Between the sheets 














「……謝りにでも来たのか」

気配を感じてロックオンが呟くと、凛とした声が背中にかかる。

「謝らなければならないようなことを言った覚えはありませんが」

苛々したように言を紡ぐロックオンを前にしても、ティエリアの感情の乗らない口調に変わりは無かった。規則正しく寄せては返す目の前の海の波のように揺るぎ無い。

「じゃあ何だ。まだ言い足りないってか?」
「言いたいことは全て言いました……ただ、」
「ただ、何だよ」

ティエリアにしては珍しく歯切れが悪かった。彼女はロックオンの隣に立ち、口を開く。

「……これで、貴方が任務に支障を来すようなら問題だと思いましたので、」

来てみました、と続けたその横顔には何の感情も見られなくて、余計にロックオンを苛立たせた。

「は!」

嘲るように吐き捨てる。

「来てみたって何だよ? 慰めてくれでもするってのか」

八つ当たりだ、という自覚はあった。だから、わざと逆撫でるような言葉を吐いた。そうすれば彼女は激昂してこの場を後にするだろうから。しかし、ティエリアは目だけでロックオンを見て呟いた。

「……構いませんが」

ちっとも揺さぶられないティエリアが腹立たしくて、腕を掴む。

「じゃあ部屋に来いよ」

潮風に髪をあおられながら、ティエリアはじっとロックオンを見つめた。





罵って逃げ出すかと思ったティエリアは大人しくついて来た。部屋の入口に立ち尽くすティエリアの背中をとん、と押し、部屋の中に入れる。ドアに鍵をかけ、腕を掴み引き摺るようにベッドに押し倒してもティエリアは焦る素振りすら見せなかった。静かにこちらを見上げてくるだけ。カーディガンの釦を外し、シャツの上から胸を掴むと、眉を寄せた。

「止めるなら今の内だけど」
「……構いません、続けてください」
「ああ、そう」

深紅の瞳が見守る中、ロックオンは何時も着けているグローブの指先を銜え、手を引き抜くようにして外す。シャツの釦を一つ、一つと外していくと、下には何も着けていなかった。ティエリアの、透けるような肌の白さに目が眩みそうになりながらも手は止めない。ロックオンの指がささやかな膨らみの先に触れると、ティエリアは微かに身を震わせた。ぞくり、と背中が粟立つ。
……泣き叫ばれることを期待していた訳じゃ無い、けど。
彼女の顔を歪ませてやりたい、と思いつきロックオンは嫌になった。己の中に潜んでいた加虐性を見せ付けられたようで舌打ちしたい気分になる。躰をまさぐるロックオンから顔を背けていたティエリアの顎に手をかけると、彼女は嫌がるように顔を再び背けようとした。

「……慰めてくれるんじゃなかったのか」

その言葉にティエリアは雷にでも打たれたかのように動きを止める。目を伏せ、抵抗を止めた彼女に口付けた。ひんやりとした薄い唇に、角度を変え、舌を差し入れ、蹂躙するように何度も。口付けの途中でティエリアを窺うと、苦行に耐えるように目を閉じている。思う様貪った後唇を離すと、ティエリアは肩で息をしていた。

下着ごとズボンを脱がせ、ロックオンは足の間に手を伸ばす。触れられた瞬間、ティエリアはびくりと躰を竦めた。僅かに潤むそこを何度か撫でるように往復させると、白い咽喉を仰け反らせ、詰まるような吐息を漏らす。痛みか屈辱か、堪えるように唇を引き結び眉を寄せる姿は痛々しいのに、ロックオンは手を止めない。それどころか馴らすように指を侵入させた。

「ティエリア、」
「……っ、な、んだ」
「すごいな、こんなになってる」

彼女の中を弄んでいた指を引き抜き、わざと目の前に翳すと、顔を紅潮させ睨みつけてくる。その呼吸は荒く。
……そうだ、もっと、
ロックオンは唇の端が上がるのが自分でも分かった。先程抱いた自己嫌悪を消し去るように歓喜の衝動が全身を駆け巡る。組み敷いた彼女を崩したい、頭にあるのはそれだけだった。与えられた快感で身を捩るところを、醜くどろどろに狂う様を見たい、と。膝頭を掴むと皮膚の下の骨を感じた。ロックオンはそのままティエリアの足の間に顔を埋める。

「……う、ぁっ」

溶けるように溢れてくるのを舌で舐め取り、啜った。ティエリアは両手で唇を抑え声を堪えている。ロックオンは、それでも漏れる声に煽られるように執拗に嬲った。固く結んだ紐を解くようにゆっくりと。ロックオンが顔を上げると彼女は大きく息を吐く。素早くゴムを着け、高まった熱を宛てがうとティエリアは怯えたように躰を戦慄かせた。

「……止めるか」
「……構わない、と言ったは、ず、だっ」

憎々しげに繰り返される言葉を遮るように突き入れる。問いかけはしたが、ロックオンは止める気なんてこれっぽっちも無かった。ロックオンの腕にティエリアの薄い爪が食い込む。シーツの端を噛んで声を堪えるティエリアの躰を揺らしながら、その口からシーツを抜き取った。恨みがましく見上げてくる彼女に唇の片端を上げて見せる。

「声、出せよ」
「い……い、やだっ」

拒絶の言葉を吐く深紅の瞳は辛そうに細められた。ああ可哀想に、そう思うのにロックオンは細い腰を掴む手を緩めることはしない。深く奥まで抉るように彼女の中へ欲望を叩きつけた。ティエリアは眉を寄せ、目の端に涙を滲ませながらロックオンの下で喘いでいる。こういう時に甘く響く筈の声が悲痛な叫びにしか聞こえず、ロックオンは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。躰は悦びを感じているのに、心の奥底は冷えていくばかりだった。





事を終えた後、しばらくロックオンの腕の中で荒い呼吸をしていたティエリアは躰を起こした。ロックオンに白い背中を向け、彼女は呟く。

「……気が、済みましたか」

シャツに腕を通し、カーディガンを羽織る。その仕種には何の余韻も感じられなかった。身支度を整えたティエリアは立ち上がり、未だベッドに伏すロックオンを見下ろす。ロックオンはシーツに残った痕跡を見つけ、動揺していた。

「お前……これ、」
「ああ、すみません。汚してしまいましたね」

シーツの上の、赤い痕跡を目にした彼女は眉一つ動かさず言ってのける。破瓜のことなどまるで気に留めてもいないようだった。

「処分しましょうか?」
「いや……」
「そうですか」

さすがマイスターと言うべきか。ドアに歩いて行く彼女の足取りの覚束なさは注視しなければ気付かない程度だった。ドアを開け、ティエリアは振り返る。

「では、失礼」
「……ティエリア、」
「何です」

ロックオンに向ける瞳は抱かれる前と変わりが無かった。何処までも澄んだ深紅の瞳。そうして思い知る。ロックオンは勝手な欲を吐き出しただけで、ティエリアは汚されていないと。これも彼女の中では与えられた任務でしかないのだろうと。

「……何でもねえ」

項垂れたロックオンを一瞥し、ティエリアは部屋を出て行った。







「……っ、」

ティエリアは自室に戻ろうとして、くずおれた。ロックオンの前では精一杯虚勢を張っていたが、翡翠色の瞳から逃れた途端、膝が震え力が入らない。

―――あれ、ティエリア?」

弾かれたようにティエリアが顔を上げると、向こうからアレルヤ・ハプティズムが歩いてきていた。しゃがみこんだティエリアを心配そうに見つめる。

「どうしたの、具合悪い?」
「……立ち眩みがしただけだ」
「本当? 顔色、悪いけど」
―――大丈夫だと言っている!」
「え……」

ティエリアは壁に手を着き体勢を立て直した。そうして真っ直ぐにアレルヤを見据える。

「……何でも、ないんだ」
「……でも、」

尚も気遣うアレルヤの視線を振り切るように、自室に戻った。





シャワーを浴びながら躰を見下ろしたティエリアは、腰の辺りに指の形をしたあざを見つけた。
……ロックオンに、掴まれていた痕だろうか。
その時、もう触れられていないのにロックオンの手の、舌の、全ての感触がまざまざと蘇ってきてぞっとした。自分の咽喉から漏れ出たかん高い声、月経の時のように足の間を濡らした感覚までも思い出し、座り込む。胃液がせり上がってきそうな気配を堪え、深呼吸した。
……問題無い。これで、彼の気が済むのなら。
今でも間違ったことを言ったとは思ってない。任務をこなすことだけが彼女の至上で、つまらない感情に振り回される人間に手を差し伸べるつもりなんて無かった。だが、気付くとティエリアはロックオンの許に行っていた。切り捨てれば良かったものを、ロックオンに頷いていた。望むようにしてやりたい、と思ってしまった。
……違う、これも任務の内だ。
浮かんだ考えを消すように頭を振る。自分の意志では無い。計画に支障を来たすかもしれないから行ったまでのこと。それだけのこと、なのだ。鼻の奥がつんとしたように感じ、奥歯を噛み締める。そうしたままティエリアは、消すことは出来ないと分かっていながら、内腿にも残るあざを強くこすった。







「……強がってんだよ」

スメラギを称したアレルヤの言葉にロックオンは返す。そして視線だけ、傍らに立つティエリアの横顔に移した。背筋を伸ばし、前を向く彼女からは昨夜の残滓は見受けられない。こうしてロックオンの側に居ても何も無かったかのような顔をしている。
……夢だったのかもしれねえな。
ロックオンの下で、身を捩らせていた白い肢体も、細められた深紅の瞳も、苦しげに鳴いていた声も。夢だったらどんなに良かったことだろう。彼女が血を零したシーツが、それを許さなかったけど。











7〜8話辺りで妄想。続くかも、です(しかし語彙が足りないと痛感しきり)。

'08.6.7