
更新日 2007.11.9
常滑の陶彫家柴山清風(明治34年生、昭和44年没)の陶房です。
清風は、観音様の笑みに魅せられて、その分身を933体つくりました。
作風は、繊細かつ優美で創造力に富んでいます。
略歴
作品
陶房
記
『礼拝山興亜観音』を参詣しました(2007.10.24 14:00)
住職伊丹妙浄様に、坂の下まで出迎えていただきました。
お話しながら、坂を歩くこと20分、息を切らして興亜観音(3.3m 柴山清風作)前に到着しました。
昭和15年2月建立の興亜観音は、65年間の風雪にもめげず、穏やかな笑みをたたえていました。
妙浄様の説明は隣の「七士之碑」に移り、碑は昭和46年に過激派の若者によって爆破され、三つの片に割れ、その後修復されたとのことです。
七士とは、太平洋戦争のA級戦犯として刑死された、松井石根大将、廣田弘毅元首相、土肥原賢二大将、板垣征四郎大将、東條英機大将、木村兵太郎大将、武藤章中将の7人で、遺骨の一部がここに埋葬されているそうです。
本堂の興亜観音(60p 加藤春二作)を拝顔し、その後、隣の休息所でお茶をいただきながらお話をしました。
陶器の観音像制作については、「大きな像は足からつくり、徐々に陶土を上に継ぎ足し、上へ上へと作り、その後、1ヶ月程度乾かして、焼成は土管と同じ窯で、土管の中央に観音像を置いて、火が直接観音像に当たらないよう焼き、窯変や焼ムラがでないようにします。」と説明しました。
松井大将は、南京より帰国後、観音像の制作をご覧になられたとお話し、その時の陶房での写真をお渡ししました。
昭和22年11月24日付け、極東国際軍事裁判所法廷に於ける、松井大将の供述書の写しをお渡ししました。
大変有意義な時間でした。 妙浄様ありがとうございました。
「清風の陶房」主宰者
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