「ティエリア、」
「……何か?」
ロックオンに声をかけられたティエリアはあからさまに顔をしかめて見せた。ロックオンはメモリスティックを差し出す。
「そんな顔すんなよ。これ、おやっさんから」
「ああ……まだ何か?」
ロックオンはまじまじとティエリアの顔を覗き込んだ。そして不機嫌そうなティエリアの頬に手を伸ばす。思わずティエリアは体を強張らせた。
「な、何をッ、」
「冷たいな」
血の気の無い白い頬に指を滑らせ、ロックオンは微かに笑う。
「や、顔色悪ぃからさ……それにしても、触られるの嫌いだよな、お前は」
ティエリアはその言葉に眉を寄せた。微笑を浮かべたままのロックオンから目を逸らし、ため息をつく。
「……それは貴方でしょう」
「は?」
ティエリアは頬に触れていたロックオンの手を払った。
「触られるのが嫌いなのは、貴方だ」
「……どういう意味?」
ロックオンの瞳が眇められる。急速に冷えていく眼差しに、ティエリアは胸の空くような気分になって続けた。
「貴方は触られるのが嫌だから先に触るのでしょう。自分に踏み込まれないようにするために。予め情報を提示し好奇心を満たしてやれば、それ以上興味を惹くことは無い。手の内をさらけだすことで線を引いている訳だ。ここから入ってくるな、と―――違いますか?」
聞き終えたロックオンは、く、と咽喉の奥から笑い声を漏らす。それは徐々に広がり、終には彼は身を折って笑い転げた。
……図星か。
ティエリアは忌々しいとでも言いたげにロックオンを見上げる。目の端に涙を滲ませながら笑っていたロックオンは何度か深呼吸した。
「……成程。いや大した洞察力だ。けどさ、」
ティエリアを見据え、ロックオンは微笑んだ。
「俺のこと、よく見てんだな」
「っ……!?」
「じゃねぇと、そこまで分からないだろ」
「……断じて違う!」
ティエリアの怒りもロックオンにしてみれば仔猫の甘噛みみたいなものなのだろうか。刺し殺しそうな視線でもロックオンの微笑は崩れない。途端にティエリアは居心地の悪さを感じた。
「……は、話にならない! 失礼させて貰う!」
ロックオンは身を翻そうとしたティエリアの腕を掴み引き寄せる。バランスを崩し倒れかかってきた体を抱き留め口づけた。柔らかな唇は固く閉じられていたが、ロックオンは構うこと無く貪った。抵抗していたティエリアの手は、その内縋るようにロックオンの腕を掴む。
「……は、っ」
「ティエリア、」
ティエリアはまだ焦点の合わない深紅の瞳を向ける。
「確かにお前の言う通りかもしれない。けどな、」
真っ直ぐに見つめられてティエリアは、言葉を無くした。ロックオンの翡翠色の瞳がティエリアを絡めとる。
「お前には、触れたいと思うよ」
「そ……」
ティエリアは先程のキスで吸い取られてしまったかのように言葉が出せなかった。代わりに顔が熱くなる。
「……そうやって、何時も貴方ははぐらかす」
「……かもな」
再び寄せられた唇にティエリアは目を閉じた。
躰をまさぐる手は的確にティエリアの芯をほどいていく。ぐずぐずに溶けてロックオンを受け入れる。不可抗力だ、と言い訳しても皮膚のすぐ下がざわざわと悦びに騒いでしまう。組み敷かれ、足を開かされる。
……ひとつになる、とはよく言ったものだ。
呼吸をも奪うキスが頭の中心をぐらつかせる。むき出しの肌で感じるロックオンの体温がティエリアから理性を剥ぎ取っていく。
……こうすればする程、ひとつになれないと感じるのに。
躰を重ねれば重ねる程分かる、明確な隔たり。それはちくりと胸を刺す。致命傷にもならない傷は、けれど甘く痛み、揺らがないように気を付けていたティエリアを容易く揺さぶる。繰り返した行為のせいで、ロックオンが動く通りにティエリアの躰は形を変える。あつらえたように歪み受け入れる自身の躰にティエリアは眉を寄せる。生産性の無い行動はティエリアの嫌うことの一つだ。最も、結果を出す訳にはいかないのだが。ロックオンの汗がティエリアの肌に降る。ティエリアの口から漏れる矯声が空間を満たす。霞む視界の向こう、ロックオンが堪えるように目を瞑る。目を閉じても目の前から消える訳では無いけど、消えてしまえ、と願いながら、ティエリアも目を閉じた。
◇
ティエリアが目を覚ますとロックオンの腕の中に居た。ティエリアは半身を起こし、ぐっすり寝こけているロックオンを見下ろす。
……油断し過ぎだ。
舌打ちしそうになったが我慢した。ロックオンを起こさないように腕の中から抜け出し、ベッドの下に落としていた衣服を身に着ける。
「……ティエリア?」
ティエリアは、びくり、と体を震わせた。疚しいことは何もしていないのに。
「あー……今何時?」
「……標準時で午前2時です」
「帰んの?」
部屋に、と背中にかかる声にティエリアは頷く。振り返ると挫けてしまいそうだった。釦を留めると立ち上がる。
「……失礼します」
「ティエリア!」
その声を背に、ロックオンの部屋を出た。急いで自室に戻りながら唇を擦る。
……もう、嫌だ。
乾燥した唇の端に血が滲んでも、繰り返し擦った。
……私に触れるな。
拭っても消えない体に残る感触も、鼻腔に残る香りも怖くない。怖いのは、彼が心まで触れてくること。緩んだ隙を衝いて彼は心を攫おうとする。底から掬うように。
……触らないで、くれ。
口に出せない祈りは、澱のように溜まっていく。
タイトルは「ほうせんか」のこと(花言葉=私に触らないで)。以下蛇足につき反転。
メメント・モリから、そういえばノリ・メ・タンゲレ(私に触れるな)って言葉も聞いたことあったなあ……と思い出した→ティエリアもだけどロックオンも触られるの苦手そう→という思考からこの話が出来ました(思考が突飛なのはいつものことです)。
'09.1.17