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2009/02/08(日) (中津峰2往復と和田島) 目覚めたときは雪の一の森行きと決めたが、だんだんと気が重くなり結局は母を見舞ったあと 中津峰を昔からの旧参道遍路道を忠実に北面(車道と重なる部分あり)南面とピストンする。 金谷→八丁展望台→如意輪寺→頂上→星の岩屋→星谷運動公園→星の岩屋→頂上→如意輪寺→八丁展望台→金谷 11:15 11:35 12:00 12:35 13:20 13:50 14:20 15:25 15:50 16:15 16:35 (10分休憩) 金谷P。 旧参道はすこし先から右に入ります 放置されたみかん。 もったいないけど手出しできません 寒さが似合う梅の花。 白とピンクが咲いてます 2度目の頂上。 整備メンバーも帰り貸し切り さっ残りは金谷Pに下るだけ。 ウエストバックだけだから軽い。 最終登山者に後ろ姿写真お願いするも没 八丁石からの景色。 西国33ヶ所祠と丁石が往時を偲ばせます ==最近私のこりくつ== >百年に一度でも多くのお寺は動かない >お寺の住職は常々衆生救済の説法を説いております。 >それなのに今回の寝るとこも食べるものもないなど、 >最低限の生死にかかわる困窮者をお寺はなぜ助けないのでしょう。 >実動しないのは普段の説法が空論を呈していると思えます。 >多くが押し寄せてお寺が汚れるのを嫌うのでしょうか。 >誰かがやるのを待つのではなく一番にお願いしたい。 >それでもしお寺が困ることになるならば、 >それこそ民が喜んでお寺に援助するでしょう。 >もちろん助けられた者は住み着くことなく自立努力をし、 >お返しをしなければなりません。 >私も百年に一度に見舞われてますが、お大師さんのおかげで >なんとかモチベーションと健康は保てております。 ==終わり== 2005/08/03和田島町航空写真(2/4文化の森展示室提供)。 中津峰も見える 2008/07/22三嶺航空写真(2/4文化の森展示室提供)。 ラスト佳境部分 1945/03/24アメリカ軍提供、昭和20年の当店付近航空写真です(2/4文化の森展示室提供)。 近所の旧家は64年前と同じ位置 2009/02/06当店での宴会料理です。 飲み放題付きです 速度標識に太陽が反射してUFO輝き(見たことないけど)です。 肉眼ではもっと輝いてました 紀伊水道から鳴門海峡を照らします。 昔は100mほど内陸にありました 阿南市まで延々続く堤防は散歩に心地よい。 小松島の花火には漁船で出かけました 眉山に大麻山も見えます。 この景色を見ながら釣りしました 大鳴門橋もくっきり。 ここに橋がかかるかと驚きました 面白くないぼやきネガティブ表現をなくしたいと思いながらの私のHP運営です。 ==前々から私のこりくつ== ☆輝いたときが落ち目の始まり。 (例)結婚したとき、家建てたとき、飛ぶ鳥落としたとき、・・など 経験しました。 いろんなHPを見て感じること。 少し話しただけのチラッと見の容姿だけで、スーツネクタイのホワイトカラー同派でなければ、 決まり文句のように二流三流形容詞を並べ立てて執拗に面白くさげすむ文章。 趣味も順序だてた経験を経てないと二流三流扱いをして否定する。 このような人に医者不足と医療費高騰問題を解決する私の持論である 「10年現場で看護師したら医師資格を付与する」 「弁護士も先生もパイロットも二種も、・・現場で10年経験したら資格付与」 なんてこと実現したら、万が一をたくさん持ち出し人格落としまくるのでしょう。 だから私は規制のない趣味の世界では一流資格で吠えまくります^^。 ==終わり== 私、いじけてるんだろうか?。
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