任務で地上と宇宙に分かれることが多かったので、ロックオンはティエリアと顔を合わせる機会はあまり無かった。あんなことになってからも、ティエリアは声をかければ返事はする。だが今まで以上に距離を取ろうとしているのが分かり、ロックオンは傷付いていた。
……傷付けたのは俺の方なのに、な。
◇
鹵獲されそうになりながらもティエリアとアレルヤが帰艦したことにプトレマイオスのクルー一同は安堵した。安堵したのも束の間、ティエリアはスメラギに対し八つ当たりめいた怒りをぶつけたが。諌めるような発言をしたと同時にロックオンはほっとしていた。感情を揺らさない彼女の、揺れを確認出来て。
「待てよティエリア、」
ブリッジを出て行ったティエリアに声をかけると、ゆっくりと振り返った。よく見るとその目の縁は赤い。
「……まだ何か?」
険しく眉を吊り上げていた彼女は、ふ、と唇の端を上げた。
「……笑いたければ笑えばいいだろう」
そうして声を低く落とす。
「のうのうと帰投して……と」
唇は弧を描いているのに、深紅の瞳は緩んでいない。
「言わねえよ、んなこと。さっきも言ったろ、命あっての物種って」
「しかしヴェーダの計画を歪めてしまった……っ!」
口惜しそうに叫んだティエリアは壁に拳を叩きつける。
「こんな初期にナドレを晒すなど……わ、俺がッ」
ふるふると肩を震わせていたティエリアの眼球を涙の膜が覆う。
「こんなの違うっ……認めないっ。認めたく、ないっ……」
ティエリアは激しく首を振り、決壊したように溢れた涙の雫が宙に舞った。ロックオンは息を呑む。崩れない、揺らがないと思っていたティエリアが壊れるのを見たいと思っていた。
……でもこんな風にしたかった訳じゃ無い。
後から悔やむから後悔だということは分かっているけれど。眼鏡を外し、ぐい、と涙を拭ったティエリアは移動レバーに手を伸ばす。
「ティエリア、」
ティエリアは返事もせず、自室へ向かう。その背中をロックオンは尚も追いかけた。ノーマルスーツ越しだと殊更分かる細い背中。腕の中に収めても腕が余ったことを思い出し、おかしな気分になる。そう、自分は知っているのだ彼女の躰を。微かな音を立てドアが開く。ティエリアはロックオンの姿を認めると眦を上げた。
「……何処までついてくる気だ」
「あ、いや、」
ティエリアはふいと顔を逸らし室内に入る。さすがに室内にまで追いかけることは躊躇われ、足を止めた。その隙にドアは閉じられる。
……何やってんだ、俺は。
ロックオンは自室に戻るべく踵を返した。
◇
「――ティエリアが?」
「ええ。アレルヤも食事を摂りに来なかったんだけど、持って行ったら顔は見せたのよ。でも、」
スメラギは言葉を切り、ため息をつく。
「ティエリアは返事もしないの。報告書は提出されているんだけど……」
「分かった。俺も見に行ってみるよ」
◆
「ティエリア、おい、開けろって」
固く閉ざされたドアの向こうからは何の返答も無い。焦れて思わず舌打ちした。ティエリアは、食事に関して積極的では無いものの、今まで食事を抜いたことは無い。それはひとえに生命維持のため、ひいては任務のためであろう。その彼女が食事を摂っていない。
……威丈高にされてる方がマシなんてな。
ため息をつき、脇に抱えたオレンジ色の相棒に口を開く。
「ハロ、開けられるか?」
「デキル、デキル」
ハロがはしゃぐように声を上げた後、しばらくしてロックの開く微かな音がした。勝手に鍵を開けた後ろめたさを味わいながらドアを開ける。中に足を進めようとすると室内の照明は落とされていた。
「――ティエリア?」
手探りで照明を点ける。明るくなった床にはノーマルスーツやアンダーシャツが脱ぎ捨てられていた。几帳面なティエリアにしては珍しい、とベッドに視線を移すと、ベッドは人の形に膨らんでいる。
「おい、ティエ、」
ロックオンは掛け布を捲りかけた手を止めた。掛け布の下のティエリアは、何も身に着けていないことに気付いたからだ。白い肩、浮いた鎖骨、その下に続くなだらかな双丘、慌てて掛け布を元のように被せた。
「……う、」
ティエリアは眩しいのか、眉間に皺を寄せる。嫌そうに目を開け、ロックオンの姿を認めると目を見開き飛び起きた。
「ロックオン・ストラトス……ッ!?」
身を起こした彼女から掛け布が肌蹴る。ささやかな膨らみも露なままに、ティエリアはロックオンを睨みつけた。
「何故ここに?! ……そいつか!」
ハロに視線を遣り口惜しそうに歯噛みする。
「お前が出て来ねえからだろ、ていうか、」
ロックオンは掛け布を引き上げ彼女に押し付けた。
「隠せよ、せめて。目の毒だ」
「……可笑しなことを。貴方は見たことがあるだろう」
唇の片端を上げてティエリアは意地悪く笑った。
「それでも、だ。……何でメシ食いに来なかったんだ?」
ティエリアは掛け布の端を握り締めて口を噤む。目を伏せ小さく落とした。
「……そんなことをしても意味が無い」
「意味が無い訳無えだろ。生きてんだから、」
「貴方には分からない!」
叫んだティエリアは肩を震わせる。その頬を涙が伝った。
「こうして計画を歪め、おめおめと生き残って……これでは何のためにここに居るのか分からない……そ、存在価値が無いッ!」
「やっちまったもんは仕方が無えだろ。まだ終わった訳じゃ無いんだ」
「しかしッ、」
話している間にもはらはらと涙を零す。痛々しい、見てられない、そう思うのに、扇情的なその光景にロックオンはこくりと咽喉を鳴らせた。
「ティエリア、」
ロックオンはティエリアの肩を掴む。
「な、んだ……ッ、んッ」
怪訝そうに呟かれた言葉はロックオンに飲み込まれた。ティエリアの口をロックオンが自身のそれで塞いだからだ。歯を食いしばりティエリアが抵抗すると、唇を舌でなぞる。藻掻くティエリアの両手を左手で纏めてシーツに縫い留めた。ロックオンは口付けたまま、器用に片手だけでグローブを外し床に放る。右手が胸に触れるとティエリアは躰を震わせた。ロックオンの手が与える刺激のままに膨らみは張り詰めていく。ティエリアは顔を逸らし、吐息混じりに吐き捨てた。
「やめ、ろ……ッ」
「止めない」
「あ……っ?」
鳩尾、薄い腹と指で辿り、ティエリアの足の間に手を伸ばす。そこはロックオンの指の侵入を容易に許す程潤っていた。誘われるかの如く中に指を埋めるとティエリアの背中が跳ねる。
「や……ッ」
「こんなにしてるのに?」
ロックオンが指を増やし中で動かすと、ティエリアの咽喉から甘い声が漏れた。音を立て、雫を滴らせ、ロックオンの指を飲み込もうとする。ロックオンは舌でティエリアの胸の先を掬い、転がした。
「な、何を考えてるんだ、貴方は……っあ、」
「……忘れさせてやるよ」
鎖骨に、胸に、肉付きの薄い腹に、唇を落とし、時に軽く歯を立ててやると、固く閉じようとしていた膝から徐々に力が抜けていく。ロックオンは濡れた指を抜き、ベルトを外し前を開けた。
「もう何も考えんな」
そう言ってロックオンはティエリアの中に押し入る。ひ、と小さく悲鳴を上げても止めなかった。何度か抽送を繰り返しただけで果てそうになり、堪えるように眉を寄せる。引き攣るように行く手を阻んでいたそこはいつの間にかロックオンを受け入れ、絡みついてきた。ティエリアは揺さぶられながら焦点を結ばない深紅の瞳を向け、意味を為さない喘ぎを漏らしている。そうしながら振り落とされまいと背中に手を回し縋りついてきた。
……眩暈がしそうだ。
ティエリアが弱っている隙を衝いて抱く自分の身勝手さに、そのくせどうしようも無い快感を得ていることに。その時、ティエリアが何かに気付いたように反応した。
「……っ! やだっ、やめ、やめろっ、」
「っ、何で?」
「何かもう……分からなくなる……っ、怖い、嫌、やっ、」
「ああ……イキそうなんだ?」
笑みを浮かべたロックオンに、ティエリアは胡乱な視線を向ける。
「……絶対止めない」
「な……、や、ぁっ!!」
更に強く揺さぶられ、ティエリアの躰がしなった。ロックオンの背中に爪を立て、耳をつんざくような悲鳴を上げたと同時に、ロックオンはティエリアの腹の上に白濁を吐き出す。全身を弛緩させ目を閉じていたティエリアの腹を拭ってやると、ゆるゆると目蓋を開けた彼女はまた涙を零した。
「躰、きついか」
ふるふると首を横に振り、ティエリアは口を開く。
「こんなこと……一瞬でも任務を、何もかも忘れてしまうなんて、あったらいけないのにっ、」
「……いいんだよ、お前のせいじゃ無ぇから」
「え……?」
ロックオンはティエリアを抱き締めた。ティエリアが眉を寄せると耳元で囁くように告げる。
「……お前は、ちゃんと任務を遂行してる」
「でも……っ、」
「バグ、って何でバグと呼ぶか知ってるか?」
「……は?」
唐突なロックオンの言葉にティエリアは目を丸くする。
「昔々、スーパーコンピュータってのに虫が入り込んで不具合を起こしたことから来てるんだと。完璧に見えてもそういった不確定要素を完全に消すことは出来ない」
彼女は黙ってロックオンの言葉に耳を傾けていた。
「大事なのは、今後二度と同じ過ちを繰り返さないことじゃないのか」
言い終わると、ティエリアは両手でロックオンの胸を押す。
「……離してください」
「ティエリア、」
「着替える……食事を、摂らなければならないから」
視線を逸らしながら落とされた呟きに思わずロックオンは頭を撫でた。
「そうしろ」
「……子ども扱いはやめて貰いたい」
何時も通り不遜な態度で吐かれた言葉にロックオンは苦笑しながらも安堵する。そんなつもりは無い、とは、何となく口に出来なかった。
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