月の魔力 









くたり、とカフェテリアのテーブルに顔を伏せていたティエリアの頭に微かな重みと体温が乗る。緩慢に顔を上げるとロックオン・ストラトスが微笑んでいた。

「悪い、遅くなった……って、どうした? 顔色悪いぞ、大丈夫か」

虚ろな深紅の瞳を向けるティエリアの顔色は青さを通り越して白い。ロックオンに頬を撫でられると安堵したように目を閉じる。

「……木べらか何かで腹の底をごりごりと削られるような鈍い痛みが、」
「……痛い痛い痛い!」

目を開けたティエリアは忌々しげにロックオンを睨みつけた。

「訊かれたから答えたんだ」
「だからって……、まあいい。薬は」
「飲んだ」
「まだ効いてないのか」

尚も頬を撫でながらロックオンが問うとこくりと頷く。隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せてもティエリアは抵抗しなかった。何時もなら、場所をわきまえろ、と叫ぶだろうに、力無くロックオンにもたれている。

「そんなに辛そうなのに、何で来てんだよ」
「貴方が居るから」

間髪入れずにティエリアは呟いた。腕の中の少女は常より体温が高いせいもあるのか、気怠そうにため息をつく。

「それに今日は共同研究の方のミーティングがあると言っていたでしょう。欠席する訳にはいかない」
「……ティエリア」

何です、と口にするのも億劫なのか、目だけでロックオンを窺い見た。ロックオンはそれに答えずティエリアを横抱きする。

「なっ……!?」
「帰るぞ」
「はあ!? 話を聞いていたか?!」
「聞いてたから、帰るんだよ」

いきなり抱え上げられ、羞恥か怒りか、ティエリアの頬が僅かに紅潮した。

「おっ、下ろせっ!」
「だーめ。ミーティングは延期だ」
「しかしっ、」
「その状態で、冷静な判断が出来るのか」

ぐ、と口惜しそうにティエリアは押し黙る。そして諦めたようにそろそろとロックオンの首に手を回した。ロックオンは思わず口元を緩める。

「いい子だ」
「……子ども扱いするな」
「恋人扱いならしてる」

ぎゅ、と回した腕の力が強くなった。

「ところでさ、」
「……何です」
「行き先はメディカルセンターと俺の家、どっちがいい?」

ティエリアはため息をつく。

「……選択肢が一つ抜けている。ミーティングが延期なら帰宅しますよ」
「それは却下」
「何故だっ」

ティエリアを見つめるロックオンの唇が弧を描いた。

「俺が、心配だから」
「りっ、理由になってないっ! そんな理由、納得出来るかっ!」
「納得させる気ねーもん」

そう言って咽喉の奥から楽しげな笑い声を漏らす。ティエリアは眉間に皺を寄せそれを見ていたが、大きく息を吐いて肩を落とした。

「……貴方の家」
「りょーかい」

ティエリアは脱力したようにロックオンに身を預けている。猫が擦り寄るように、胸に顔を寄せ。何時もこうなら楽なんだけどな、とこっそり苦笑を浮かべながら、腕の中の恋人を揺らすことが無いように、ロックオンは帰路を急いだ。











いちゃいちゃさせてみました(これでも)。満足。
……あと、お腹痛かったんです。

’08.5.31