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2005/09/06(火) (張替え) バブル華やかし頃に買ったコ**製のテーブルセットの椅子シートを張替えました。派手で格好いいでしょ。 店入ったすぐのところで今や娘のパソコン台となってますが、とても頑丈で一生もんと奮発しました。 この商売始めるまでは、二階で食卓として家族向き合って三食共にしていました。 今はそれぞれ生活リズムが違って利用しなくなり、調理場の調理台、盛り付け台、備品台などがこの机代わりとなり あっちこっち向いて食べています。「こんなそっぽ向いて食べる家族なんてないよな〜」と言いながら食後それぞれ散って行きます。 それにしても我が家の家財はぐっと減りました。 商売がもひとつなので、学費に返済に光熱費に税にと代わっていきました。なかでも食べ盛り時期を養うころの食費に消えていった ときは思い出の品ながら潔く執着未練は断ち切れまして、エンゲル係数100点満点近くを食べられるだけでありがたいと楽しんでました。 今も状況としてはあまり変わらないのですが、すっかり倹約生活に慣れてしまいました。(張替えシート材はなんでしょう?) (徳島張替え) 自分の努力が足りないと言われればそれまでですが、こんな生活をやってる男には某市の音楽芸術ホール建設を 推進するというニュースにがっかりしました。民間企業の倒産にあたる財政再建団体になろうかというのに、 こんな浮いたことがよくぞできるもんだ。普通なら給料大幅ダウンして休日返上で頑張らないかんのに、 休日そのままの少々のダウンで済まし、予算の使い道も既得配分優先して市民生活に密着した予算には回さない。 一般家庭では当たり前の構造改革なんてのは、職員業者の反対多くて難しいことなんですね。 市民から集めた税金の半分が職員給与になっているなんて、市民生活安心サービスはどこ行ったんだって叫びたい。 過去成長期の税自然増収にあわせて自己増殖してきた人員組織をバッサリ切り捨て、職員一人で二人分働かなければならない。 実際市民サービスを感じるのは家庭ゴミ収集と中学生を毎日預って教育していてくれることぐらいだ。 道路は車の税だし、水道やバスはちゃんと料金取っているから、残った半分もいったい何に消えているのやら。 私も音楽や芸術は好きだ。 しかしそれらの施設を全て市レベルで用意する必要はない。県の施設で代用したり、交通がすっごく便利に なったのだから県外大都市の施設で代用し出かけて行けばよい。 補助金が出るからと維持費のかかる箱物施設建設を行政成果にしてはいけない。 余裕の市民はとっくの昔から県外に足運んで、新築田舎ホールなんか期待してません。 休みなしで働き、音楽芸術エンゲル0パーセントの市民をなくしてから浮いたこと言いなさい。 「今の文化センターも当時の200年に1回の最新技術が駆使されており、カーネギホールみたいに歴史と思い出を誇れる」 などと、よく前市長のときにメールしたなあ。 「そんなこと言ったってあなたも良いときは無関心だったでしょ」と返信あったようななかったような。 平均以下市民が政治に口出しすると、しっぺ返しでお〜こわです。だからこれまで。 (答)山登りにも着た私の半袖古シャツ4枚
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