江戸時代には東海道中の名井戸に数えられ、当時は宗興寺を「大井戸」と呼ぶほどであったと言われています。江戸中期には神奈川御殿に宿泊する徳川将軍のお茶の水に使われたと伝えられ、開港後は、宗興寺に滞在したアメリカ人宣教医シモンズやヘボンもこの井戸の水を利用しました。この水を売り歩く「水屋」がいたといいます。また、この井戸の水量の増減によって、翌日の天気を知ることが出来ると言われ、「お天気井戸」とも呼ばれました。(汲むこと、飲むことは出来ません)
神奈川の大井戸