「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会(釜ヶ崎労働者の会)」は8月12日、全国の寄せ場で闘われた夏祭りの一環として、西成市民館で夏祭り上映集会を開催した。
「釜ヶ崎労働者の会」の仲間は当日、まだ暗い午前5時からセンターでの労働相談―机出しと夏祭り上映集会への参加を呼びかけるビラまき情宣を行なった。センターには仕事を求めて労働者が集まっているが、求人業者の車は少ない。「センターだより(8月15日号』」に寄れば、昨年の7月に比べて今年の7月は、「現金(日払い)求人」がマイナス14・7パーセント、「契約(飯場)求人」は延べでマイナス20・7パーセント。アブレ(失業)地獄は年々深刻なものとなってきたが、今年はさらにすさまじいものとなっているのだ。ビラを受け取りに来た労働者の圧倒的多くから「仕事がしたくてもまったくない」という声があがった。
夏祭り上映集会は午後12時30分から開催された。はじめに、司会の仲間が上映集会の趣旨を説明し、反戦をテーマにした映像である「日韓併合への道」が上映された。
次に、「釜ヶ崎労働者の会」の代表であり全国寄せ場交流会の代表であった岡本暢夫氏の急逝の報告が行なわれ、追悼文が読み上げられた。参加した釜ヶ崎労働者は、在りし日の氏を惜しんだ。
続いて、東京・山谷日雇労働組合、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合からの連帯メッセージが紹介される。福岡・築港日雇労働組合からの「おれたち福日労にとって、岡本さんは決して忘れることのできない戦友だ。1999年、全国寄せ場交流会からの福日労の一部腐敗分子の脱落と逃亡、『福日労』のせん称と寄せ場労働運動への敵対という事態に対して、岡本さんは、決然と釜ヶ崎から福岡に乗り込んできて、福日労の革命的再生のために、俺たちと共に闘ってくれた。俺たちの最も困難な時期に、自らの体を張って俺たちを支えてくれた。岡本さんの存在なしに、現在の福日労はありえなかったと言っていい」「彼は常々、労働者階級の敵は誰かということを明らかにし、労働者階級はどのような闘いをしなければならないのかを日雇い労働者の立場から明らかにし、われわれに示していた。われわれは、岡本さんの遺志を引き継ぎ、前進することを固く誓う」というメッセージなど、全国の仲間から岡本氏への追悼の辞が送られた。
連帯メッセージの紹介に続き、基調提起が行なわれる。「岡本さんの遺志を引き継ぎ、釜ヶ崎労働者の解放、寄せ場労働者の解放、プロレタリア解放まで闘いぬく決意だ」「東北・関東大震災の発生後から、宮城県地域連合労働組合を先頭に全国の日雇い・野宿労働者が炊き出しなどの支援活動を行ない、被災労働者人民支援の大運動が取り組まれてきた。俺たちも9月、現地支援にかけつけ共に闘いぬく」「悪徳手配師が暗躍して、アブレに苦しむ労働者の足元を見て、安い賃金で東北地方への長期出張の仕事を勧誘している。原発事故処理の危険な被曝労働が日雇い・野宿労働者に押しつけられている。絶対に許してはならない」「菅政府は、『失業対策事業はやらない。雇用確保はあくまで民間がやるべき』という態度で、『緊急雇用創出事業』を来年3月で打ち切ろうとしている。全国の寄せ場労働者が団結して闘いを強め、なんとしても『緊急雇用創出事業』の継続をかちとっていこう!」「闘う『非正規雇用』労働者たちと連帯し、『労働者派遣法』撤廃―直接雇用・無期限雇用をかちとろう!」「すべての原発の廃止をかちとり、日帝の核武装を阻止しよう! 普天間基地を解体し、名護新基地建設を阻止しよう! 朝鮮反革命戦争に突撃する菅政府を打ち倒そう!」。基調は、大きな拍手で確認された。
次に、「センターによる命にかかわるいい加減な求人紹介」に関する報告が行なわれた。釜ヶ崎の労働者2人が今年3月、センターの求人内容と違う福島第一原発の危険な現場で働かざるをえなかった問題で、センターは「命にかかわるいい加減な求人紹介」を行なったにもかかわらず、釜ヶ崎労働者には事実経過や今後の「改善策」などの情報をほとんど明らかにしてこなかった。これに対して「釜ヶ崎労働者の会」は7月11日、故・岡本暢夫氏と共にセンターに抗議し、センターはこれを受けて7月28日に「釜ヶ崎労働者の会」に説明を行ない、「センターだより」で「改善策」などの情報を伝えることを約束した。
2本の映像が上映される。まず「朝鮮半島 植民地支配の実態」が上映され、その後は娯楽作品「おとうと」が上映された。冷房の効いた会場で涼みながら、大きなスクリーンに映し出される映像に参加者は注目した。
最後は、団結ガンバローで締めくくられた。釜ヶ崎の夏祭り上映集会は、暑さに苦しめられ、すさまじいアブレ地獄に追い込まれている釜ヶ崎の日雇い・野宿労働者が、「反戦・反失業」の闘いにむけ団結をうち固める場として大成功した。
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