Fluorescence spectra 



















トレミーUで待機になったロックオンは出撃していくダブルオーガンダムを窓から眺めていた。機体は光の線を描いて遠ざかっていく。

―――ロックオン・ストラトス」
「……ティエリア。何か用か?」

ティエリアはそっと目を伏せ、メモリスティックを差し出した。

「次のミッションプランだ。確認を」
「了解。……なあ、ティエリア、」

腕組みして外を眺めたままロックオンは続ける。

「GN粒子って蛍みたいだよな」

その呟きにティエリアは息を呑んだ。ロックオンはティエリアの反応に振り向き目を見開く。

「え、おかしなこと言ったか?」
「……何でもない。そうだな、蛍のようだ……」

傍らに寄って来て窓の外に視線を遣るティエリアの様子が気になって見つめていると、深紅の瞳を向けてきた。

「何だ?」
「いや……」

射抜くような紅玉にロックオンは言葉を無くす。

「……では、これで」

ティエリアは踵を返し、展望室を出て行った。その細い背中を黙って見送る。ロックオンは自分が息を止めていたことに気付き、大きく息を吐いた。





◇◇◇





―――GN粒子って蛍みたいだよな。
それは“ロックオン”も口にしたことだった。似ている、ということを確認する度、ティエリアは息が止まりそうになる。だがティエリアには分かっていた。似ている、と感じるのはロックオンが“ロックオン”では無いと理解している証拠だと。同一視出来ないからこそ、似ていると思うのだと。だが理解はしていても心は揺さぶられた。碧い瞳、くせのある髪、優しく響く声。錯覚してしまいそうな程似た彼は、思考までも“彼”と似ていたから。
……蛍か。
甲虫の一種でありながら脆弱な虫。変わっていることと言えば腹部が発光することだろうか。興味は無かったがティエリアは実物を見たことがあった。地上待機の時、“ロックオン”に連れられて見に行ったことがあるからだ。







「……何だよ、まだ怒ってんのか」

ハンドルを握るロックオンの問いに返事は無い。

「騙したのは悪かったって」
「……一応、自覚はあるんですね」

助手席に座ったティエリアは車窓からの景色を眺めたまま応えた。険しいと言っていい程の表情を和らげることも無く。暗く沈んだ夜をヘッドライトが切り裂いていく。

「そう尖るなよ。美人が台無しだぜ」
「容姿は関係無いだろう! 今がどういう時か貴方は分かっていないのですか?!」
「分かってるからこそさ」

ティエリアは怪訝そうに眉を寄せる。ロックオンはそれに返事をせずにギアを変えた。今時珍しいマニュアル車を運転するロックオンは何処か楽しそうで、何を言っても無駄か、とティエリアは諦めたようにシートの背に背中を預けた。

「……GN粒子って蛍みたいだよな」
―――は?」

くすり、とロックオンは小さく笑う。

「蛍。知らない?」
「ホタル科の甲虫の総称だな」
「見たことあるか?」
「映像や、写真では」

蛍という昆虫が居るのは知識として知っていた。だが興味は無く、訊かれるまで思い出しもしなかった。それが何だと言うのだろう。

「ガキの頃、観に行ったことがあってさ、」

ハンドルを軽やかに操りながらロックオンは続けた。車は滑るように進む。

「思い出して……お前にも見せてやりたくなった」

囁くように落とされた言葉は、ティエリアをひどく落ち着かなくさせた。それはロックオンと居ると必ずと言っていいほど訪れる。真綿で首を締められる、とはこんな感覚だろうか。ロックオンは退路を断つようにティエリアを柔らかく追い詰める。ティエリアは居心地の悪さを振り切るように口を開いた。

「……結構です。そんなことの為に呼び出したんですか」
「まあそう言うな。どうせ待機してるだけなんだからさ」

ティエリアが更に言い募ろうとすると、がくん、と体が揺れる。しかしシートベルトとロックオンの右手のおかげで体が前に投げ出されることは無かった。野良猫か野良犬だろうか、道路を横切ったそれのせいでロックオンが急ブレーキをかけたのだ。

「っぶね……大丈夫か、ティ、」

右手が感じる感触に、ロックオンはその先を続けることは出来なかった。ティエリアが顔を赤くして怒りに震えていたからだ。庇うように伸ばしたロックオンの手は、丁度ティエリアの胸のふくらみを押さえていた。

「す、すまん! 悪気は無かったんだ!」
「……右利きだったことに感謝するんだな」
「……へ?」
「そうでなければへし折っていたところだッ!」

ぱしん、と音を立てティエリアはロックオンの手を払う。ロックオンは苦笑し、その手でギアをローに入れ直した。







輪郭の曖昧な光が目の前を横切った。一、二週間ほどしかない命を煌めかせるように、蛍は光を放つ。薄緑色の幽かな光源は、儚く闇に溶けていく。ティエリアは初めて観る蛍に見蕩れたように言葉を無くした。

「綺麗だろ?」

暗闇にロックオンの漏らした微かな笑い声が落ちる。

「……ただの、虫じゃないか」

見蕩れていたことを見られて口惜しかったのか、ティエリアは悪態をついた。顔を背け、足を踏み出す。

「……っ?!」
「ティエリア!」 

躓きそうになったティエリアの体は、ロックオンの腕によって倒れずに済んだ。

「大丈夫か? 暗いんだから注意しろよ?」
「……こんな所に連れて来ておいて、よくもそんなことが言えるものですね」
「はいはい、すみませんでした」

そう言ってロックオンは左手でティエリアの右手を握る。ティエリアは体を震わせた。

「なっ、何の真似だッ?!」
「責任取って手を繋いでる」
「そんな、」
―――嫌?」

優しく微笑んで問うたロックオンに、ティエリアは眉を寄せる。否定も肯定もせず、ただ視線を逸らした。沈黙を肯定と受け取ったのかロックオンは手を繋ぎ直す。

「……昔は、蛍は死者の霊魂、なんて言われてたらしいぜ」
「馬鹿々々しい。霊魂なんて非科学的な、」
「背負って、こんなことしてんだな俺達は」

ティエリアは続けようとした言葉を飲み込んだ。そっと窺うと、ロックオンは右手を腰に当て蛍を見つめていた。その横顔からは何の感情も読み取れない。ティエリアは繋いでいる手に視線を落とした。グローブ越しでもほのかに感じる体温に戸惑う。
……あいかわらず、感傷的なことだ。
しかし、両胸の間がちくちくと痛んでそれを言う気にはなれなかった。何故かは分からなかったけれど。

「お、」

ロックオンの声に顔を上げると、ロックオンが差し出した右手に蛍が止まっていた。包み込むように蛍を掲げ、ロックオンが微笑む。

「近くで観てみるか?」
「……いいえ」
「そっか」

その手を天に伸ばすと蛍は高く舞い上がった。頼りなくではあるけれど、光の線を描いて。瞬く蛍火は踊るように二人の周りを何時までも漂っていた。





◇◇◇





「……ティエリア、」
「フェルト・グレイス。どうした?」
「ロックオン、に、渡してくれた?」

歯切れの悪い口調に、ティエリアは頷く。

「ああ」
「ごめんね、ティエリアだって……」

その先は続けられなかったが容易に予想出来た。ティエリアは微かに笑い、首を横に振る。

「気にするな。そんなことより考えなければならないことがあるだろう? 我々は、彼の意志を継ぐと決めたのだから」

その言葉にフェルトはようやく微笑んで見せる。泣き笑いのような笑顔で頷いたフェルトはブリッジに戻るため踵を返した。
……そうだ、私は決めたんだ。私の意志で、ここに居ることを。
窓の外に広がるのは空気も重力も無い宇宙。あの時の夜よりも深い闇。叶うならば、またあの光景を観たいとティエリアは思った。そこには“彼”が居るような気がするから。
……毒されているな。
知らず唇は弧を描く。ティエリアは“彼”を攫った宇宙を一瞥し、窓に背を向けた。













Fluorescence spectra=蛍光スペクトル

まだ二期ロックオンがどういうキャラか分かっていないのにこういうのを書くのはどうかと思うんですが、鬼束ちひろ嬢の「蛍」を聴いてたらこういう妄想が。
二期ティエはフェルトと仲良しだと嬉しいです。ロックオンの車はマニュアル車だと信じています。今でもオートマ全盛だけど全く無くなることは無いと信じてる!(私の車はマニュアル車)
蛍は友達と観に行ったことがあります。遠目から観ると綺麗なんですが、間近で観たらやっぱり虫で、手にとまらせた友達から逃げ惑った記憶があります(内容台無し)。虫苦手なんだ……。
'08.9.20