「……っ」
血の滴る感触にティエリアは体を震わせた。足の間からは止め処なく血が溢れる。
座り込んだ狭いシャワールームの床は、先程シャワーを止めたせいで一面紅く染まっていた。血腥い空気も重く感じる体も何もかも苛立たしい。出血で朦朧としながらため息をついた。
……無駄な機能だ。
痛みが分からないと限界が分からず無茶をするという。そのため痛覚が必要なのは分かる。しかし血に慣れるためにか、はたまた別の意図があるのか、付随されたこの機能には眉をひそめざるをえない。月に一度、蓄え使われなかった卵子を排出し血を零すことには。本来なら種を残すための月経も、ティエリアには余計なものとしか考えられなかった。毎月、下着に紅い染みを見つける度にティエリアは暗憺とした気持ちになる。
……止まってしまえばいいものを。
体調には気を配っているためか、宇宙と地上を行き来してもサイクルが狂うことは無かった。不幸中の幸いか、ほとんど生理痛は無いが、こうして血を流す感覚には慣れない。血液だけならともかく、血の塊を見るとぞっとした。こんなものが自分の裡から流れ落ちるのかと、恐怖にも似た感情を覚える。その時、来訪を知らせる微かな電子音が響いた。
『ティエリア、居るか?』
インタフォンから聞こえた声はロックオン・ストラトスのものだった。
「何だ」
『ミス・スメラギからの預かりものを持って来たんだけどよ……ってお前、シャワールームに居んの?』
「ああ」
声が僅かに反響していたことに気付いたのだろう、焦ったように彼は言う。
『じゃ出直すかな、』
「構わない」
それを遮って続けた。
「今開けるから、置いて行ってください」
『え!? おい、ちょ、』
普段のティエリアならば、迷わず後からにするのだが、貧血のためか、頭がうまく働かなくてガードが緩んでいたに違いない。答えを聞かずに部屋の鍵を開けた。今の状態では出るに出られないので仕方ない。
シャワールームの擦り硝子越しに人影が見えた。ぼんやりとその影が動くのを見ていると、こん、とドアが叩かれる。
『机の上に置いといたから』
「了解した」
『―――どうした?』
「は?」
何を問われたのか全く分からなくて声を上げると、ロックオンは心配そうに呟いた。
『具合悪いとかじゃ無ぇよな?』
「……何故そんなことを訊くのです?」
『へたりこんでるように見えっから』
こちらから透かし見えるということは、向こうからも同様だということだ。目敏い彼に思わず舌打ちしたくなった。
「……何でもありません。用が済んだのなら出て、……っ!」
足の間をまたどろりと血が伝う。その感覚は、ロックオンの声のせいもあるのか、思い出さなくていいことまで呼び起こした。
『ティエリア!? 悪い、開けるぞ!』
「やめっ……!」
ティエリアの制止は間に合わず、ドアが開けられる。眼前に広がっていた光景にロックオンは息を呑んだ。床一面の血溜まりの中に、ティエリアが座り込んでいる。
「ティエリア!?」
「騒ぐな!」
鉄錆のような臭気にロックオンは眉を寄せた。床を染める赤の中に居るティエリアの肌は一層白く見える。
「一体、」
「ただの生理現象だ」
「生理現象って……え?」
ティエリアはため息をついてシャワーのコックに手を伸ばした。
「……言葉通りの意味です。これは月経の出血だ。床が濡れているから大袈裟に見えるだけで」
「だからって何でそんな血塗れに、」
「流れるものは仕方ないだろう」
そうじゃなくて、と呆れたような顔をした彼を睨みつける。
「いい加減、閉めてください。流せない」
「あ……ああ悪ぃ」
ドアが閉められたと同時にコックを捻った。冷えた体に熱い湯を浴び、床を流す。血もお湯も、排水口に吸い込まれていった。しかしシャワーを止めてもまだ血は止まらない。
……本当に、どうしてこんな。
ティエリアが身支度を整えシャワールームを出ると、もう出て行ったとばかり思っていたロックオンがベッドに腰掛けていた。
「……なっ!?」
「大丈夫か?」
「何故まだ居るんだ貴方はっ!」
「あんなとこ見たら気になるだろ」
「だからって、」
何時もとは逆にティエリアが見下ろす形で言い募ると腰に腕を回される。驚きで身を強張らせるとそのまま抱き寄せられた。
「な、なっ、」
「あ、やっぱ何時もより体温高いな。痛いか?」
ロックオンはティエリアの鳩尾に顔を寄せ呟く。
「痛みはあまり……いや、そんなことはどうでもいい! 離せッ」
ティエリアは必死で身を捩ったがロックオンの腕が緩むことは無かった。
「大変だよなぁ、毎月だろ? ……頑張ってんだな」
「貴方は何を言って、」
ロックオンは腕を外し、ティエリアの下腹部を撫でる。壊れ物を扱うかのような触れ方にティエリアが固まっているとロックオンは微笑んだ。
「変われるもんなら変わってやりてぇけど、こればっかりは無理だから」
「……そんなことをしても何もなりません」
「気分の問題だよ」
「非科学的だ」
それに少し笑いロックオンは立ち上がる。そしてティエリアの頭を撫でた。
「邪魔したな。あ、無理はすんなよ?」
グローブを填めた手をひらひらと振りながらロックオンは部屋を出て行く。しばらくその背中を見送っていたティエリアは、気が抜けたようにベッドに腰を下ろした。そっと腹部に手を当てる。
……理解不能だ、あの人も……この思考も。
下腹部にも頭にも、ロックオンが触れた箇所にまだ熱が残っているような気がして、振り払うようにかぶりをふった。
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