箱根富士屋ホテルがある宮ノ下温泉は、箱根七湯の一つで標高約420m。古くから開けていた温泉地でしたが、大きく脚光を浴びるようになったのは19世紀半ば以降です。開国の兆しが見え始めた幕末、わが国には外国人の姿が多く見られるようになりますが、横浜の居留地に留め置かれて、自由に旅することは許されていませんでした。ただ、何とか箱根までは許可を得ることができ、車もない時代には、馬やチェアと呼ばれる椅子型のカゴに乗って、箱根までやってきました。彼らは、自分たちの独自の目で箱根を見て、その自然と歴史に私たち日本人には気がつかないすばらしさを感じていたようです。その宮ノ下温泉街の中心に和風三層の建物が、明治十一年に外国人専用ホテルとして富士屋ホテルは産声を上げました。富士屋ホテル開業によって、宮ノ下は湯治場からリゾートへとその姿を変えていきました。明治から昭和にかけて多くの外国人旅行者で賑わった結果、その町並みも多分に外国を意識して作られ、他の箱根地域とは違ってエキゾチックでレトロな雰囲気を醸し出しています。(現在、国道1号線に並ぶ商店街の町並みはセピア通りと呼ばれています。)ただ、富士屋ホテルの歴史は、パンひとつ運ぶのも宮ノ下までの険しい山道は、苦労の連続でした。 大火、震災、戦禍・・・。さまざまな試練を乗り越え、いくつものドラマを秘めた、ここに現在の富士屋ホテルがあります。富士屋ホテルの庭園は広さは約5千坪の広さがあります。箱根が生んだ名水を広い庭内の滝や池に流して、水車小屋・温室・幸福の丘などの眺めで、箱根の自然を体いっぱいに感じながら散策できるようになっています。
箱根富士屋ホテルの庭園