に気を付けてください。ある程度の凹凸もしくは切れ込みがあってすべり止め対策がされているものを選んでください。間違っても底がツルツルの靴を履いていかないように。昼間でも路面凍結している場所が各所にありますから…。それと、これは常識ですが関東あたりで売っている雨天用の長靴などは使い物にならないです。脚が冷えて命にかかわりますので。(^^;
中が起毛になっているのも絶対条件ですね。
私の場合はソレルのスノーブーツをここ10年来愛用しています。近年は価格もかなりお手頃になってきています。これだとまずインソールも必要ありません。
靴下用のカイロを入れてもいいですが、防寒ブーツの場合空気が入りにくいので効果は?なことも多いです。念のため。
さて上半身。
インナーの上には厚手のシャツ。登山用品店で売っているものがいいでしょうね。その上にセーター、一番上がダウンですかね。ダウンコートは最近はさまざまなスタイルのものがありますが、できれば膝くらいまでを覆う長手のものがあればベスト。腰下までのものとは寒さの感じ方が段違いです(特に風のある日は)。
襟巻もしくはネックウォーマーは必須。帽子は裏起毛のもので耳覆いがついているものを選んでください。目出し帽を被っている方も見かけますが、日中陽が照ると暑く感じて鬱陶しいです。それになによりテロリストみたいで印象が悪い。(^^;
手袋はカメラ操作がしやすいように、薄手で防寒性のあるものを選びましょう。これも近年はさまざまなメーカーから良いものがでています。
なお防寒とは関係ありませんが、服装全般に言えることですが原色系などの派手な色彩のものは避けた方が無難です。観光客なども集まる給餌場での撮影ではさほど問題ありませんが、朝の青天飛翔などを撮るときなどは原色系の服装で立っているとタンチョウが警戒して飛行コースを変えてしまうことが往々にしてあります。そうなると周囲の撮影者からのヒンシュクを買うことにもなりますので…。できれば黒や茶色などの木々に同化しやすい色か緑系の地味な色にしてください。間違っても黄色・赤・オレンジといった自然界にない色の服装をして立たないように。撮影者間のトラブルになった例もあります。蛍光色などもってのほかです。
なお、メガネを使用されている方の場合、メガネの曇り止めは必須。早朝撮影の場合これを忘れると悲惨なことになります。
メガネが曇るだけならいいですが、-15℃ともなるとメガネがいったん曇るとそれが凍り付いてしまい屋外にいる限りそのままの状態になり、視界が利かないどころか何も見えなくなってしまいます。くれぐれもご用心。
早朝撮影の場合特にですが、お腹の弱い方は下腹部に貼り付け型カイロを入れておいた方がいいです。音羽橋近辺にはトイレはありませんから万一お腹を冷やしたりしたら救いようがありません。
起床時刻は出発時刻の45分~1時間ほど前がいいでしょうね。しっかり朝のトイレは済ませておいてください。出発時間までに余裕がないと気ばかり焦って用が済ませられずにいざ撮影地に着いてからお腹が…ということを防ぐためにも。5時半に宿を出るなら4時半に起きた方が無難。そのためにも前夜の夜更かしは控えましょう。
なお路面凍結対策ですが、滑って転倒するのを防ぐためには滑り止めがあったほうが無難。これは鶴居村の各宿の売店でも簡易装着式のものを販売してます。ただし館内を装着したまま歩くことはできません(床に穴が開いてしまいます)ので、部屋でブーツに装着してスリッパで玄関先まで行ってそこでブーツを履くということになります。
以上で主な点の説明を終わりますが、今後厳冬期のタンチョウ撮影を続けていきたいと考えておられる方は、ダウンコートや防寒ブーツなどは持ち前のものを流用するよりも多少お金をかけても長持ちのする質のいいものを購入することをお薦めします。
2.装備
タンチョウ撮影の場合、撮影機材をどうすればいいかということを時々何人かの方に聞かれることがあります。
しかし、結論から言えば「これでなくてはいけない」というものはありません。なぜから人それぞれ十人十色、撮影のスタイルは違いますし好きな撮り方も異なるからです。
「タンチョウ撮影には超望遠がないとダメ」と頭から思い込んでおられる方も多いようですが決してそんなことはありません。飛翔シーンなら中望遠~広角で充分ですし、給餌場にいれば中望遠レンズでも間近でダンスなどを撮るチャンスがないわけではありません。そういう意味では三脚にこだわる必要もないでしょう。
早朝の音羽橋でも風景的に撮りたいと思えば200mm程度のレンズで情景観あふれるカットをGETできます(気嵐の幻想的な雰囲気は充分出ます)。特にAPSサイズであれば1.6倍の焦点距離のアドバンテージが得られますから70-200mm程度でもそこそこ手前まで引くことができます。
ただ、給餌場では遠くのほうにタンチョウがランディングしたりダンスを行う機会が多く、そうしたシーンを大きく撮りたいと思ったらやはりフルサイズ換算で500~600mm程度のレンズが必要になります。特に鶴居伊藤サンクッチュアリの場合右手の林をバックにダンスが行われるのが一番絵になるのですが、そこは柵からはかなり遠いのでやはり長射程でないと厳しい時もあります。ただ、この種のレンズは値段も高いのでご自分のお財布と相談の上購入してください。多少の画質低下を我慢するなら1.4xのエクステンダを装着することで対処するのもいいかもしれません。(2xのエクステンダはあまりお薦めしません。画像の荒れ方が顕著になるので…)
上記の超望遠レンズは大口径で重量もあるので、これを使うとなると三脚もある程度しっかりしたもののほうがいいかもいれません。撮影地、風があることも多いのでカメラ+レンズだけが重いと「トップヘビー」(重心点が高い)の状態になって転倒の危険があります。特に比較的軽量の三脚を使う場合はストーンバッグを併用し、その中にサブカメラを入れておくと適度な重しになります。ついでながら、給餌場で撮影する場合はこのサブカメラは非常に重宝します。特に風の強い日、上空をタンチョウが青い空をバックに旋回したりすることが往々にしてありますが、そんなシーンは三脚付のカメラではまず撮れません。そういう時に出番となるのがサブカメラ。中望遠~標準のズームを装着しておけば即対応できます。一石二鳥の使い方ですね。
装備についていえば、もっとも気を遣わなくてはならないのは撮影時よりもむしろ撮影後です。特に早朝撮影から帰った後。
近年は防滴仕様のカメラ・レンズも増えて一昔ほど前に比べれば格段に結露対策は進んでいますが、それは「常識的な場所」での撮影に限っての話。時には-20℃超となる早朝の音羽橋撮影などの場合、撮影から戻ったあとは決してカメラバッグをすぐに開けたりしないようにしてください。カメラにレンズを装着したまま車に乗り、それを持って部屋に入るなどは自殺行為です。撮影後はきちんと装備をバッグの中にしまい、部屋に戻ったら少なくても1時間ほどは開けずに部屋の隅(ドア近く:暖房の影響を一番受けにくい場所)に置くようにした方がいいです。
今とった画像をすぐにチェックしたいという気持ちはわかりますが、せめて朝食を取る間は我慢しましょう。バッテリーの充電も前夜に済ませておくか、チャージャーと予備バッテリーを予めバッグから出しておいて部屋に置きっぱなしにしておいたほうがいいです。いったん結露を起こしてしまうと容易なことでは回復しませんし、最悪の場合修理が必要になってしまいます。現地ではいかんともしがたいですので…この点だけはくれぐれもご用心。
3.撮影
撮影スタイルについては各個人の好みもありますし、千差万別ですのでここでは述べません。
それ以外の注意点について述べておきます。
まず絶対に守っていただきたいことが一つ。
鶴居村では各所に「ここから先はタンチョウ保護のため進入禁止」という立看板がありますが、これは絶対に守ってください。
またタンチョウの塒(ねぐら)には絶対に近づかないこと。以前音羽橋でタンチョウが塒を取っている下流の川岸にまで歩いていってそこからタンチョウを撮ろうとした輩がいましたが、一度そういうことがあるとタンチョウは危険を感じて塒の位置を変えてしまいます。最悪のマナー違反であると同時に他の撮影者にも多大な迷惑になりますので絶対にやってはいけません。
また青天飛翔や夕空飛翔を撮る場合は農家の方の敷地に無断で入ることは絶対にしないように。道路傍で撮る場合は車の停止位置に充分配慮してください。農家の方のクルマの出し入れの邪魔になったりすることがあります。道路上で縦列駐車するようなことも避けてください。交通の妨げになります。
飛翔シーンを撮る場合は、できるだけ開けた場所にポツンと立つことは避けた方が無難です。タンチョウは神経質な鳥ですので地上に普段とは違う見慣れないものを発見するとそれを避けてコースを変えてしまうことが実に多いです。開けた場所だと大空バックの写真を撮りやすいとついつい思いがちですが、肝心の被写体が避けて通ってしまっては場所取りする意味がありません。理想を言えば林などの陰から空を見渡せる位置に陣取るのがいいかもしれないですね。ただし先程述べたように私有地への立ち入りは厳に慎んでください。
厳冬期は菊池農場の一部が撮影地として開放されていて、夕空飛翔撮影のメインポイントとして今は有名になっていますが、ここで撮影する場合の注意点をひとつ。
談笑しながら撮影することは決して悪いとはいいませんが、中には遠くから飛んでくるタンチョウのコンタクトコール(飛んでいる群れの中の個体同士で呼び合うような声)に耳を澄ませている人も多くいます。ですから、あまり大声での会話は謹んでください。
これは給餌場での撮影でも一緒ですが、グループでのバカ騒ぎはしないように。他の撮影者とのトラブルのもとになります。
早朝の音羽橋は近年外国から撮影に見える方も多くなり混雑しますが譲り合って撮影してください。
その際の三脚の立て方ですが、橋の欄干側(自分から見て奥側)に二本、手前側(自分の体に近い方)に一本の脚を位置させるようにしてください。つまり自分から見て逆三角形の形になるように。こうすれば奥側の脚を多少交差させることによりより多くの人が三脚を並べることができます。これを逆、つまり自分に近い方に脚二本を持ってきてその間に自分の体を入れる形にしてしまうとうまく脚を交差させることができず(間違って蹴ってしまうので)、多くの人が並ぶことができません。ちょっとの工夫で多くの人が撮影できるようになりますのでご協力を。
また自分が行った時にはすでにいっぱいになっているということもあるかと思いますが、その場合は先客の方々の合間から撮影することになります。その場合、前の方との間隔を適度に開けるようにしておいてください。レンズが肩に触れたりするとトラブルの元です。超望遠レンズを持っている方ならば先客の方々の間からでも充分打ち抜くことは可能です。
真冬の道東は空気が非常に乾燥しますので、飴などを舐めながら撮影をされる方も多いと思います。その際、飴の包み紙が風で飛ばされないように充分注意してください。ゴミを散らすことになるばかりでなく、給餌場などでそれをタンチョウが口にしてしまう危険性もあります。できれば包み紙のない缶入りのドロップなどがいいのですが最近は売っている場所が少なくなりましたね。
また言うまでもないことですがゴミは宿まで持ち帰ること。さらにはタバコの吸い殻などの投げ捨ては厳禁です。喫煙される方は携帯灰皿は必須です。

以上、思いつくままに私なりにタンチョウ撮影でのポイントをまとめてみました。
私もまだ撮影経験が浅いので、まだまだ補足すべき点がたくさんあるかもしれません。ぜひとも撮影に赴かれましたら宿などで経験豊富な方からアドバイスを受けられることをお薦めします。
皆さんがルールを守って素晴らしい作品を残されますように。

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