「おまえのからだはいやらしいな」
私の膝を折り畳んで深く欲を叩きつけていた男は笑う。言われて直ぐは何を言われたのか分からなかった。遅れて分かった瞬間睨みつける。視線で人が殺せるものならば、いくらでもこうしてやるのに。彼は全く意に介さず、躰を交わしているだけでは飽き足らないのか躰中を撫で回してきた。その感触に、背中を這いずり意識を攫おうとする感覚に、ぞっとする。
「誰の、せいだ……ッ」
途切れそうな呼吸を繋ぎ合わせて叫ぶと彼は、くく、と咽喉の奥から笑い声を洩らした。
「俺のせい?」
返事をせずに居ると、彼の唇が綺麗な弧を描く。
「……それはそれで嬉しいなぁ」
早く終わればいい。終わらなければいい、などと思ってしまわない内に。
*
グローブに包まれ保護されていた彼の手は汚れている。ひとごろしの手だ。その汚れた手で触れられる私の手も汚れている。彼と同じひとごろしの手。彼と違うのはそれを罪悪だと感じていないこと。大事の前の小事に関わっていられない。創造と再生に犠牲はつきものだ。それなのに彼は苦悩する。分かっていながら何故悩むのか、理解不能で仕方無い。悩むくらいならこんなことに手を染めなければ良かったのに。ここに、来なければ良かったのに。
―――そうすれば私も変わらずに居られたのに。
*
愛してる、と優しく告げられる度に心の奥底が濁っていく。
「……嘘ばかり」
「そんなことを言うのはどの口だ?」
彼は苦笑し、私の口を塞いで誤魔化した。柔らかく歪む翡翠色の瞳は私を映さない。何時も私をすり抜けて、何処か遠い所に馳せられていた。
……ああ、そうか。
視線を合わせても互いに違う方向を向いている。仕方の無いことだ。ならば私もそうすればいい。彼よりも大切なものに、彼よりも私という存在を支えいていたものに。今までは容易く出来ていたのだから。
「……っ、」
躰のあちこちを触られ、溶かされ、はしたなく嬌声をあげる。抵抗すればいいのに、それをすることもせず。揺らされていると段々腹が立って来たので首筋に噛み付いてやった。
「……痛ぇ! 何すんだ、お前、」
「うる、さい……っ」
「キスマーク付けるんならこうやるんだよ」
一瞬の痛みの後、私の肌に鬱血痕が残る。
……残したいのは私にではなく、貴方にだ。
私にはもう十分蓄積された。触れられていない時にも貴方の感触が声が、この身に蘇る。もっと、と乞うのは気のせいで。
「……黙れ」
この痛みがずっと残ればいい、なんて口が裂けても言うものか。
*
*
*
あんなに焦がれてやまなかった宇宙に居るのに、苦しい。
……彼が最期に観たのはこの闇だったのだろうか。
太陽炉を射出して気が緩んだのか、痛みが強くなった。意識が薄れていきそうなのに考えるのがこんなことなんて馬鹿げている。でも、この手に躰に、心に、彼の温もりが染み付いていて落とせない。
……これが人間の感情だというのなら、こんなもの、知りたくなかった。
両胸の間までも痛ませる、訳の分からない感情なんて。毒づきたい相手はもう、応えてくれない。
置いていくのなら構わなければ良かったのに。
貴方も、ヴェーダも要らないものは、私だって要らないんだ。
だから、文句のひとつも言ってやろうと思う。
「これでやっと行ける……貴方の元へ……ロックオン……」
目を閉じると、目尻に冷たいものが流れたのが分かった。
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